第13話 世界を左右する緊急会議
「……はぁ、お前ら、とりあえず座ってくれ。紅茶でも入れよう」
エルネストが紅茶の準備を始める。
緊急なのか、緊急じゃないのか、わからなくなってきた。エルネストも一旦自身を落ち着かせたいのだろう。
「この姉ちゃんが、今まで依頼を出してくれてた人か?」
「そうよ!」
「想像していたのと全然違うわね」
「最初は化けもんだったわよ?」
「いやぁ、世の中は広いですね。面白い方がいるものです」
「あなたも面白そうね!」
レオ、フィリア、セインの3人はリセラと軽口を叩いている。仲良くできそうだ。
「こんな姉ちゃんなら、もっと早く会わせてくれてもよかったんじゃねえか?」
カイルは肩をすくめながらエルネストに問う。
「そうはいうが、何が起こるか分からない以上、お前たちを巻き込む気はなかったんだ。何事もなく終わるはずだったんだが…」
「5年前から続けてることだからな。いまさらって感じか」
「ああ。結局、話すとしても、いつ話すか、どこまで話すか踏ん切りがつかなかった。まさかこんなことになるとは…」
エルネストはうんざりした顔をして、紅茶を配る。
全員が席についたのを確認した後、エルネストが口を開く。
「まずは、この観測者の話からだな。名前はリセラだ。最初の出会いは5年前。当時は得体のしれない魔力生命体だった。変化が現れたのは1年後くらいからで、そこからはどんどん人間さを増していき、今となっては完全に人間だな。かつての威厳を失い、人間らしい抜けた性格に変わってしまった。俺も今では普通に人間として接している。今回、彼女からの情報提供が、アイの特性を理解する上で重要となる。心して聞いてくれ」
「リセラよ!よろしくね!リセラって呼んでくれると嬉しいわ」
「おう!俺はレオだ。よろしくな。いつも危機を教えてくれて助かってるぜ」
「私はフィリアよ!女同士、よろしくね!」
「セインです。お見知り置きを。お会いできて光栄ですよ」
「カイルだ。よろしくな!」
世間知らずのお嬢様と出会った気分だ。エルネストとカイルは最初を知っているから分かるが、他の3人にはこいつが観測者だと信じろと言っても少し無理があるだろう。
「とりあえず挨拶はこれくらいでいいだろう。また会議を終えた後、ゆっくり話せばいい。はじめにリセラから観測者と厄災についてもう一度説明してくれないか?全員にちゃんと理解しておいてもらいたい。前提となる知識でもある」
「わかったわ」
リセラの説明によると、アイは厄災でありながら観測者でもあり、さらに人間としての特性も併せ持つ、極めて例外的な存在であること。アイは自身の意思で行動し、基本的な法則には当てはまらないこと。それはこの世界の法則を破るようなことであり、リセラ自身もそれに該当する可能性があること。何か世界が歪み始めている、壊れ始めているのではないかと危惧している、ということらしい。
「なるほど…確かにおかしな事態ですね。古い文献の内容とは確かに一致しません。リセラもですが…」
「ずっとあの子を観測しようとしたけどできなかったの。代わりに違うことばかり察知してたけど」
「まあ、それで俺たちはやってこれたし、助かったやつもいる。悪いことじゃないな」
「そうね。謎ばかりだけど、いまのところは最悪の事態は避けられてるってことかしら」
セイン、リセラ、レオ、フィリアはそれぞれ感想を述べる。カイルはエルネストが持ってきていた古い文献に手を伸ばして目を通している。
「リセラについてもどうするか話す必要はあるが、まずはアイからだな」
「そうですね…。潜在的な危険性についてまとめましょうか」
「お前らも何か気づいたことがあれば、どんどん意見を出してくれ」
エルネストとセイン主体で会議を進めていく。この班では見慣れた光景だ。
「あ、アイちゃんね、触れることができなかったよ、最初」
「は? どういうことだ、フィリア」
「庭で会ったんだけど、可愛いから抱っこしようとしたら、手が体をすり抜けて触ることができなかったの」
「空間魔法か何かだと推測できますが」
「たぶんそうね。見たことない魔法だから不思議だったわ。あ、そのあとは触れることができたわ。調整できるみたいね」
「ということは、嬢ちゃん自身は安全ではあるか? 誘拐とか暗殺なんて無理だろ」
「カイルは物騒ねえ。でも確かにあの子の身は安全ではあるわね。そこは安心ね!」
「いざというとき止められないってことにもなるけどな。触れられないなら本気出されたら何もできないな」
