第3話 三人の闖入者
「だから! 少しは自分で考えろって言ってるんだ!」
金切り声に近いクムダの叫びが、荒涼とした景色に響き渡った。男は、まるで全身を殴りつけられたかのような衝撃を受け、その剣幕に気圧されていた。クムダ自身も、激しい怒りで肩を何度も上下させている。
「まあ、いい。何にせよ、普通のやり方じゃ、ここからは出られない」
「……!」
「とにかく、ここに長居は無用だ。さっきよりも空気が重くなってきた。日が暮れる前に、移動するぞ」
クムダはそう言うと、踵を返して歩き出した。その小さな背中には、有無を言わせぬ力があった。
「ひ、日が暮れるって……太陽なんてどこにも出てないじゃないか」
「うるさい。いいから、ついてこい」
クムダは先を行く。男は一瞬ためらったが、他に選択肢はなかった。訳が分からないまま、しかし、この少年についていかなければ本当に「くたばっちまう」という予感だけを頼りに、その小さな背中を慌てて追いかけた。
「おやおや、威勢のいいのがいるじゃないか。こんな地の果てで、何を喚いているんだい?」
背後から投げかけられたその声は、艶やかでありながら、どこか研ぎ澄まされた刃物のような冷たさを帯びていた。ぞくり、と悪寒が背筋を駆け上る。
二人が同時に振り返ると、そびえ立つ岩肌を背にした三つの人影がそこに立っていた。
中心にいるのは、しなやかな体つきの女。腰まである長い赤髪を無造作に束ね、頬を撫ぜる風に数本の髪が揺れている。その瞳は、狡猾な肉食獣が獲物を品定めするかのように、じっとりと二人を見据えていた。
その両脇には、あまりにも対照的な体格の男が二人、威風堂々とした立ち姿で控えていた。一人は、まるまると太った大男。もう一人は、今にも風に折れてしまいそうな枯れ木のように痩せた小男だ。
小男が、キーキーと耳障りな甲高い声で女にへつらう。
「コカナダ様、どうやら侵入者のようで。この不毛の大地によくもまあ」
太った大男は、贅肉に覆われた腹をぶるんと揺らしながら、下品な笑い声をあげた。その声は、辺りの岩に反響して不気味に響く。
「デカいのと、チビがいますぜ。ちょうどいい獲物ですな、お
コカナダと呼ばれた女は、部下達の言葉をまるで意にも介さず、ただ口の端をわずかに吊り上げた。そして、しなやかな動きで、身軽に岩場から飛び降りる。泥濘が散る中、彼女の足音はほとんど聞こえなかった。
彼女は、ゆっくりと男とクムダの周りを歩き始める。二人は、その一挙手一投足から目が離せなかった。
「アンタ達、運が悪かったね。ここはアタシら、盗賊団『大紅蓮華』の縄張りさ」
コカナダは、男の眼前で足を止めると、口端を吊り上げた。その笑みは、慈悲も何も含まない、絶対的な捕食者のそれだった。
「この赤い湖も、そそり立つ崖も、ぜーんぶアタシ達のもの。無断で足を踏み入れたからには、タダじゃ帰さないよ」
その言葉が、この世界の理であるかのように響く。男は、喉の渇きを覚えながらも、必死に言葉を絞り出した。
「ま、待ってくれ! 俺達は別に、あんた達の縄張りを荒らしに来たわけじゃ……」
コカナダは聞く耳を持たない。男の必死の弁解は、彼女にとって取るに足らない戯言でしかないようだった。彼女は面白そうに二人を眺めると、顎でクイッと部下達をしゃくった。
「どっちでもいいさ……。アンブジャ、パンカジャ」
「「へい、お
太っちょのアンブジャと、痩せたパンカジャが、下卑た笑いを顔中に浮かべて、一歩前に出る。その目には、紛れもない暴力への期待が宿っていた。
「そいつら、引っ捕らえな。何か面白い話が聞けるかもしれないじゃないか」
コカナダの命令が冷たく響き渡った。アンブジャとパンカジャがじりじりと距離を詰めてくる。痩せた男の歪んだ笑顔と、太った男の涎が反射する光が、男の目に焼き付いた。
絶体絶命。死が、すぐそこまで迫っている感覚がした。
濃密な絶望の中で、クムダの小さな体が動いた。男の背後、岩場の影に隠れるように後ずさり、隙をうかがっている。その気配に、男はすぐに気がついた。
この少年は、自分を見捨てて逃げるつもりなのだ。
だが、不思議と怒りや悲しみは湧いてこなかった。むしろ、「それでいい」とさえ思った。この地獄のような場所で、せめてこの小さな命だけでも助かるのならば、「それでいい」と。
「おい、チビが逃げるぞ!」
パンカジャが気づいて叫んだ、まさにその瞬間。クムダが駆け出した。小さな体は驚くほど俊敏で、みるみるうちに遠ざかっていく。
男はそれを追わない。彼は、逃げるクムダと反対の方向へ大きく踏み出し、両腕を広げて、三人の前に立ちはだかった。
「お前達の相手は、この俺だ」
腹の底から絞り出した声には、自分でも驚くほどの覚悟がこもっていた。その目に宿った決死の光に、コカナダが面白そうに片眉を上げる。だが、アンブジャはそんなことには構わず、巨体を揺らして突進してきた。
「邪魔だ、デカブツ!」
地響きを伴う轟音と共に、巨大な肉弾が迫る。男は両足に力を込めて大地を踏みしめ、その突進を真正面から受け止めた。
骨と肉がぶつかり合う鈍い音が響き、足元の地面がビリビリと揺れる。
「……待ちな」
戦いの行方を静かに見守っていたコカナダが、凛とした声で制止をかけた。その声には、有無を言わさぬ響きがあった。
「アンブジャ。そこまでさ」
アンブジャは、獲物を前にしてお預けを食らった犬のように不満げな顔をしながらも、素直に後ろへ下がる。
コカナダは、男を真っ直ぐに見据えた。その瞳から、先ほどまでの獲物をからかうような色は消えていた。
「面白いじゃないか、アンタ。仲間を逃がすために、たった一人でアタシらに楯突くとはね」
彼女は、ゆっくりと男に歩み寄り、その無骨な顔を覗き込むようにして言った。吐息がかかるほどの距離で、彼女の赤い瞳が男を射抜く。
「一つ聞くよ。アンタ達、どこから来たんだい?」
その問いは、先ほどの男の出自を探るものとは全く違う、重い響きを持っていた。
「その顔つき、その格好……この辺りの出身じゃないね。アンタ達、アタシと同じ匂いがするんだよ」
遠くで逃げる足を止めていたクムダが、ピクリと体を震わせる。コカナダは、まるで世界の秘密を分かち合う共犯者のように、声を潜めて続けた。
「アンタ達も、気づいたらこの地獄にいたクチじゃないかい?」
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