17話 方向
「ちょっと待て」
ダンジョンに向かっていると、一ノ瀬の声が、私の足を止めた。私は不思議に思い振り返る。
「聞きたいことがあるんだが、お前たちはダンジョンに入った経験があるのか?」
一ノ瀬の言葉に、私とエレナ、カーナリア、プリファは顔を見合わせた。
「中等部の頃、授業で近くのダンジョンに行ったことがありますわ」
私は代表して答えた。中等部の実習は、学園のすぐ近くにある、危険性の低いダンジョンだった。危険な魔物もほとんどおらず、せいぜい低級の魔物が出現する程度だ。他の三人も、私の言葉に頷く。
「では、ほぼ未経験というわけか」
一ノ瀬の声に、不安が滲む。彼女の視線が、私に向けられる。
「では、私が指揮を取ろう」
一ノ瀬は仕方ないといった様子でそう言った。その言葉に、私の顔から血の気が引いた。
「えっ!いやそれは…」
私は思わず声を上げた。
(不味いですわ……このまま一ノ瀬さん主導権を握られたら私の計画がおじゃんになってしまいますわ! )
何か、彼女の主導権を握らせないため決定的な理由はないだろうか、私は必死に頭を回転させる。
その時、私はアスキーから聞いた、一ノ瀬に関する情報を思い出した。
「一ノ瀬さん、あなた、方向音痴と聞きましたわ!」
私は名探偵の様にビシッと指を指した。
私の言葉に、一ノ瀬の表情がピクリと動いた。しかし、彼女はすぐに自信満々な表情で応じる。
「いや、そんなことないが」
彼女は否定するが、その目は揺らいでいた。私は畳み掛けるように、アスキーから聞いた噂を口にした。
「噂によると、ダンジョンに行くたび遭難するとか……」
私の言葉に、一ノ瀬は顔をしかめる。
「いや、四回中二回だけだ」
彼女はドヤ顔でそう言い放った。その言葉に、カーナリアは驚いたように目を丸くし、エレナは不安そうに顔を青ざめさせ、プリファは引きつった笑みを浮かべた。
四回中二回遭難するというのは、もはや「方向音痴」のレベルではない。
「はぁ。地図を持ってきましたので、私が先導しますわ」
私は呆れたようにため息をついた。
「待て。最近は道を覚えてきたんだ。今なら迷わない」
それでも食い下がる一ノ瀬は眉間に皺を寄せ、不満そうに言った。
「では、そこまで言うなら多数決をとりましょうか」
私は内心、面倒だと思いながらも、にこやかに笑いかけた。
「私がパーティリーダーにふさわしいと思う人は手をあげてくださいまし」
私の言葉に、一ノ瀬は不満そうに腕を組む。カーナリアとエレナ、プリファは顔を見合わせた。恐る恐る、三人が手を挙げる。
「はい、決定ですわね」
私の宣言に、一ノ瀬は憤慨したように叫んだ。
「なぜだ……! 私のどこがダメだって言うんだ……!」
一ノ瀬はカーナリアに目を向けた。
「……だって、遭難は怖いし、ミシェルがリーダーの方が安心かな」
カーナリアは冗談めかして言ったが、その瞳は真剣だ。プリファも不安そうに頷き、エレナは私を信頼しきった瞳で見つめている。
「くっ…理不尽だ…」
一ノ瀬は悔しそうにしたが、反論はしなかった。
「では、リーダーは私ということでよろしいでわね」
私は皆に確認を求めた。
「はい、もちろんですわ、お姉様!」
エレナが力強く頷く。
「お願いします、ミシェル様」
プリファは緊張しながらも、はっきりと答えた。カーナリアも小さく頷いた。
こうして、私は無事にパーティのリーダーの座を射止めた。リーダーも無事、決まったので、私たちはダンジョンの受付へと向かった。
ーーーーーー
受付には、長身で眼鏡をかけた係員の男性が立っていた。こちらに気づくと、丁寧に頭を下げる。
「学年と人数、お名前をお願いします」
男は笑顔でそう言った。
「アルトメギア学園一年、四名です。アルフェ・スタリウム、カーナリア・リベリウス、一ノ瀬楓、プリファ・レロリウと中等部二年エレナ・スタリウム、です」
「一年生の実習ですね。ダンジョンで必要な物資の販売や、ドロップ品の買取などもこちらで行なっていますので、どうぞご利用ください。」
彼はそう言って、私たちを見送ってくれた。
私たちはダンジョンへと続く長い廊下を歩いていく。その廊下の先には、巨大な鉄製の扉があった。
「あの扉の向こうが、スフラギスのダンジョンですわ」
私はそう言って、扉に向かって指を指す。
アルトメギア学園の地下には、スフラギスのダンジョンという巨大なダンジョンがある。
その深さは100層にも及び、深く潜るほどに危険性が増す。
この国の中でも有数の深さを持ち、その貴重性からワールドレガシーにも登録されており学園の生徒の実習に使われるだけでなく、国の研究機関もその攻略に挑んでいる。
通路を進みながら、私は今日の目標を四人に告げた。
「今日の目標は、三十層まで行きますわ」
私の言葉に、エレナとプリファの顔が青ざめる。目安としては、通常、三十層は最高学年が六人パーティで挑むレベルだ。
「ちょっと待って、ミシェル!三十層なんて、危険すぎるって!私たちまだ一年生だよ!普通は十層で終わりだよ!」
カーナリアが焦ったように声を荒げた。
「何を言っているのですか。仮にもこの私、アルフェ・スタリウムを倒したパーティなのですよ?余裕で行けるでしょう」
私はそう言って、皆の顔を見渡した。
私の言葉に、一ノ瀬は興味深そうに、エレナは不安そうに私を見つめ、カーナリアは信じられないといった表情を浮かべ、プリファは怯えたように目を伏せた。
「大丈夫ですわ。私がいますもの」
私はそう言って、巨大な鉄扉に手をかけた。重く、冷たい感触が手に伝わる。
扉がゆっくりと開くと、中からひんやりとした空気が流れ出してきた。そして――私たちは、スフラギス・ダンジョンの第一歩を踏み出した。
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