「おそらく剣や魔法も効かないでしょう」
「それ、無敵じゃね?」
「一回模擬戦でもして、戦力がどれくらいか測った方が良いか?」
「南大陸の魔物倒すくらいだぞ? こっちが保たないだろう」
「手加減ぐらいしてくれるだろ?」
「はいはい、話が逸れてますよ」
みんなでいろいろ意見を言うが、よく話が逸れる。セインが修正するのもいつものことだ。
「あの子を縛るのは無理でしょう。我々がずっと面倒みるとしても限界があります。あの子が厄災として暴れたら守りきれませんから」
「じゃあ、いざという時はどうするんだ?」
「全力で逃げればいいんじゃないかしら?」
「転移使えるぞ?」
「…世界中どこにいてもダメですね。監視も無理でしょう。いざ暴走したら止められないでしょうね」
「逃げられないってことか?」
「いざとなったらこの6人で止めるしかないでしょう。…あの子は普段どれくらい観測者や厄災として力を使っているんでしょうか?」
「いえ、全く使っていないわ。いまは人間の力だけね」
「素であんな感じなのか? 力を使い出したらどれくらい強いんだ?」
「想像もつかないわ」
「リセラ、本当に止められるのか? 観測者として厄災を調整する役目のはずだが」
「……わからないわね!」
「おいおい…」
アイが「厄災」として暴走した場合、以下の深刻な事態が予想される。
誰も止められない、止まらない。大規模な魔法を放つなど、その力を制御することは不可能だと考えられる。
逃げられない。彼女の能力から逃れることは困難。
リセラとの接触不可。最も頼りになりそうなのはリセラだが、アイと出会うことは、厄災を誘発する最悪の結果になる可能性が示唆されている。
リセラがアイの「厄災の本能」を刺激する可能性があり、その場合、両者の衝突は「新しい形の厄災」となり、世界は終焉を迎えるかもしれない。
「機嫌損ねたら終わりですかね?」
「あの嬢ちゃんにもしものことがあったら、南大陸の龍が殴り込みにくるかもな」
「でもさあ、アイちゃんが暴走するって想像つかないのよね」
「あくまで潜在的な危険性ってことだ。普段は普通にいい子だからな」
「その万が一のことを話し合ってるんですけどね」
「でもそれだと詰んでないか? 万が一の場合はどうしようもねえじゃねえか」
アイは自身の存在意義に悩んでいる様子だが、基本的に落ち着いた性格。
賢く、相手の魔力の性質からその本質を見抜くことができる。
癇癪を起こすような気まぐれさはないと考えられるが、人間である以上は絶対はない。まだ5歳なのだ。
「ねえ、いま思ったけど、そんなにセラフィア聖国に行くのってマズいの?情報はあそこが一番多いんでしょ?」
「今の状態なら行ってもバレなくね?リセラの姉ちゃんも含めて」
「いま神の使いを名乗ったら、神の使いを騙った不届き者として牢屋行きになるだろう」
「それはそれで困った事態になるな」
「でもな、分かるやつには分かるんだ。普通の人間じゃないってな。上層部は気づくかもしれん」
「あの子は対等な関係を望んでいるわ。たとえ力を示して良い扱いを受けたとしても、腫れ物を扱うような空気は望んでないんじゃない?」
「好きな相手とだけ関わり、嫌な相手は無視する、という行動も取れるし、それを成立させられる能力もありますからね」
「私が神の使いとして崇められたら、その国は終わるわね」
「自分で言うのか…」
アイは転移できる、触れることができない。
嫌な相手は無視すればいい。その場から消え去れば良い。そうでなくても直接危害を加えることができない。悪人からしてもどうすることもできないのだ。
南のセラフィア聖国へ行って神の使いとして扱われたとしても、あの子にとって良い人間関係は築けないだろう。利用しようとする者も出てくるはずだ。リセラが国を回し始めたら確かにマズいだろう。
「育て親の龍が、あの子を北大陸へ送った本当の理由はなんでしょうね」
「ん?自分探しじゃないのか?」
「いえ、南大陸には龍の他にも強大な魔物がいるんですよ。他に3体」
「え?そうなの?」
「はい、魔物に関する古い文献に書かれていました。龍自身はアイのことを思ってそうしたかもしれませんが、他の3体は分かりませんね。南大陸で暴れていたのなら、他の3体も関わっている可能性大です」
ここで新たな視点が生まれてきた。北大陸へ送った理由が違う。それなら前提が覆されてしまう。アイは本当に自分の意思で北へ来たのだろうか?
