43話 本音


アバドンの巨腕が振り下ろされる。


「ぐわあああああっ!?」


先頭にいたカイルが、まるで紙屑のように弾き飛ばされた。


ごん、と鈍い音を立てて石垣に激突。そのままずるずると崩れ落ちる。


「か、カイルーーッ!?」


ティナの悲鳴が響き渡った。


「大丈夫ですの!?」

私も慌ててその隣に膝をつく。


「……だ、大丈……夫……ぐふっ、でも、なるべく速くしてくれないかな」


カイルは親指を立ててみせたが、その手も力なく震えていた。


(くっ! こうなったらヤケクソですわ!!)


「――注目!!」


声が、戦場の喧騒を一瞬で切り裂いた。

耳をつんざく咆哮も、仲間たちの叫びも、凍りつく。

四人もはっとして、こちらに視線を向けた。


私は大きく息を吸い、胸を張り、正面から彼女たちを見据える。


「皆さんの気持ちはわかりました。ですが――アバドンを倒すには《コネクト・レゾナンス》しかありません。

だから……私の、今の正直な気持ちを話します。それを聞いて、判断してくださいまし!」


(ぐぅうう……めちゃめちゃ恥ずかしい。

顔から火が出そう、できることなら今すぐ逃げ出したい。でも、仕方ありませんわ。覚悟を決めるしかないですわ)



「まずは……楓!」


思わず声が裏返ってしまう。

心臓が強く跳ねる手のひらが汗で少ししっとりするのを感じた。


「あなたは、初めて会った時から……あまりにもビジュアルが良すぎて、胸が高鳴りましたの!

鋭くて、少し冷たく見える瞳に見つめられると、心臓がドキドキして思わず息を飲んでしまいますわ……。

それに、意外と肌はすべすべで……服の隙間からちらりと見えるスリムなお腹、うっすらと浮かぶ腹筋……正直、すごくエロいですわ!


それだけじゃなくて、あなたの手。剣を握り続けてきたからこそできた硬い豆。

長い年月をかけて積み重ねてきた努力と、決して諦めなかった証そのもの。

私はその強さを、心から尊敬していますわ」


「なっ……!? 急に何を言い出すんだ!」

楓の顔がみるみる真っ赤に染まり、耳まで火照っている。明らかに、動揺しているのがわかる。


「そして……一見ぶっきらぼうに見えても、ダンジョン探索のときは、誰よりも真っ先に敵へ立ち向かう。

あのさりげない気遣いと勇気が、本当に素敵で……だから、私はあなたが好きなのですわ!」


「~~~~っ!!」

楓は言葉を失い、瞳を大きく見開いたまま、刀を握る手が少し震える。

耳まで真っ赤になって、言葉を探しているのか、ただ口をパクパクさせるだけだった。


――――


「次は……カーナリア!」


「は、はい!」

私の声に、カーナリアの大きな瞳が揺れる。


「あなたは、幼い頃からずっと私の隣にいてくれましたわね。

あの頃の私は、何もかもが怖くて、どうしようもなく悲しくて……どうにもならない孤独に押し潰されそうになっていました。

でも、あなたがそばにいてくれたから、私は立ち上がれたのですわ。

あの時、あなたが手を差し伸べてくれた瞬間の温もり……今でもはっきり覚えていますの。

泣きじゃくる私を、ただ黙って、そっと隣にいてくれたこと、本当に救われました。」


「あなたがそばにいると、安心して……自然体でいられるのですわ。

もちろん、いつも甘えっぱなしではいけないと分かっているのですけれど……

それでも、当たり前のように隣にいることが、私の心を支えてくれた。

だから……もうあなたがいないなんて、考えられない!

