調子に乗っていたら百合ハーレムができた話

ジェネレイド

エピローグ


静寂の中に、殺気があった。

ここは、スタリウム家の東館三階——

白金のカーテンが差し込む月の光を優しく受け止め、床を彩るのは東方絨毯。


百年物のオーク材の家具には、エルム地方の宝石が埋め込まれている。甘く気高い薔薇の香りに包まれた、完璧な空間。


……のはずだった。


なぜなら今、パーティメンバーの四人が、私を囲むようにして立ち、睨み合っているからだ。


空気は重く、視線は鋭く、誰ひとり言葉を発さない——


しかし次の瞬間、彼女たちの口からは、それぞれに歪んだ感情が溢れ出した。


「全部、お姉さまが悪いんですのよ? こんなに私を惑わせて…」


そう言って、泣き笑いを浮かべるエレナ・スタリウムはその銀髪が揺れ、涙に濡れた頬にまとわりつく。

震える指先が、ドレスの裾をぎゅっと握りしめていた。だがその微笑みは、幼い頃に見せていたあどけなさとは程遠い。瞳の奥には嫉妬と執着の影が揺れていた。


「奪うしかないようだな。どんな手を使ってでも、全部、私のものにする」


一ノ瀬楓は、静かに一歩前へと進み出る。

その動きはまるで、獲物を狙う獣のように、無駄がなく、凍てつくほどに静謐だった。

艶やかな黒髪がふわりと揺れ、彼女はゆっくりと重心を落とす。


右手に携えた刀を、すらりと音を立てて抜き払った。白刃が光を反射し、宙に一瞬、銀の軌跡を描く。

空気がぴんと張り詰める。まるで部屋全体が温度が数度、下がったような錯覚すらあった。


「静かにしてください。ミシェル様が怯えています。」


プリファ・レロリウの声は冷静だ。

その口調とは裏腹に、白磁のように滑らかな指先が、緩やかに杖の紋をなぞる、


その瞬間——部屋の壁に掛けられていた肖像画が、何も触れていないのにバリィンッ、と音を立てて割れた。強く杖を握り込まれた指先は小さく震え、魔力が徐々に昂ぶっているのが分かった。


「わ、私だって……っ、ずっと我慢してたのに……!」


その声には、泣き声にも似たかすかな震えが混じっていた。

だが、次の瞬間——カーナリア・リベレウスは、静かに背負っていた長銃を肩に滑らせるように引き上げた。

彼女の目は、怒りと執着と、積もり積もった想いのすべてが感情という色を失い、静かに、淡く、沈殿していく。


私を囲むように、四人は対峙していた。


(まずい。これは本当にまずいやつだ。)


この状況に心臓の鼓動が激しく打ち冷や汗が止まらない。


そして。唐突に、始まった。


雷鳴のような魔力の爆発。火花とともに破裂する音。銃声、打撃音、咆哮、破壊、悲鳴、怒号——まさに、阿鼻叫喚の修羅場だった。


「あぁ、私の部屋が……」


天井を突き破り、刀が家具を斬り伏せ、魔術の奔流が書棚を消し飛ばす。


数十万グランの調度品が木っ端微塵に吹き飛び、愛用のドレッサーには斜めに刀傷が走り、壁には魔術の焦げ跡。


絢爛で優雅な四代貴族の私室が、今やそこらの酒場より無秩序だ。


そして、破壊の中心にいた私はというと——

がくりと膝をつき、崩れたクッションの上にへたり込む。


視界には、砕けた宝石。鼻腔には、焦げた香油の匂い。耳にはまだ、微かに残る銃声の残響音


「やっちまいましたわ……」


口からこぼれたのは、脱力したひとこと。

もう何もかも手遅れ感がすごい。


(なんでこうなったんですの……)

私はそっと目を閉じた。

(……思い返せば、あれは二週間前のことでしたわね)


私、ミシェル・スタリウムは、渦中の人物として深く深く後悔しながら、運命の分かれ道だった”あの日”のことを、思い出し始めるのだった——。

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