人ひとり包み込める絆創膏が欲しいです

いぬのいびき

二十歳の読書感想文

 人という生き物は、無理やり読書をさせられると活字が嫌いになるらしい。

 その最たる例が、小学校の読書感想文だ。

 

 感想なんて『つまらなかった』しか出てこない小難しい本を一冊まるごと読まされて、それでいて『つまらなかった』と書くことを禁じられる。

 まさに現代の拷問である。

 

 興味のない本を読まされて、それでいて400字詰めの原稿用紙5枚もの感想を書かされる。文字数にして2000文字だ。

 

 2000文字というと、物書きさんにとっては大した数字ではないかもしれない。

 しかし文章を書いたことのない人にとっては、途方もない文字数である。例えるなら、目の前にそびえ立つ2000段もある階段。

 

 この長い長い階段を、物書きという名の訓練されたアスリートならば、口笛吹きながらスキップで登ることもできるだろう。中には毎日、10000段以上を踏破する猛者もいる。

 

 しかしほとんどの小学生にとっては、2000段どころか500段でもキツいはずだ。なにせ登った経験がない。つまり鍛えられていないのだ。

 

 そんなこんなで、かくいう作者も読書感想文のせいで活字が嫌いになった一人である。

 

 しかし、そんな作者にも、唯一大丈夫な活字があった。それは漫才のネタ台本だ。

 当時二十歳、お笑い大好き人間の作者はブログに自作の漫才ネタを書き、あろうことか自信満々で公開していた。2、3人から『クスッと笑った』などのコメントのつく、常連さんしかいないほのぼのとしたブログだった。

 

 そんなまったりした日々を送っていた頃だった。漫才ブログに新規の女性読者さんからコメントが来たのは。

 

 《面白かったです。よければ私のブログにも遊びに来てください》

 

 よくよく考えれば、このコメントは『ただ自分のブログを読んで欲しいだけの人』とわかるはずだ。だが、当時の私はブログ初心者。面白いと感想が来たことに大喜びし、爆速で彼女のブログに遊びに行った。

 

 しかし、そこにあったのは小説。

 作者の大嫌いな活字であった。

 

 とはいえ、この人は漫才を読んで笑ってくれたのだ。ならばこちらも小説を読んで感想を返すのが筋ってもんだ。

 

 そう思い、頑張って彼女の書いた小説を読んで、小学校ぶりに読書感想文を書いた。

 それはそれはもう苦労して書いた。だって、『つまらなかった』と書くわけにはいかないじゃないか。

 

 すると次の日、その女性読者さんからメッセージが入っていた。内容は、友だちになりませんか?というもの。

 作者は二つ返事でOKした。新しい常連さんになってくれると思ったからだ。


 だが、これが地獄のはじまりだった。

 彼女は常連さんにはならなかったし、作者を『小説に感想をくれる道具』としか見ていなかったのだ。

 

 そこからの毎日は、彼女が小説を更新するたびに、夜遅くに「書いたよ!読んでね!」のメールが入るようになった。深夜2時とかはザラだった。

 

 彼女はブログの他に小説投稿サイトでも暮らしていて、そこでは毎日10ページ更新する猛者だった。

 しかも内容はとてつもなくつまらない。

 

 けれど朝7時までには必ず良いところを見つけて、長文の感想をメールで送らなければならなかった。

 少しでも感想が短いと「ちゃんと読んだの?」と激怒されるし、朝7時までに返せなかったときには1分おきに催促のメールが入った。

 

 作者はそのうち『携帯なんてなければいいのに』と思うようになり、彼女から「書いたよ!読んでね!」の爆撃が来るたび頭痛がするようになった。

 症状は数学アレルギーと大差なかった。

 

 毎日、毎日、終わらない読書感想文を書く日々。

 もううんざりだった。何度、縁を切ろうと思ったかわからない。


 けれど彼女は作者の言葉の端々に怒りを見つけると「捨てないで」と縋った。

 悲しい人だったのだ。確か、彼女は自分の人生は白紙だったと言っていたような気がする。

 

 それから1年間、作者は血反吐を吐くような思いで読書感想文を書き続けた。この頃にはもう、1分1秒たりとも彼女のために時間を使いたくないと思うようになっていた。

 

 イライラすることが多くなった。頭痛はどんどんひどくなった。1日でもいいから、彼女が風邪をひいて更新が止まる日があればいいのにと思うようになった。

 

 もう、限界だった。

 

 しかし、別れを切り出したのはなんと彼女の方だった。

 本当にあっけないもので、「書けたよ!読んでね!」のメールが入ったとき、作者が「今日は頭が痛すぎて読めない。ごめんね」と返したのが最後だった。

 

 彼女からの返信は「じゃあもういい。ばいばい」だった。たった一度の体調不良で、作者はバッサリと切り捨てられたのだ。

 まったくもって、意味がわからなかった。

 

 だが、彼女から解放された作者は自由だった。

 全身に嵌められた枷を外され、全裸で真夏のビーチに飛び出したも同然だった。


 そして大海原に向かって、作者は叫んだ。

 

 "もう2度と、小説なんて読んでたまるか!"


 そして、それから16年。

 作者は毎日、友人の書いた小説を読んでいる。


※現在は自主的に楽しんで読んでおります。ご心配なさらずとも大丈夫ですよ。 




 


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