第17節 早朝の配布作業

 翌朝、新聞部員たちは部室へと集まり始めていた。しかし、約束の時間を過ぎても、高崎部長は来ない。まさか今日に限って、部長が遅刻するとは。

「……部長、まだ来ませんね」

 私は、スマートフォンを何度も確認しながら呟いた。

「電話しても、出ないんですよ。メッセージも既読にならないし……」

 三鷹は、心配そうに眉を寄せる。

「……とにかく、私たちが今できることをしましょう。予定通り新聞の配布をしましょう」

 私は皆を落ち着かせるように言う。

「でも、部長がいないのに、勝手に配布を始めちゃっていいんでしょうか……」

「待っていても仕方ありません。部長なら、きっと何か考えがあってのことのはず。私たちは、部長を信じて、自分たちの役割を果たすべきです」

 続けて、部員たちを鼓舞するように言った。そして、部室の奥のロッカーから、昨夜運び込んだ新聞の束を取り出した。

 まだ生徒の姿もまばらな早朝の校舎。私たちは、息を潜め、細心の注意を払いながら、各教室へと向かった。手には、刷り上がったばかりの第二回特別号外の束を抱えている。

「1、2年生の教室は、私と久留里さんで。3年生の教室は、三鷹くんと荒川くんでお願いします」

 私の指示で、二手に分かれる。教室に入ると、まだ誰もいない机が整然と並んでいる。その一つひとつの引き出しに、新聞をそっと滑り込ませていく。

 部室に戻ると、皆、額に汗を滲ませ、どこかやり遂げたような、しかし依然として不安げな表情を浮かべていた。部長からの連絡は、まだない。


 やがて、登校してくる生徒たちの喧騒が校舎に満ち始める。新聞部員たちは、それぞれの教室で、固唾を飲んでその時を待っていた。

 登校してきた生徒たちは何気なく机の引き出しに手を入れる。そして、そこに挟まれていた新聞に気づき、一人、また一人と手に取り始める。

 ざわ……

 教室のあちこちから、小さな、しかし確かな動揺が広がっていくのが肌で感じられた。

『追悼・藤沢智也くん その人柄とご遺族の想い───新聞部独自取材』

 大きな見出しが、生徒たちの目を釘付けにする。皆、食い入るように記事を読み進め、時折、隣の席の者と顔を見合わせ、小声で何かを囁き合っている。藤沢くんの死の衝撃、そして新聞部が報じたご遺族の悲痛な想いが、教室の空気に伝播していく。

 キーンコーンカーンコーン───。

 無情にも、朝のHR開始を告げるチャイムが、校舎全体に鳴り響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る