私にとってカーナリアは、かけがえのない存在ですの。

だから……どうか、ずっと隣にいてほしいですわ! 私のそばに、ずっと、離れないでいてほしいのです!」


「ミシェル、それって……プロポ……」

カーナリアの声は震え、頬が真っ赤に染まっている。

胸の高鳴りで呼吸が乱れ、言葉にならないまま唇をわずかに震わせた。


――――


「プリファ!」

呼びかけると、彼女の耳としっぽがぴくりと動く。


「ひゃ、ひゃい」


「あなたは……守ってあげたくなるほど愛おしくて、妹さんの話をする姿、その時の嬉しそうな笑顔、とても可愛らしくて……思わずこちらまで頬が緩んでしまいます。

耳やしっぽで感情がすぐに伝わってくるところも、正直……ずるいくらいに愛おしいのですわ。」


「そ、そんな……」

プリファは小さく首を振りながらも、耳が赤くなっている。

しっぽがちょこんと動くたび、恥ずかしさが隠しきれていないのが丸わかりだった。


「……けれど、それだけではありませんわ。

あなたはただ可愛いだけの子ではない。

どんなにいじめられても、決して心を折らず、芯をまっすぐに保ち続ける。

平民だからと見下されても、屈せずに、自分の誇りを持ち続けている……その強さは、誰よりも輝いています。

だから、私はあなたを心から尊敬しているのです。

そして……そんなあなたが、私は――好きですわ!」


「~~っ! ミ、ミシェル様……わ、私……」

プリファの頬が赤く染まり、しっぽがぶんぶん揺れて放心状態。

カーナリアの頭をバシッと叩いた。



「最後は……エレナ!」

妹の瞳が大きく揺れる。


エレナの唇が震え、「お姉様……」と切なげに名を呼ぶ。


「私は……ずっと、あなたに尊敬してもらえる姉になろうと頑張ってきました。

強く、誇り高く、誰にも負けないスタリウムの娘であると示して……その姿を、あなたに見てほしかったのですわ。」


私は胸に手を当て、ぐっと唇を噛んだ。


「でも……そうやって格好をつける私を、エレナはいつも笑顔で受け入れてくれた。

どんなに空回りしても、私を見ていてくれた。

……それこそが、私がエレナを好きな理由ですの!」


声が自然と熱を帯びていく。


「あなたは私の妹であり、唯一無二の理解者。

あなたが隣にいてくれるからこそ、私は私でいられますわ……!」


「お姉様……っ!」

エレナは涙で潤んだ瞳を輝かせ、思わず私に手を伸ばしかけた。


「わたし……わたしもです!

お姉様が頑張る姿を見るたびに、胸がいっぱいになって……

もっとお姉様の力になりたいって思ってました!

だから……離れません、絶対に!」


「――これが、今の私の答えですわ!」


恥ずかしさで、胸の奥がぐわっと熱くなる。

顔が真っ赤になっているのも自分でわかる。

胸は張り裂けそうに熱く、全身が震えていた。


それでも――私は胸の奥に秘めていた気持ちを言い切った。


四人の頬は赤く、瞳は揺れて、誰もが息を呑んでいた。

アバドンの咆哮が轟き、シールオブマギストスが再び押し込まれる。

それでも――彼女たちの視線は私から逸れなかった。


「納得したなら私の手を取りなさい」


一瞬の沈黙――。

最初に手を伸ばしたのは楓だった。


「……仕方ないな。今だけはきいてやる」


その手が私の掌を強く握る。

力強さと、少しの照れ隠しが混ざった反応に、胸がぎゅっと熱くなる。


続いてカーナリアが笑みを浮かべて手を重ねた。


「もう離れないよミシェル。最後まで一緒だよ」


プリファは耳をぴんと立てながら、涙をこぼしつつ小さく頷いた。


「わ、わたしも……信じます! 絶対に……!」


そして最後にエレナ。


「お姉様……ずっとついていきますわ!」

妹の手が重なった瞬間、全てが繋がるのを感じた。


四人の手が次々に私の上へと重なり、心が一つになっていく。


その瞬間、魔力が共鳴を始めた。

心臓の鼓動が重なり合い、光が全員を包み込んでいく。


「――コネクト・レゾナンス!」


眩い閃光が爆ぜ、戦場全体を覆い尽くした。



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