第14話 私は踏み台なんだから……
「愛望さん」
「あとは帰るだけなんだから、もう憑いてこないで。それに、実習も終わる時間でしょ」
忍足君の呼びかけに、私はピシャリと言い返してから、ササッと素早く足を進める。
すると「そうじゃなくて」と、サッと素早く立ちはだかられた。
「何か、あったよね?」
「本当に、何もない」
上から物々しくぶつけてくる圧に、私はギロッと迎撃する。
忍足君は、私の冷たい眼差しにキュッと唇を結んでから、「俺には、そんなに言えない?」と嫌みったらしく言った。
「君にとって、俺はそんなに頼りない存在なのか?」
スッと一歩を縮め、石井君の時みたいな闇落ち状態の片鱗を見せ始める。
私の喉が、クッと小さく鳴った。「違うの」「そうじゃないの」、そんな否定ばかりが口の方に向かって行ってしまう。
その時だった。
「愛望ちゃぁん!」
頭の中にある声が、私の名を呼ぶ。けれど、それは私の頭の中で飛ばされた声じゃなかったらしい……彼女が、タタッと可愛らしい走り方で駆け寄って来た。
「十影君も、今帰り? そしたら莉倮乃も、一緒に帰っても良い~?」
私、今日は仕事が入ってないから久しぶりに友達と帰れるんだぁ! と、嬉しそうな笑みを向けてくる。
私はその笑みにハッとした。
そうだ、このままぼさっと突っ立っている訳にはいかない。
「俺は愛望さんと二人き」
「あっごめん、リラノちゃん! 私、これから忘れ物を取りに校舎に戻るんだよ!」
だから今帰りって訳じゃないんだ! と、彼の言い分を強引に遮り、ぎこちなく強張る口角をぐいっと思いきり上げて言う。
「えっ、そうだったのぉ?」「忘れ物なんてないよ、愛望さん」
リラノちゃんからは弱々しいながらも、嬉しそうな驚きを。忍足君からは「何故把握しているの?」と言う突っ込みすら無粋になる真剣な答えを貰った。
二つの反応を貰った私だけれど、答える相手は勿論、一人。
「うん、そうなの。私一人のせいで、待たせるのも申し訳ないからさ。リラノちゃんは忍足君と先に行ってくれる?」
「愛望ちゃんがそう言うなら、分かったよ~」
リラノちゃんは眉根を寄せ、弱々しい笑みを浮かべて答えてくれる。
けれど、私の側に立つ御仁からは、リラノちゃんがくれた様な軽やかなオッケーが出なかった。そればかりか、「当然、俺も愛望さんと戻る」と言わんばかりの立ち方である。
ここは、リラノちゃんと帰ってもらわなくちゃ困るのに……!
何とかして、忍足君を引き剥がさないと。と、焦りに急かされた脳内がガーッと動き出し始める。そして
「忍足君は、一人で帰らせると危ないって分かりきっている芸能科の女の子を、一人で帰らせる様な人じゃないと思ったんだけどなぁ」
声に冷たさを、口調に棘をしゅるりと巻き付けて言い放つ。
忍足君のピシッとした佇まいが、一気にガタタッと崩壊した。
言葉の外に込めた「そう言う人、本当に嫌い」が見事に炸裂し、彼の心を穿ったのだと思う。
忍足君は苦悶の表情で私を見つめ、ギリギリと歯がみしながら「わ、分かった」と答えた。
「けど、愛望さん。これは今回だけだ。俺は本来、君の」
「だから、普通の人にSpなんていらないの!」
丁度明日でこの実習も終わるんだから、早めの終わりって事で良いでしょ! と、噛みついてから、私はリラノちゃんにパッと笑みを向ける。
「じゃあ、リラノちゃん! ごめんね、またね!」
「愛望さん!」
私の挨拶に重なる様にして、忍足君の口から私の名が飛んだ。
でも、私はその声には止まらず、バッと校舎に向かって駆けていく。
後ろから「行こうよ、十影君。愛望ちゃんに悪いよぉ」と、きゅるんと可愛らしい声が聞こえた。
……これが、二人がくっつく足がかりになれば良い。足がかりにならなくても、忍足君が私なんかよりも、リラノちゃんの魅力に気付くきっかけになれば良い。
そうだそうだと力強く自分の中で結ぶと、何故だか突然、ぎゅうっと胸を締め付けられた。太いロープで、容赦なく締め付けられている様な痛みに、思わず顔を歪めてしまう。
私はグッと服を巻き込みながら拳を作り、痛む胸元をドンッと叩いた。
リラノちゃんと忍足君を取り合うみたいな構図になったら、どうなるか。分かりきっているでしょ、最悪になるって。
だから踏み台が一丁前に、恋で苦しむなんてしないでよね。
キッパリと結んでから、もう一度、ドンッと胸元を叩いた。
「うん、そうよ」
私は小さく頷いてから、ゆっくりと入っていく。何の用もない、校舎の内側へと。
「どうしよ。優理ちゃんとか、待ってようかな」
今帰ろうとして、かち合ったら怖いもんね。と、ボソッと吐き出した、その時だった。
「あれっ、天ヶ崎じゃん」
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