45話 ◯フレ



サーベルが振り下ろされ視界は一面の白に塗り潰される。


その光の中で、ネフェリアの脳裏にはかつての記憶がよみがえっていた。


ネフェリアは今は亡きエウレシア王国の、辺境に領地を持つ小貴族の家に生まれ育った。


決して豊かではなかったが、家族と村人に囲まれ、穏やかな日々を過ごしていた。


幼いネフェリアにとって、それは世界のすべてであり、何よりも愛しい故郷だった。


だが、その日常は突然崩れ去った。

アリリウム王国との戦争。


敗北はあまりにも唐突で、知らせも届かぬまま、炎がすべてを呑み込んだ。


兵の鉄靴が踏み荒らし、剣と魔法が村人を蹂躙する。

泣き叫ぶ母の声。父の最後の姿――そのすべてが、赤黒い炎に焼かれて消えていった。


「どうして……どうして私だけが……!」


燃え落ちる家の影で、ただ一人、生き残った。

生き延びてしまった。


あの日の罪悪感と悔恨は、やがて憎悪へと変わっていった。

アリリウムへの怒り。王国を許せぬ心。

そして、自分だけが生きているという事実への怨念。


私は誓った。

――この力で必ず復讐を果たす。


その誓いが胸に焼き付いたまま意識は光の奔流が押し寄せる現実に引き戻される。

眩い光の奔流がアバドンを呑み込み、渦を巻いて押し寄せていた。


抗う間もなく、視界は白に塗り潰されていく。


「……こんなはずじゃ」


最後の呻きとともに、ネフェリアは光の奔流に呑み込まれた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


戦場の中央には、コネクト・レゾナンスの余波で穿たれた巨大なクレーターが広がっていた。

地面は抉れ、熱気に揺らぎ、砕け散った瓦礫が蒸気を上げている。

その中で、アバドンを覆っていた漆黒の鎧の破片が、わずかに残骸として散らばっていた。


「ゼェ、ゼェ……なんとか……倒せましたわ……」


大きく息を吐きながら、私は剣を支えに立ち尽くしていた。

全身に残る痺れと、焼けつくような疲労感が重くのしかかる。


(余裕ぶっこいてましたけれど……結構、ギリギリですわね。コネクト・レゾナンス……そう何度も連発できるものではないですわ)


そんな私の元へ、カイルたち二年生のパーティが次々に駆け寄ってきた。

顔や鎧に煤をつけたまま、それでも四人の瞳は安堵と興奮に輝いていた。


「ミシェル……恩返しのつもりで助けに来たけど、君がいなかったら、俺たちも全滅してた。本当にありがとう」


カイルがパーティを代表して深々と頭を下げる。


そして他の面々にも次々に浴びせられる称賛の言葉。

労い、賞賛、畏敬に私は、つい気が大きくなってしまう。


「貴方たちの協力にも感謝しますわ。皆さまが繋いでくださったからこそ、勝てたのですもの」


そう言いながらも、頬は自然と緩んでしまう。


(この力さえあれば――学年どころか、学園最強にだってなれますわ!)


全身に満ちる高揚感、そして、自分の可能性が無限に広がったような感覚。


すると、四人が私の周りに集まってくる。


「すごいです! お姉様! コネクト・レゾナンスにこんな力があったなんて……!

