29話 やらかし
魔力を回復させていると、私はふと、自身の魔力操作に違和感を覚えた。
魔力を半分ほどまで回復させようとしたのに、彼女たちの魔力は一瞬で満タンになっていた。
「うーん……半分ぐらいまで回復させようとしたのに、えらく魔力の通りが良いですわね?
一瞬で満タンになりましたわ。……まあ、多い分には困ることもないでしょう」
私は呑気に肩をすくめ、苦笑混じりに独りごちる。
しかし、次の瞬間、四人が突如として激しくのたうちまわるように暴れ出した。
彼女たちの身体が痙攣し、うめき声が漏れる。
「え、なにこれ!? 大丈夫なの!?」
突然の事態に驚き、私は慌てて彼女たちに近寄る。
(急になに!? 魔物の毒……? でも、四人同時なんてあり得ないし、ど、どうすればいいの!?……もしかして、魔力が足りてないから
弱ってるの?……なら、もっと魔力を注げば……!)
苦しそうに身をよじる彼女たちの手を、ひとりずつそっと取り、安心させるように語りかけながら、私はさらに魔力を注ぎ込んだ。
「暴れたら、怪我してしまいますわ。もう少しだけ、おとなしくしていてくださいませ」
声色は穏やかに、それでいて気丈さを保ったつもりだった。
けれど、そんなふうに落ち着いていられるのは、表向きだけだった。
(も、もうヤケクソですわっ! どんどん魔力を注いでいるのに、いっこうに収まらないなんて……( ; ; )なんで!?……こうなったら、本気でいくしか………)
(なんとかなれーー!!)
心の中では完全にパニックだった。
それでも、私はひたすら魔力を捩じ込んだ。溢れるほどの力を、制御も顧みず流し続ける。
そして、私の魔力が三割を切る頃――ようやく、彼女たちの動きはぴたりと止まった。
まるで電池が切れたかのように、四人はぐったりと横たわっている。
「……と、とりあえず、収まりましたわね……よ、良かった……のかしら?」
その時、一瞬、彼女たちの下腹部が淡い光を放ったことに気づいた。
その光は次第に強くなり、やがてそこには、複雑で美しい紋様が浮かび上がった。
それは、この世界で特別な意味を持つ刻印――婚約紋だった。
「……え、うそ、ちょっと待って!?
まさか、今の魔力譲渡で、婚約紋が……浮かんだっていうの!?」
私は思わず叫んだ。
婚約紋は、本来、相手に魔力を一週間から二週間程度、注ぎ続けることで形成されるもので、
絶え間なく魔力を注ぎ続けなければ浮かび上がることはないとされている。
それが、たった一瞬の魔力譲渡で、しかも四人同時に発現するなんて、ありえない。
しかし、今目の前に婚約紋があるのも事実だ。
(……マズイ。これは本当にマズイ……!)
その瞬間、私の脳裏に魔導書でみたコネクト・レゾナンスの副作用の一文が脳裏を駆け巡った。
「魔力の親和性が高まるので注意」。
この副作用によって、魔力が他者へ通じやすくなっていた上に、私の莫大な魔力量が重なった結果、本来ならば1〜2週間かけて与えられるはずの魔力が、一瞬にして彼女たちの中に流れ込んだ。
その過程で、1〜2週間分の快感が凝縮されて、一気に四人を襲った。
そして、その強烈な魔力の奔流が、一瞬にして婚約紋を刻みつけてしまったのだ。
(や、やばい……婚約紋って……しかも四人同時って……!!)
私の心臓は警鐘を乱打し、全身の血の気が引いていく。
額からは冷や汗がとめどなく流れ落ち、手足が震え始めた。
(い、いやいやいや、取り返しがつかないよこれ……!)
私は顔を両手で覆い、しゃがみ込んだ。
あまりの事態に、思考が追いつかない。
「……い、いったん落ち着こう、
これは事故、事故だから……ちゃんと説明すれば、きっとわかってもらえるはず……たぶん……きっと……おそらく……」
私はパニックになりつつ、焦る自分に言い聞かせるように、震える声で呟いた。
だが、内心では、こんな説明で納得してくれるはずがないと分かっていた。
私は通路をうろうろと行ったり来たりしながら、
どうすればこの状況を打開できるのか、必死に頭を巡らせた。
「深呼吸ですわ、すー……はー……すー……はー……」
深呼吸しようとした瞬間、ナーハーシュとの戦闘で舞い上がったダンジョンの粉塵を盛大に吸い込み、私は激しく咳き込んだ。
「ゴホッ、ゴホッ!」
けれど、その咳が――ほんのわずかに、私を冷静に戻してくれた。
(落ち着きなさい、ミシェル・スタリウム……冷静に考えるのよ……)
そうだ。
蓋を開けてみれば、一年生にも関わらず、私は四人を率いてダンジョン20層まで到達し、さらに推定60層クラスの強大な魔物であるナーハーシュを討伐したのだ。
そしてそのパーティーを指揮したのは私。
結果として、四人に婚約紋は刻んでしまったが、
一周回ってこれは、私がこの四人の上に立ったということなのでは、と考え始めた。
(ええ、ええ。とりあえず、一旦そうゆうことにしときましょう)
私はそう結論付け、なんとか自分を納得させた。
その時、微かなうめき声が聞こえ四人の身体がわずかに動き、起き出す予感がした。
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