「他の思惑があるってこと?」
「南大陸で暴れていた張本人を、龍の独断で育て北へ送るのは違和感があります。他のやつらも被害に遭っているはずですから。口は出すはずですね」
「なるほど。他の3体を納得、説得させるだけの理由があるはずってことだな」
「東西南北でそれぞれ統治しているそうです。力関係は均衡。なら余計に話は通さないといけないはずですから」
「思ったより複雑な事情が隠れているかもしれんな…」
「ええ、ですがそれは考えても分からないでしょう。我々よりはるかに長生きしている魔物たちです。聞けるなら聞きたいですけどね」
「アイちゃんに連れて行ってもらうとかどう?私も南大陸に興味があるんだけど」
「…行きたくねえ…あの大陸の一番上に会うのかよ」
「…できれば御免被りたいな」
聞きたいが聞きたくない、いや行きたくない。南大陸に行ったエルネストとカイルは拒絶気味だ。しかし、本当にそれでいいのだろうか。
「それはまた別で考えましょう。もしかしたら行かざるをえない状況になるかもしれませんからね。…それよりあの子を危険な存在として議論しても行き詰まってしまいます」
「そうだな。暴走し出したら止めることは無理だろう」
「できるだけ我々があの子に協力して、力が暴走しないように努めましょう。それしかありません。ここからは議論を転換しましょう。危険性ではなく有益な部分に注目します」
アイを「危険な存在」としてのみ捉える議論では行き詰まるため、会議の方向性を「有益性」へと転換することがセインから提案された。
「アイちゃんの有益な部分ねえ。どんな活用の仕方があるかしら?」
「いろいろ考えられますね。思いつく限り挙げていきましょう」
アイの計り知れない価値。
アイは危険であると同時に、世界にとって非常に価値のある存在なのだ。
希少な素材の収集。南大陸の素材を持ち、それらを採取できる唯一の存在。
戦闘能力と防御力。戦闘力は未知数だが、防御力は極めて高く、安心して取引できる相手である。
魔法・歴史の知識。高度な魔法を操ることから、魔法や歴史に精通していると考えられます。龍から教えられた知識というのも興味深いだろう。
秘密の保持。空間干渉能力により秘密を守りやすく、口も堅いことから、情報漏洩の危険性も低いと言える。
誘拐される危険性がない。触れることのできない能力は、彼女自身の安全を確保する。
空間収納。どれだけ収納できるかわからないが、夢のような魔法だ。
「これらの特性から、アイは世界中の商人や国の上層部、魔法国家が喉から手が出るほど欲しがる人材となりますね、はい」
「目をつけられたら一気に噂が広まるだろうな」
「あっという間でしょうね」
「善人としか付き合わねえって宣言してるからな。周りは苦労するだろうぜ」
「うちに問い合わせが殺到しそうだな」
「はい、そうなってくるともはや我々では守りきれないでしょう」
「下手したら嬢ちゃんの取り合いで争いになるぜ?」
「こっちの方向で考えても扱いが難しいな…」
アイをめぐって獲得競争が起こる。だがアイはそんな奴らは相手にしないだろう。どんどん状況が悪化して、どんな手を使っても利用しようとする者も出てくるだろう。容易に想像できる。
「学園に預けるのはどうかしら?」
「その線も考えてはいたんです。学園長が許可を出せば良いですが」
「フィリアのいた学園か?」
「ええ、そうよ。あそこは表は実力主義の学園だけど、裏の顔があるの。特殊な能力を持っていたり、立場的に狙われやすい子供を保護したりするの。危険な能力だったらそれを矯正して社会に出すとかね」
「うん?それならその学園が第一候補なんじゃねえか?」
「学園があるのは中央都市だからな。特殊で済むなら大丈夫だろう。だが異端や異質となるとな。特に厄災の可能性があるのは…」
「中央都市に厄災が起こったら、北大陸全部が混乱に陥るな」
「そうだ。学園長自身は信用できるし人情に篤い人物だ。おそらく許可してくれるだろう。しかしだな…」
「万が一が起こると、世界が敵に回るってか?」
「そういうことだ」
中央都市国家リシア。北大陸中のそれぞれの国から代表が集まる都市だ。調停議会などを完備し、交易と情報の中心地でもある。世界の理である均衡を保つために歴史的な経緯からできた中立都市である。
