2【人員確保】用心棒を確保しましたが、目のやり場に困る件について


僕は夢の隠居生活を求めて手に入れたメイドロボ・マキナと共に異世界へやってきた。しかし、その矢先にゴブリンの群れに襲われ、マキナに助けてもらったはいいものの、きっちりと「バッテリー消費5.8%分の労働債務」を背負わされるという、まったくもって想定外のスタートを切った。


「…で、この債務、どうやって返せばいいわけ?」 ゴブリンたちが消えた穴を眺めながら僕が尋ねると、マキナは完璧な所作で一礼した。 「ご主人様の現時点でのスキルセット、および当世界の労働市場を分析した結果、最も効率的な返済プランは『冒険者ギルドへの登録と、依頼達成による報酬の獲得』となります」 「冒険者…僕にできるわけないだろ!」 「ご安心ください。戦闘は私が担当します。ご主人様には、依頼の受注・交渉、および戦闘時における『後方での待機』という重要な任務をお願い申し上げます」


要するに、僕は交渉係兼、お荷物というわけだ。反論の余地もないのが悲しい。

僕たちは、マキナのナビゲーション(もちろん有料オプション、債務に上乗せ)に従って、最寄りの街を目指すことにした。その道中、僕たちは森の中で、信じられない光景を目撃する。


一体のオーガを相手に、一人の女騎士が戦っていたのだ。


腰まで届く艶やかな金髪をポニーテールにして、巨大な両手剣を振り回している。その姿は勇ましい。実に勇ましいのだが、それ以上に、その格好が僕の常識を激しく揺さぶった。


鎧と呼べるのは、輝く銀色の肩当てと腕当て、そして膝から下を守るすね当てだけ。体の大部分を覆っているのは、布面積の極めて少ない、黒いハイレグのレオタードのようなものだった。


正気か?  目のやり場に困る、とかいうレベルではない。これはもう、ファンタジー世界の倫理観を問うべき事案だ。しかし、彼女自身はそんなこと微塵も気にしていない様子で、オーガの一撃をかろうじて剣で受け止めては、大きく体勢を崩している。


「マキナ、あれは…」


「個体名ブリギッテ。元王都騎士団所属。防御を捨て、機動力に特化した装備構成ですが、オーガの膂力(りょりょく)に対し、自身の筋力のみで対抗しようとしているため、パフォーマンスが著しく低下しています。極めて非効率的な戦闘方法です」

分析はいいから、まず服装にコメントしてくれ。


僕が「見て見ぬふりをして通り過ぎよう」と提案するより早く、マキナが口を開いた。


「ご主人様、ご提案します。あの個体(ブリギッテ)を救出し、貸しを作ることで、今後の事業展開において極めて有用な『物理的交渉手段』、すなわち『用心棒』として活用できます。初期投資として、バッテリーを3.2%消費します」


またコストの話! というか、人をなんだと思ってるんだ!


しかし、僕が口を挟む間もなく、ブリギッテはオーガに剣を弾き飛ばされ、絶体絶命のピンチに陥っていた。


「仕方ない! マキナ、助けてやれ!」


「承知いたしました。コストはご主人様の債務に加算されます」

しっかりしてるな、おい!


マキナはスカートの裾を少し持ち上げると、まるで小石でも蹴るかのように、地面の石をオーガの足元に蹴り飛ばした。石はありえない速度で飛び、オーガの膝を見事に砕く。巨大な体がバランスを崩して前のめりに倒れ込んだところへ、ブリギッテが体勢を立て直して渾身の一撃を叩き込んだ。


オーガを倒した後、ブリギッテは呆然と僕たちを見ていた。


「あ、あなたたちは一体…?  今のは…?」


僕は知ったかぶりをして腕を組み、ドヤ顔で答えた。


「ちょっとしたコンサルティングですよ。力任せに戦うだけでは、いずれ限界が来ます。相手の弱点を的確に突き、最小限の力で最大限の効果を出す。それが『戦略』というものです」


僕の言葉に、ブリギッテはハッとした顔をした。彼女はずっと、自分の力のなさを嘆いていたらしい。しかし、僕(の隣にいるメイド)が見せた戦い方は、彼女の凝り固まった価値観を根底から覆すものだった。


「戦略…!  私に欠けていたのは、それだったのか…!」


ブリギッテは僕の前に進み出ると、深々と頭を下げた。


「どうか、私にあなたの戦術を教えてはいただけないだろうか! この通りだ! 報酬は払う! いや、むしろあなたの剣として、この身を捧げたい!」


「剣」という言葉に、マキナの目がキラリと光ったのを僕は見逃さなかった。


「ご主人様。彼女をパーティーに加えることで、戦闘における私のバッテリー消費を大幅に削減できます。これは、ご主人様の債務返済計画においても、極めて有益な提案です」


こうして、僕を伝説の軍師だと勘違いした、露出過多の用心棒が仲間になった。なっ

たのだが、僕はどうしても気になってしまい、意を決して尋ねてみた。


「あのさ、ブリギッテさん。その…鎧、他のところは守らないの?  危なくないのか?」


すると彼女は、きょとんとした顔で自分の体を見下ろし、あっけらかんと言った。


「ん?  ああ、これか。オーガの一撃をくらったら、分厚い鎧の上からでもどうせ死ぬだろう?  なら、少しでも動きやすい方がいいじゃないか。軍師殿もそう思わないか?」


その言葉に、僕は頭を殴られたような衝撃を受けた。


恥ずかしい格好だと思っていた。だが、彼女にとっては、死と隣合わせの世界で生き残るための、あまりにもシビアで、あまりにも合理的な「選択」だったのだ。鎧を着ていても死ぬなら、鎧を脱いで避ける確率を上げる。なるほど、実に理にかなっている。


ファンタジー世界の常識は、僕の知る平和な日本のそれとは、根本的に違うのかもしれない…。


こうして、僕と、僕の債権者であるメイドと、僕を崇拝する用心棒。なんとも奇妙な三人組の旅は、こうして本格的に幕を開けたのである。

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