23話 選択
カイルたちと別れた後、私たちは順調にダンジョンを進み、ついに問題の十九層へと到達した。
分かれ道に差しかかり、私たちは小さな円陣を組む。地図と方角を見比べながら、誰からともなく意見が飛び交った。
「こっちは遠回りだけど、安全そうだね。敵の数も少ないって記録もあるよ」
カーナリアが指し示したのは、左のルート。通路はやや狭いが、戦闘の危険は少ない。
「だが、こっちのルートなら最短で十九層を抜けられるな」
一ノ瀬が対照的に右の通路を指した。そこは最短距離だが、過去の調査記録では魔物の出現率が高く、危険地帯でもある。
「うーん、一応、体力はまだ残ってるけどそっちのルートは今の私達には厳しいんじゃないかな」
「怖いのか?」
その声に挑発の色が滲んでいた。
「……別に。合理的に判断してるだけだよ?」
カーナリアの眉がひくりと動く。安全策を取りたい彼女と、早く先に進みたい一ノ瀬の意見は、見事に分かれた。すでに五分近く言い合っている。
カーナリアが少し呆れたようにため息を吐き、私に目を向けた。
「……こうなったら、このパーティーのリーダーであるミシェルに決めてもらおうか」
「確かにこのままじゃ埒が明かないな。スタリウム、お前はどっちを選ぶ?」
二人の視線が、まっすぐに私に突き刺さる。
「少し遠回りだけど、安全なルートだよね?」
カーナリアがひとつ笑みを浮かべ、わずかに身を乗り出してくる。
「危険なら、私がすべて斬って進む。だから速い方を選べ」
一ノ瀬は腕を組み、鋭い視線で私を見据える。その声音は落ち着いているのに、なぜか逃げ場を与えてくれない圧があった。
まるで二人の間に挟まれて、取り調べを受けているような気まずさが喉元を締めつける。
(どちらを選んでも角が立ちそうですわね……)
ふと思いつき、私は手を打った。
「ここは――ジャンケンで決めたらどうかしら?」
「いいだろ、乗った!」
「ジャンケンなら負けないよ!」
提案した瞬間、意外にも二人は乗り気になった。
(……この二人、意外と相性がいいかもしれませんわね)
「最初はグー、ジャンケンっ――」
その時だった。
「――あれ、なんの音ですか?」
プリファが耳をぴくぴくさせながら言った。
小さなうなり声のような、けれど低く太いその音に、全員が一斉に顔を上げ、危険な道の先――右のルートへと視線を向けた。
「……まずい。魔物ですわ!」
そして、まるでその声に反応するかのように、今度は背後からもカシャカシャという骨の軋むような音が聞こえてきた。振り返った私は、声にならない息を呑む。
「囲まれた……!」
すぐさま私は魔力を練り、戦闘態勢に入る。
「前方にオーク一体、後方からスケルトンソルジャー三体と……スケルトンメイジ一体、挟み撃ち……!」
思わず舌打ちちそうになる。
前方に立ちふさがるオークは、でっぷりとした腹を揺らしながらも、その下に秘められた筋肉の厚みが見て取れる。手には不格好ながらも重そうな木の棍棒を握っていた。
後方からは甲高い金属の音を響かせるスケルトンソルジャーが三体、朽ちた剣をしっかりと手に持ち警戒している。
さらにもう一体、ボロボロに擦り切れたローブをまとい、細くひび割れた杖を杖先で地面に突き立てるスケルトンメイジが控えている。
オークは私たちを一瞥し、にたりと口角を吊り上げた。不快な嘲笑が空気を震わせる。
「グガァァァ……」
野太い唸り声とともに、オークが突進してくる。ドタドタと重い足音が響くたびに、地面がわずかに揺れる。
「カーナリアと一ノ瀬さんと私で前方のオークを対処しますわ。エレナとプリファは後方のスケルトンを足止めして!」
オークが近づき棍棒を高く振り上げる、その巨体が振るう一撃は、まさに一撃必殺の質量だった。
「守りの紋章、今ここに――『プロテクト』!」
私の詠唱と同時に、前方に透明な盾が展開される。
ドゴォンッ!
オークの棍棒が叩きつけられ、周囲に衝撃が走る。
防がれたことに気づいたオークは、不思議そうな顔を浮かべながらも、もう一度棍棒を振り上げる。
「させないよ!《第一階梯、ラピットアクセル》!」
カーナリアの声が響き、銃口がオークの顔面に向けられる。次の瞬間、音速で放たれた二発の魔弾が、まっすぐにオークの両目を貫いた。
「グガァァァッ!!」
咆哮と共にオークがのけぞった瞬間を見逃さず、カーナリアが叫んだ。
「今だよ! イチノセ!」
カーナリアの声に反応し、一ノ瀬が音もなく跳び出す。
《第一階梯――影鬼ノ戯(えいきのたわむれ)》
一ノ瀬の刀から、ぞわりと黒いオーラが立ち昇った。
それはまるで彼女の体を包み込むように広がり、空気を震わせるほどの圧を放つ。
黒いオーラをまとった刀が空気を裂くように走る。
オークは本能的に棍棒で防ごうとする。
一ノ瀬の刀がオークの腕ごと切り裂き、そしてそのまま胸元から腹にかけて縦一文字に斬り裂いた。
巨体が大きく仰け反り、地面に崩れ落ちる。
「よし……っ、後ろは……!」
私はすぐさま振り返り、後方の状況を確認する。
「キュキュ!」
聞き慣れない鳴き声が響く。スケルトン達の足元を、赤・青・黄色の小さな狸が三匹、駆け回っていた。
スケルトンソルジャーたちはその幻影に翻弄され、剣を振り下ろしては空を切っている。
「第二階梯、ドミナスパージ、ドミナスインパルス!」
光の帯がエレナの体を包み、彼女の速度と力を大幅に引き上げる。
「えいっ、やぁっ!」
エレナが雄叫びを上げ、モーニングスターをぶん回す。
ガシャン! ガシャン! ガァシャアアアン!!
景気のいい破壊音がダンジョン内に響き渡る。
あっという間にスケルトンたちは殲滅された。私は肩で息をつきながら、振り返って仲間たちの様子を確認する。
「ちょっと危なかったですわね……」
「でも、連携取れてきたんじゃない?」
カーナリアが笑いながら銃を肩にかける。
「……一層目よりは、マシだな」
一ノ瀬もぼそりと呟き、口元をわずかに緩めた。
(……やっぱり相性良さそうですわ)
「少し休憩にしましょうか」
私がそう提案すると、エレナがぱたんと座り込み、ぜえぜえと息を吐いていた。
「疲れたでしょう。これを飲んでおきなさい」
私はマナポーションを差し出し、エレナの頭を撫でながら、膝の上に頭を預けさせる。
「ありがとう、お姉様……」
小さく囁くような声に、私は微笑を返す。
一息ついたところで、ふと思い出す。
「――そういえば、ジャンケン、まだでしたわね?」
「そうだった! さっきの決着つけようか」
「望むところだ」
再び二人が構える。
「よし、じゃん、けん――ぽんっ!」
結局カーナリアが勝ち、安全なルートを進んだ。
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