勇者・聖女と呼ばれる象徴もこの地を本拠としたため、世界の中核も担うようになっている。
「だから、まずは俺たちで面倒みることを第一に考えていた。人間社会が初めてだから、信用できる人物は必要だろう。いまあの子と話せるのは俺たちだけだ。学園に預けるのは、突き放しているようでやりづらかった」
「確かにな…それでもし学園で嫌なことがあったら……俺が嬢ちゃんの立場だったら、俺たちのことも心から信用できなくなるかもな」
「あの子は目が見えない分、他のいろいろなことが見えている。アイは人を信じようとするだろう。だが周りはそうとは限らない。だからとりあえず慣れるまでは一緒に行動する予定だったんだ」
「じゃあ、とりあえずは班員として裏の仕事を手伝ってもらう。慣れてきたら学園をすすめてみて、本人にその気があればって感じか?」
「それが無難だろうな。みんなの意見はどうだ?」
エルネストの問いかけに全員が頷く。異論はないようだ。
「裏の仕事は何をやってもらうんです?優秀な班員は班としても大歓迎ですが」
「まずは荷物を運んだり、移動を手伝ってもらおうと考えている。一緒についてきてもらうでいい。補佐としてな」
「それだと派手な動きになるぞ?バレたら一瞬で注目されるな」
「魔法は人気のないところでやってもらえばいいわよ」
「戦闘力があるなら魔物討伐。調査員としての仕事も可能だろうな。密かに忍び込める」
「優秀すぎるな、俺たちいらないかもな?」
「それはそれでまた別の問題になりそうですけどね」
「対等に取引できる善人を探しているなら、探してもらったらどうだ?本能としてそうしようとしてるならやらせた方がいい気もするけどな。俺たちとしても、そんな相手をアイから紹介してもらえるならありがたいが」
「北大陸のいろいろな国に行ってもらった方がいいだろう。気に入る国があるかもしれん。ここオルデア王国は王政だからな、権力が王侯貴族に少し偏りすぎている。この国だけが全てとは思って欲しくないな」
「依頼があったらついてきてもらって、時間あるときに相手を探してもらうとか?慣れてきたら一人で行けるんじゃないかな」
「身の安全は確かだからな。それも改めて確認が必要だが、仕事を覚えたら問題はなくなるだろう」
「世界中で噂になったりしてな」
「人と関わることを望む以上、遅かれ早かれしょうがないことだ。あの子が危険ではなく、有益な存在と認知された方が良いのは間違いない」
アイについてはだいたい話し終えただろう。思ったより早くまとまったのでよかったかもしれない。
「じゃあ、アイについてはその方針でいこう。で、続いてリセラだが…お前はどうするんだ?」
「いままで通り観測は続けるかしら。あの子の居場所が分かるのは私だけだろうし。みんなと会ったのならここにいなくてもいいかもだけど」
「そうだな…。この辺りは人が来ないから良いのだが、最近は魔物が減ったから分からなくなってきてる」
「そろそろ引っ越しかしら?私は力を使わなければただの人間に見えるわ。そのときは世間知らずのお嬢様ぐらいで扱ってくれればいいわよ。でもあの子とばったり会うのも怖いのよね」
「そこは考えてもしょうがないわ。アイちゃんはその気になればいつでも会いに来れるわよ。来ないってことは、向こうも何か会わない方がいいと感じてるかもね」
「そうだな。それより、お前はアイと違って転移とかできないから捕まる可能性があるぞ?」
「その時は蹴散らすから大丈夫よ!」
「むやみに力を使ったらバレるだろう」
「地下とか、隠し部屋とか、そういうのがある家だといいわね」
「この辺りだとなかなかないな。作るしかないが時間がかかる」
「いっそ国を巻き込んで国家秘密にするのは?」
「ダメだな、ポカをやらかしてバレるだろう。腹芸なんてできないからな」
「リセラの姉ちゃんの方は秘密にしないといけないのか」
「リセラに関しては口裏を合わせておき、できるだけ表に出さない。いままで通りとも言えるが……いざとなったら逃げればいいさ」
誰もがあの少女を"何者か"だと疑った。
会話することで、ある程度少女の人となりを知ったつもりだった。
でも、彼女が一番、自分が何者かを知らなかったのだ——
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