10【作戦立案】天才魔術師の、トリセツ(取扱説明書)

城の一室に戻った僕たちは、重苦しい雰囲気の中でテーブルを囲んでいた。目の前には、マキナが作成した、被害者たちの悲痛な声が詰まった分厚い報告書が置かれている。


「よし、作戦会議を始める」


僕がそう切り出すと、ブリギッテがバンとテーブルを叩いた。


「作戦は単純明快です、勇者様! 私が彼女に決闘を申し込みます! そして、私が勝てば、二度と皆をいじめないと約束させるのです!」


いかにも彼女らしい、筋肉で全てを解決しようという案だ。


「却下だ」と僕は即答した。


「第一に、相手は魔王軍の四天王だ。まともに戦って勝てる保証はない。第二に、たとえ力で押さえつけても、根本的な解決にはならない。彼女はきっと、見えないところでもっと陰湿な嫌がらせを始めるだけだ。これは、そういう種類の問題じゃない」


「では、どうするのですか…?」


ブリギッテがしょんぼりと肩を落とす。僕は、腕を組んで、部屋の隅に控えるメイドに目を向けた。


「マキナ。例の天才、ルナミリアを分析しろ。性格プロファイル、行動原理、弱点、利用できるものなら何でもいい。彼女の『取扱説明書』を作成してくれ」

「承知いたしました」


マキナの目が、分析モードを示す青い光を帯びる。すぐに、彼女は壁に新たなスクリーンを投影した。


【分析対象:ルナミリア】

年齢: 532歳

性格タイプ: 知的ナルシスト型

行動原理:

自身の知性が他者から理解・賞賛されることに、最高の価値を置く。

自身が「知らない」「間違っている」と認識させられることを、最も嫌悪する。

脆弱性(弱点):

知的好奇心を刺激する「新しい知識」や「未知の論理」には、強い関心を示さざるを得ない。


「非効率」「非論理的」と判断したものを軽蔑する反面、自身が理解できない「超効率的な論理体系」には興味を引かれる傾向。


そのプライドの高さゆえに、相手を論破するためには、相手の土俵であっても乗ってこざるを得ない。


ふむ…。まるで、前職で散々やり合った、プライドだけは高い研究開発部門の部長みたいだな。


マキナが分析結果を元に、最適解を提示する。


「彼女に『あなたのアカハラは間違っている』と直接指摘するのは、非効率です。対象は感情的に反発し、心を閉ざすでしょう。最も効果的なアプローチは、彼女の感情防御をバイパスし、知的好奇心と知性的自尊心に直接訴えかけることです」


なるほど。つまり、説教するな、興味を引け、か。


マキナの分析結果を見て、僕の頭の中に、一本の道筋が見えた。


「わかった。プランAでいこう」


僕は立ち上がった。


「僕たちは、彼女のアカハラを『告発』しに行くんじゃない。『相談』しに行くんだ。それも、彼女の専門分野でね」


「と、申しますと?」ブリギッテが首をかしげる。


「僕がプレゼンする内容は、『魔王軍兵士の学習効率の低下と、その改善案について』だ。ヒアリングで得たデータ…兵士たちの士気の低下や、任務遂行能力の悪化を、『アカハラ被害』としてではなく、『教育メソッドの非効率性がもたらした、組織全体のパフォーマンス低下』という経営課題として提示する」


僕はニヤリと笑った。


「そして、その解決策として、僕たちの世界の『現代教育心理学』に基づいた、まったく新しい指導法を提案する。彼女が今まで見たこともない、革新的な教育システム…という体の、ただの『褒めて伸ばす』ってやつをな」


天才でプライドの高い彼女なら、きっとこう言うだろう。


「そんな非科学的なものが、私の完璧な理論より優れているはずがない。証明してみなさい」と。


そうなれば、しめたものだ。


「ブリギッテ、君の役目は、僕がプレゼンをしている間、ルナミリアが物理的に暴走しないように、そこにいるだけでいい。いいね?」


「は、はい! 承知いたしました!」


「マキナ! 急いでプレゼン資料を作るぞ! 被害者たちの『精神的ダメージレベル』と『魔法詠唱の成功率』の相関関係を示すグラフ! それから、A/Bテストの結果を予測したシミュレーションデータもだ! 今夜は徹夜だぞ!」


僕の指示に、マキナは「承知しました。残業代は、ご主人様の個人資産から天引きします」と答え、ブリギッテは「よく分からんが、また軍師殿のすごいのが始まるのだな!」と目を輝かせている。


剣でも魔法でもない。僕の武器は、パワポとロジックだ。


かくして、史上最も厄介な天才ロリエルフを攻略するための、前代未聞のプレゼン資料作成が始まったのである。

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