第18話 中央大陸「修行場」

 この世界において、一般的な地図の中心に描かれるのが「中央大陸」である。


 東(魔)西南北の各大陸とは「内海」と呼ばれる海によって隔てられている。部分的に幾つかの大陸とは地続きなのだが、接続部分は大陸と比べれば非常に狭く細長い陸地で、人の営みはほとんど無く、半ば中央大陸渡航専用街道となっている。


 他の大陸とは異なり、大陸の北部一帯を王政を敷く国家「デルフィリス」が治めている他は、中央大陸に「国家」は存在しない。


 大陸中南部の全域は中立地帯としてどの国家にも属していないのだ。

 ちなみに、その面積は南大陸に匹敵する広大さである。


 そこは、どの国の王族も為政者も領有権を主張しない場所となっている。

 少なくとも、およそ3000年間は一般的には禁足地としての扱いを受け続けて来た場所。


 「勇者育成に関する国際間条約」において、この地における「勇者」の活動は、「デルフィリス」を含む全世界の国家から全面的な支援を受けられる、「勇者」育成のために用意された箱庭。


 それが「修行場」である。


 中央大陸の3分の2以上の面積を占める広大な土地。ただ、この地は一つの街を除いて、ほとんど放置されている。


 「魔物の王」討伐に向けて、「勇者」たちが連日激しい鍛錬によって己の強さの限界に挑む修行期間、その特定の期間そのときだけ、この地は新たな「住人」を迎え入れる。


 世界の命運をかけた戦いに勝利するために「導き手」とともに己を鍛えるためのあらゆる荒業を行う場所。

 その呼び名が示す通り、「勇者」たちのための修行場である。


 そもそも「修行場」には様々な地形や環境が


 「デルフィリス」との境目になっているのは、中央大陸を東西に完全に分断する、平均標高が7000mを超え、最高峰に至っては人類未踏の地となっている世界最大の山脈、通称「ブルーピークス」。


 大陸西端には、世界最低海抜の地を含む、平均深度3000mで両岸は断崖絶壁、それが幅50km、長さ1000kmに渡って続いている巨大な谷、通称「蟒蛇」がある。この大地形により、西側世界と「修行場」とが分けられている。


 大陸東端には東西約250km、南北は1500kmもの長さで続く大砂漠、「クリスタルナイトメア」が東側世界からの訪問者を拒む。遮るものが一切無く、純白の石英の砂でできた見た目には美しいこの場所は、昼間帯の気温は60度を超え、日が落ちれば氷点下10度まで気温が下がる。生き物にとっては過酷極まりない場所となっている。


 大陸南端では、南にある内海から常に供給される暖かく湿った空気と、「ブルーピークス」に遮られて生み出される上空の強い気流で大陸南部へと流れ込む極冷の空気が創り出す強力なダウンバーストの壁、通称「ギロチンバースト」が行手を遮る。

 上空から不可視の強烈な風圧で侵入者を叩き伏せ、沸き立つ雷雲からは絶え間なく、そして容赦なく倒れ伏した者に雷で止めを刺すのだ。


 四方を自然の防壁に囲まれ容易には侵入すらできないのが「修行場」の実態なのである。

 その、「人」が日常を送るにはいささか過酷過ぎる地形と数々の自然現象。

 故に、武芸や魔術、冒険を生業にする者の間で語り継がれている格言がある。


 「「修行場」、至るだけでも超一流」


 「勇者」たちが目指す高みが並尋常では無いことが想像できるだろう。


 四方の壁を超えた先、北西部の平坦な場所に「ミラジェ」という街がある。


 冒険者らにとっても、この地に入るためには一定水準の力が必要と言わしめる、国家が干渉しない「禁足地」であるこの地に街とは一体どういう事か。


 ミラジェこの街は、「勇者育成に関する国際間条約」に基づき作られた、「勇者」と「導き手」を全面的に支えるためにのみ作られた、知る人ぞ知る街である。

 関係者には「ベースキャンプ」の愛称で呼ばれている。

 存在自体が秘匿されているわけでは無い。

 ただし、この地の過酷さから関わる人間そのものがある程度限定されてしまうから、必然、一般人には幻の街の様に語られてしまう。


 本日、およそ480年ぶりにこの街の本来の住人とでも呼ぶべき者たちがやって来た。


 街の入り口でわちゃわちゃしているのは、一番乗りの「勇者」トールとその「導き手」カンヌとミコの3名である。


 「いゃ〜ぁ、着いたね〜。「修行場」。」

とここまでの道のりに苦労があった感じはゼロのカンヌ氏。


 「何ほのぼのしてんすか。さっさと宿行きますよ。」とチャッチャカテキパキなミコ氏。やっぱり普通。こちらも旅の疲れ感ゼロ。


 「いよっしゃー!だー!」と、もはやあの時の誰か的な、気合いと根性だけは感じられる脳筋状態なのは「勇者」トール。


 街に入って各々そんな感じの反応だったが、そこに近づく人影二つ。


 「ホッホッホッ。ずいぶん早く一人目が来たの。修行の積み残しはあるまいな?」

 と曰いながら現れたのはホビット族の、それなりに高齢と思しき男性。

 ただし、特有の小柄な身体の輪郭に沿って周囲の景色が陽炎のように揺らいでいる。

 そんな好々爺然とした口調からは考えられないほどの闘気を放つ怪物老人の名はカムイランケ。現時点での世界最高戦力の一人である。


 「まぁそう圧かけなさんな。「導き手」連中は良くやっとる様じゃ無いか。此度の「勇者」、皆粒揃いのようじゃしの。」

 見た目は円熟の美貌を持つ女性。

 だが口調は怪物老人に合わせるように年齢を感じさせる。

 背中が大きく開いた黒に近い濃い紫のドレスを身に纏い、両の手の指に禍々しいとさえ感じる強大な魔力を宿した複数の指輪を嵌めている。カムイランケと並び立つと、背の高さが際立っている。

 実際2mを超える長身。

 背中の大きな翼と紅の瞳、額の位置で怪しげな輝きを放つ瞳のような宝石があしらわれたサークレットをティアラのように嵌めて長い髪を纏めている。

 放つ雰囲気はまさに「魔王」。

 名をグルヴェイグ。

 この者も、怪物老人カムイランケに勝るとも劣らない、現時点での世界最高戦力の一人だ。


 「お久しぶりでございます。お師匠方。「勇者」を導く使命、まずはここまで果たしてございます。」

 カンヌ氏が恭しく報告する。

 「私が言うのも何ですけど、彼、マジで凄いですよ!慣例以上に早く来たのは、彼の潜在能力が計り知れないからですよ。」

 反対にミコさんめちゃくちゃフランク。


 「よう来たの。当代の勇者よ。ならば早速その力、試させてもらおうかの!」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る