あまりに美しくて、まるで天使が舞い降りたみたいでした!」


エレナが目を見張り、思わず感極まった声を上げる。


「本当、すごかったね!アバドンの一撃を真正面から貫いた一撃……!」


カーナリアは興奮気味に身振り手振りを交えて、戦いをなぞるように言葉を畳みかけてくる。


「いやいや、やはり幻術で翻弄したあの場面が勝利の決め手でしたよ」


プリファが胸を張り、得意げに笑みを浮かべる。


「違うな。最後にアバドンへ止めを刺した私の剣が一番」

一ノ瀬が真顔で主張する。


「何言ってるんですか!回復がなきゃカイルさん達は立ち上がれませんでしたよ」


エレナも負けじと声を張り上げる。


四人が次々といかに自分の魔法が活躍したかを主張し合い、空気が徐々にピリピリと張り詰めていく。


「ま、待ってくださいまし!」


私は慌てて仲裁に入った。


「四人それぞれの魔法があったからこそ、アバドンを倒せたのですわ。誰一人欠けても、勝利はありませんでした」


一旦は静まる――が、すぐに次の言葉が投げ込まれる。


「……やっぱりさっきの答えでは納得いかない。ミシェルは……その、誰を選ぶのか、はっきりしてほしい」


一ノ瀬が視線を逸らしながらも、真剣な声で告げた。

普段は凛とした彼女にしては珍しく、耳まで赤く染まっている。


「そうだね」

カーナリアが腕を組み、真剣そのものの顔つきで前に出る。


「いつまでも曖昧にされたままじゃ、私たちも前に進めないんだよ。だから……今、答えて」


「ですです」

プリファは小さく頷き、視線を逸らさない。


「堪忍してください……お姉様」

エレナは唇を噛み、涙ぐんだ瞳で見つめてくる。


私は深く息を吸い込んだ。

「……わかりました。みなさんに返事をさせていただきますわ」


私が本当に答えると思っていなかったのだろう。

四人は一斉に息を呑み、緊張が場を包む。


――キリッと真っ直ぐな一ノ瀬の瞳。

――昔から変わらないカーナリアの瞳

――つぶらで揺れるプリファの瞳。

――憧憬を宿したエレナの眼差し。


四人の視線が私を縫い止めるように見つめる。


「そもそも、皆さんに婚姻紋が出現したとはいえ……私には出現していません」


わざと眉尻を下げ、肩を落とす。

(ここで悲しむ演技するのが重要ですわ)

一呼吸置いて、緩急をつける。


「ですから結婚したくてもできないのが現状です」


ざわり、と空気が重くなる。

四人の表情に、戸惑いと不安が走った。


だが私は、曇りのない笑顔を浮かべ四人の顔を見渡しながら、胸を張って宣言する。


「なので……まずは仲を深めるためにも、お友達から始めませんこと?」


「魔力で繋がるお友達――いわば、“魔フレ”ですわ!」


一瞬、沈黙。

重苦しかった空気が、逆にピキリと凍りつく。


「……あなたいつか刺されるわよ」

そばで聞いていたティナが呆れたように溜息をついた。


直後――ゴゴゴ、と地鳴りのような気配が走る。


「そんなこと認められるか!」

「ミシェル、それはありえないよ!」

「お姉様……ひどいです……( ; ; )」

「監禁……監禁!!」


「え?」


私は思わず間の抜けた声を洩らした。

そうこうしているうちに事態は急変していく。


「……ねぇ、ここは一時休戦して、四人でミシェルを捕まえて婚約紋を刻んじゃおうよ」


カーナリアの声音は甘く、しかし瞳は狂気を孕んでいた。


「骨の髄まで分からせないといけないようだな」

一ノ瀬の目はぎらりと光る。


「僕、いい物件知ってます」

プリファの笑顔は無垢だが、瞳はじっとりとした執着で濡れている。


「縛って……閉じ込めて……離さない」

エレナは震える声で呟き、だがその瞳は虚ろに輝いていた。


「……えっ? えぇっ? な、なんでそうなるんですの?」


私が戸惑う間に、四人の視線がひとつに重なった。

その熱と狂気に、背筋が凍りつく。


(おかしいですわ!? どうしてこんなことに!?)


「ちょ、ちょっと待ってくださいまし! これはちょっとした誤解ですわ!? 冷静に話し合いましょう! ねぇ、皆さま? ねぇええええっ!?」


必死に言葉を並べ立てる私の声など、誰の耳にも届いていない。

次の瞬間、四人が一斉に襲いかかってきた。


私は迷う暇もなく踵を返し、全力で駆け出した。





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