第16話 勇者《ツワモノ》たち③

 中央大陸からすれば地理上の「南」。


 方角をそのまま当てはめれば、「北の大地」と対の関係で「南の大陸」と呼ばれそうだが、何故かこの世界では「南」と省略形で呼ばれる大陸。


 大陸の5分の1程度の面積が深い緑で覆われ、雨が多く、水も豊かなのがこの地の特徴である。

 だからと言って、高温多湿のジャングルでは無いので、多くの「人」種にとって住みやすい土地になっている。

 植生で言えば、広葉樹8割に針葉樹2割の、季節の変化に富む森があり、そこから齎される自然の恵は豊かだ。

 平地を開墾して田畑を造れば麦や陸稲がよく育ち、家畜の放牧に適した草深き平原もある。

 川は氾濫する事が殆どなく、地下水源も豊富。


 農業や牧畜にはもってこいの土地である。


 大陸中央にある独立峰「フジ」。

 その麓には「フジ」から齎される清らかな湧き水を水源とする世界最大の湖「トリートーニス湖」。さらにそこから大陸の西に向かって「カストル川」が、東に向かって「ポルックス川」が大陸両岸までの水資源の提供と水路という交通網の提供という二つの役割を果たしている。

 水資源も非常に豊かだ。


 そして、大陸を東西に分けるように二つの王国が統治している点においては、「北の大地」と共通している。


 そのうちの一つ、鬼人族の国「ヤクシヤ」。

 どの大陸のどの国も個性的なことに違いはないが、この国の文化も独自の進化を遂げている。


 この国のメイン種族である鬼人族は、個体の強さが他種族に比べても頭一つ抜けている。


 赤銅色の肌に黄金色の瞳。額に二本、等間隔で生える角。総じて大柄で筋肉質のがっしりとした体格。

 強者の風情満点である。


 そして、普段着は「着物」呼ばれる独特の民族衣装が好まれている。

 腰帯は偶然か必然か、この国特有の武器、「刀」との相性が抜群に良い。

 さらには、「刀」を自在に扱うために進化した「武道」を嗜むことが当たり前であり、一般市民レベルでも、武器さえ持てば即座に戦士の役目を果たせる者が多い、屈強な種族である。


 とある建物から、気合の入った声が響いて来た。この国の武道を学ぶ場所、「道場」である。


 「キェェエイッ!」

 一人の剣士が鋭い木剣の刺突を、相手の喉元目掛けて放つ。

 「オウッ!」

 一方悠然と構えていたもう一人の剣士は、ゆらりっと滑る様に半身をずらすと、木剣の峰で直線的な刺突を角度を変えて去なす。直後、跳ね上げるように木剣を動かすと、刺突を放った剣士の木剣が跳ね飛ばされ、弧を描いて道場の床に落ちた。

 「勝負あり、だな。」

 木剣の峰で肩をトントンと叩きながら決着を告げる剣士、名をケンシンという。


 「あーあ。結局兄様には敵わないや。」

 こちらは弟のケンノスケ。


 「簡単に負けてはあげられないよ。でも、思い切りが良くて良い突きだった。ケンノスケの突きは磨き上げれば強力な武器になるよ。」

 ケンシンは弟の技を褒める。


 「兄様。本当に「修行場」へ行くの?」

 ケンノスケは兄に問う。


 「ああ。」

 短く兄は応える。

 「「導き手」のお二人に師事して、先ずはお二人を超える。そこからが本当の勝負だ。」


 数日前、いつもの鍛錬の時間に、二人の兄弟の前に、「導き手」の二人は現れた。


 一人はホモ族。

 鉢金に頭巾、黒装束に直刃の刀。

 ザ・忍者の出立ちで名をハンゾウと言う。


 一人は猫科の獣人。

 何故か尾が 9尾あり(そんな「獣」いたか?)、召喚系魔法に長けている。

 名をネコマタという。


 些か唐突な二人の登場と自己紹介に、?と「何の御用でしょうか?」が口から出かけた時にハンゾウが、

 「ケンシン。君は「勇者」の資質を持つものだ。我々二人は「導き手」。君を鍛え、「魔物の王」を打倒し得る力にまで磨き上げる。一緒に「修行場」へ来てくれ。」

と、簡潔明瞭に説明してくれた。


 「しっかりと悩むが良いにゃ。」

 予想通りの「にゃ」が語尾についてネコマタが時間をかけて考えるよう促す。


 「君の額に輝く石は、「勇者」の資質を持つ者の中でも特別な力を持つ者にのみ現れる印にゃ。

 その力を「魔物の王」討伐の大業を果たすため、ぜひ貸して欲しいのにゃ。」

にゃ。って。


 「心が定ったらここを訪ねてくれ。待っている。」


 ケンゾウは「にゃ」の可愛さに全く絆されずに用件を締める。

 これで実はメチャクチャ明るい人でしたってなったらギャップ萌え大成功だななどと勝手に思いながら、ケンシンはハンゾウがわたして来たメモを受け取る。


 そこから数日あって道場でのシーンとなった。


 弟との稽古を通して、漸くケンシンの腹は決まった。


 自分に与えられた「天命」を全うできるよう、「人事」を尽くそう。

 実は、声をかけられた翌日にはそう考えていた。


 むしろ即答しようとしてすらいたが、ケンシンの家の現当主である父、ケンゾウの言葉が胸をよぎって数日考えていたのである。


 父は自分に先立って「導き手」二人の訪問を受けていた。

 その上で次代の当主である息子の意志に委ねる旨を二人には告げていた。

 私への断りは不要。息子の人生だからと。


 その上で、父ケンゾウはケンシンにこう告げた。

 「あの二人について行くなら一つだけ条件を付ける。

 負けぬ確信を持て。

 死なぬ確信を持て。

 過信でも、己を騙す訳でも無くだ。

 絶対不動の生き抜く意地が己の中に見出せたら、いつでも旅立つが良い。」


 だから悩んだ。

 見透かされた気がしたから。


 この国にある、根強く美徳とされている美意識の一つとして、「潔さ」が挙げられる。


 それはともすれば捨て鉢な行動や、過剰な自己犠牲に繋がる。

 理解が浅ければ、熟慮の放棄に繋がると言っても過言ではない。

 数日前まで、自分がまさにそうだった。


 己を顧みない自己犠牲に溢れた勇敢さに、ケンシンはどこか憧れていた自分を自覚した。


 ヒロイックアクションには、必ず遺された者たちの悲劇が生まれる。


 生き抜くことは、本当の意味で大切な物を守り抜くことなのだ。

 「愛する者のために」とその愛する者のその後の人生を他人任せにして、美意識に酔って、尽くした自分に酔って、遺された者の悲しみを思考の外に置いて、後始末の迷惑をかける事が分かっているのに格好をつけるなと父は言っている。


 父は、俺に生き抜けと言ってくれている。


 その想いに応えたい。


 己の中に「生き抜く覚悟」を見出すための数日だった。


 今日、仲の良い、弟とのいつもの稽古の時間が自分に教えてくれた。日常のかけがえの無さを。

 ここに戻って来たい。そのために生き抜く。


 ケンシンの覚悟は決まった。


 「ケンノスケ、またいつか稽古をしよう。俺は必ず帰ってくるから。」

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