ほんぶん③

 帰り道、彼はずっと気まずそうな顔をしていた。


「気味悪いもの見せてごめん」


 確かに、あれは不気味な光景だった。

 一階の部屋の散らかり具合、ダイニングテーブルに並べられた気色悪いもの、狂気じみたおばさんの顔……思い出したら吐き気がしそうだ。

 けれど、小林くんの家の事情を知っていれば、あの状況も、おばさんの言動も、しかたないのかもしれない。


 事故からまだ三年しか経っていないのだから、


「おばさん、子どもを亡くなったのがショックだったんだね」

 

 気持ちの整理はついていないだろうし、もし気が狂ってしまっていたとしても、それもおかしくはない。そう考えていたのだけれど、小林くんは余計に気まずそうな顔をして私に言う。

 

「妹を亡くしたのもあるかもしれないけど。母さんは、前からああだったよ」


 てっきり、身体の調子が悪いのかと思っていた。


「母さんは病気だって、昨日も話したよね?」


「う、うん。そう言ってたけど」


 小林くんの家の事情は、思っている以上に厳しいものみたいだ。


「だから僕は、父方のおじいちゃんの家に預けられてたんだ。母さんの負担を減らしたいからって、父さんに頼まれてさ」


「それはいつ? どれくらいの期間、おじいさんの家にいたの?」


「小二から小五まで。妹はまだ小さくて、母さんと離れたがらなかったから家に残ったんだ」


 人間は自分で体験した出来事以外を、どれだけ見聞きしても、完全に理解することはできない……と思う。

 私にとって、小林くんの話はまさに理解できないことばかりだ。


「妹がいなくなって、母さんがひとりになって。それで、僕がじいちゃんの家から呼び戻された」


 彼は自分の過去について話してくれたが、普通のトーンで話せるような内容ではなかった。


「それからもずっと、おばさんはあんな感じなの?」

「まあ、良くなってはないね……でも、ほとんど部屋で寝てるから」

「じゃあ、小林くんがおばさんの看病をしてるの?」

「看病はしてないよ。自分のことは自分でしてるみたいだし、大丈夫だよ」


 小林くんはそう言うけれど、平気そうではないというか、疲れているような表情をしている。

 まだ中学二年生……まわりのみんなは、毎日バカなことばっかりして、笑って過ごしているのに。そんな中で彼が周囲よりも大人びているのは、それだけ苦労しているからなのかもしれない。


 立ち止まった私は、小林くんに言う。


「……今日、ひとつわかったことがあるよ」


 これまでの出来事の中で、一番確かなことだ。


「小林くんの『大丈夫』は、当てにならないってこと」


 私がそう言うと、小林くんはフッと吹き出した。


「何それ。僕って、そんなに信用ないかな?」


 彼がちゃんと笑ったのは、初めてだった。


 小林くんの負担になるといけないから、本音は言わないけれど――彼の家はちょっとおかしいと思う。


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