ほんぶん①
小さい頃から、人間じゃないものに話し掛けられたことが何度もある。
関わらないようにと気をつけていても、人間とまったく見分けがつかないような姿形をしているときがあって、うっかり返事をしてしまってから、怖い目に遭ったという経験もあった。
今回も『同じクラスの小林くんと名乗る、得体の知れないものと、うっかり会話してしまったんじゃないか?』と、実は少し疑っていた。
でも、あれだけの証言があるのだから、彼が人間であるのは間違いないだろう。
小林くんに関する疑惑が解けたところで、本題の『●』。
黒いモジャモジャの正体について、昨日一晩考えてみたけれど、これといって進展はない。
部活終わりに教室で荷物をまとめていた私は、リュックの中から、『なつのじゆうけんきゅう』を取り出した。そのとき、あることに気づく。
「ここ、破れてる?」
最後のページの隅が破れている。リュックに入れたときに、他の荷物に引っかけてしまったのかもしれない。
慌ててリュックの中を確認するが、画用紙の切れ端は見当たらない。
妹さんの遺品なのに……不注意でとんでもないことをしてしまった。
教室へやって来た美月が、こちらに声を掛けてくる。
「待たせてごめんね。うちのパート、ちょっともめてて。もう少しかかりそう」
「美月……ごめん。私も用事ができて。先に帰るね」
「ううん、待たせてた私が悪いし」
『なつのじゆうけんきゅう』をそっとしまい直し、リュックを背負った私は、美月に見送られて教室を後にした――小林くんに謝らなくちゃ。
帰り道、小林くんの家の前で立ち止まった私は、インターフォンを鳴らそうとした。寸前で、ピタリと手が止まる。
男子の家だから遠慮している、というのも少しだけあったけれど。どちらかというと『やめておいた方がいい』と思う、野性的な判断のほうが大きい。
手はカタカタと震えていたし、少しずつ後ずさりしていた。
私は、門から一歩下がって、改めて小林くんの家を眺めてみる。
南斜面の土地に、道路よりも基礎が一階分くらい高く上げて作られていて、こちらを見下ろすように家屋が建てられている。
その家屋は、同じ並びの隣家よりも奥まって建っているせいで陰になっていた。
それでも、南向きの家なら明るさは充分すぎるはずなのに、日が照っていても暗い印象がした。
やっぱり嫌な感じの家だ。
じっと見上げていると、突然ポンッと肩を叩かれた。
私は、ビックリして飛び退く。
「わあっ!」
「……えっ!? 日比谷さん、危ない!」
バランスを崩して転びそうになると、背後にいた小林くんが私を抱き留める。
「小林くん!?」
「日比谷さん、大丈夫?」
「うん……平気。ありがとう」
思わぬところで急接近してしまい、気恥ずかしくて視線をそらした私は、小林くんからそそくさと離れる。
昨日もそうだったが、小林くんは私服姿だ。
「小林くん、部活は? 今日は休み?」
「いいや、僕は帰宅部だから、夏休みは全部休みだよ」
「そうなんだ。どこか出かけてたの?」
「図書館に行ってて、今帰ってきたところ」
小林くんは、カバンを広げてみせる。中には、夏休みの課題が入っていた。
「真面目に課題やってるんだ。偉いね」
「そんなことないよ。帰宅部だと他にやることも無いからさ」
カバンを肩にかけ直した小林くんは、私に問いかける。
「妹の自由研究のことで来たんだよね? 何かわかった?」
私はリュックを下ろして、『なつのじゆうけんきゅう』を取り出そうとする。
これ以上、破れてしまわないようにと、慎重になっていたら、上手く出せずに手間取ってしまった。
「最後のページの隅が破れてて。ごめんなさい、私が破いちゃったのかも」
「……違うよ」
まだ、破れたところを見せてないのに。
「渡す前から、もう破れてたんだよ。だから気にしないで」
そんなに自信を持って断言するというのは、小林くんは確認済みだっただろう。
「そう……それならいいけど」
やっとの思いで取り出した『なつのじゆうけんきゅう』に出番はなく、すぐさまリュックにしまい直す。
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