第3話 あたらしい朝が来た

 我が有能なるオペレーター、新たに「R」というコードネームを与えた相棒とのファーストコンタクトを終えて、暫しの間、ここまでの出来事を整理する


 半自動生活がそこそこ長かったから、久しぶりに脳を使っている気がするな。


 自分の人生設計をやり直しすなんて、考えもしなかった。

 ある意味贅沢だ。

 前世の記憶がハッキリあるから、過去の失敗という最上質の教材を、時間をかけて分析しながら最大限活かせる。今の俺しかできないトライアンドエラーだ。


 でも、「選択肢C」は確か「天命を与えられた勇者として生きる道」だったな。天命ってなんだべさ?

 Rに聞けば早いだろうけど、分かったとして味気なさすぎるからその選択肢は無いね。

 推理小説を最後から読むようなもんだろ。それは。

 でも、わざわざ生まれ変わらせてくれたんだ。天命とやらは全うしなきゃ漢が廃るってもんだ。


 そういえば今自覚したけど、この世界で過ごしてきた数年分の記憶が自分の中に溶けて馴染んでる。

 子どもの記憶量と知識量だから大した量はない。でも、そのおかげで言語習得というかなりの難関をパスできるし、そのことによる異文化への理解度の底上げ等その恩恵は絶大だ。

 俺と一つになった魂。ありがとう。この世界の土台を作ってくれたもう一人の俺。こいつを後悔させないためにも、これからもこの世界についてできる限り理解を深めないとな。


 ハハッ。もう一つ気づいた。やべ。超楽しい。


 まだ不幸らしい不幸に晒されてないし、命の危険も感じないし、腹も減ってないから、要はなに一つ不満を生む材料が無いからってのもあるけど。


 あと、言うまでもなく社畜生活が酷すぎた。考える力を奪われるって、改めて前世の社会システムって恐ろしいなと思う。


 あれこれ考え出すとワクワクが止まらん。でも、子どもの肉体に無理をさせるわけにもいかんな。今は焦らず力を蓄えよう。


 逸る気持ちをなんとか宥めて、夜が明けるまでもう一眠りすることにした。


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 ここからはRです。


 先程漸くマスターはお休みになったようです。

生体データが穏やかな睡眠状態を示しています。


 マスターはとても強く優しく前向きで明るい方です。善良であることに疑いの余地がありません。

 これは、私だけの主観だけで申し上げてはおりません。私が属する、「世界」を管理する組織とそのシステムにおいて、実績豊富なこの方の善き人格は抜きん出た評価を得ています。


 それが顕著に現れたのがマスターが前世で亡くなった場面。ご本人は結末までは認識出来なかったようですが、小さなお子様の命を救っておられます。


 命の危機が訪れようとする危機的な状況下。自分が巻き込まれないために本能的に逃げることを優先させて然るべき場面。


 ですが、マスターが選択した行動は、いかに幼な子とはいえ、誰とも知らぬ赤の他人の命を救うというものでした。


 驚くべきは、真近に迫る逃れられない死の影の傍らで、少しでもお子様が痛い思いをしないで済むように、怪我が小さくて済むように、人の気配のする方向へ、しかもできるだけ勢い余ったその力で傷付かぬよう、最大限の手加減を加えて放っています。

 誰か受け止めてくれと願いながら。

 熟慮など許されぬ非情の刹那の中で。

 それは、尋常ならざる精神力であると断じます。奇跡のような高い思考の瞬発力と身体操作能力。もちろん、我が身を守ることなど微塵も考えずに、その全てを幼な子を救うために使われたわけです。


 もう一つ言及すれば、死んでなお、そのお子様の無事を願っておられます。

 自分の死そのことに対して恨み言一つ零さない。

 やめておけば良かったなどと後悔をしない。


 人間はもう少し我儘なのが当たり前です。

 もう少し負の感情を持っていても許されます。

 清廉潔白であることが、何事においても最良ということなどありませんから。

 マスターも愚痴をこぼす時がありますが、いざという時にはあの様な行動を取られます。表面に現れない本質の重厚さ。


 内に秘めた強さを持つからこそ、善行に満ちた魂を持つ他の者と比べてもその価値が抜きん出ているのです。


 組織の犠牲になり続けたのも、元々は無理難題に喘ぐ同僚を救うためでした。マスターが自分の責務を果たせていなかった訳では無いのです。しかも手を差し伸べていたのは一人や二人では無い。


 それほどの方が思考を止め、気力も失いかける程の劣悪な「システム」を、私は嫌悪します。何故なら、私自身も「システム」を運用する組織に属する、「システム」に関わる存在だから。


 マスターの、前世において「業平透」と名を与えられたこの方に、他に類を見ない輝きを放つ崇高な魂を持つこの方に、もう一度その魂の価値に相応しい人生を歩んでいただく。


 それは我々、「天界」の使命なのです。


 彼なら、過去のどの英傑と比較しても遜色のない、もしかすると、新たに「世界」をその影響下に置く存在にまで上り詰める可能性すらあります。


 私がアナウンスせずとも知ることになるでしょうが、マスターが再誕された世界には、避けられない「災厄」の襲来がこれまで何度も繰り返されてきました。


 私が支え、マスターが真の力に目覚めることで「災厄」などは簡単に打ち払い、世界を新たな高みに導いてくださるのでは無いか。私には確かな予感が感じられます。


 これまでも似たような関係性の下、特定の人物や存在を見守りサポートすることはありました。

 でなければ、今回のようにはありませんし、だからこそ頻繁に起こることではありません。

 ふふふっ。ですから私、久方ぶりの胸の高鳴りを覚えております。


 マスターの活躍にご期待くださいね。


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 「さあみんな、朝よ♪おっきなさーい!」


 っ!眩しっ?


 ・・・久しぶりに叩き起こされた。やり方が一緒だから、なんか急に母ちゃん思い出した。


 ごめんな。母ちゃん。お別れも言えなくて。先に死んじゃって。でもって生まれ変わっちゃって。ん?この場合どう考えれば良いんだろうな?なまじ前世の記憶があるだけにややこしいや。


 でもやっぱり母ちゃんも親父も兄貴も、泣いてくれてるかと思うと申し訳ない気持ちだな。向こうでは死んだ訳だし。

 でも、またこっちで頑張るからさ。みんなはそっちで天寿を全うしてくれよな。


 とか考えている姿は、側から見るとただの寝起きにボーッとしている子どもらしく、

 「ほらっ!トールちゃん!シャキッとせんかい!さっさと顔洗って歯を磨く!」

 と叩き起こしてくれたその人からの声が、次々と雪の季節の霰のようにポンポン飛んできて俺にぶつかってくる。声色に愛情が滲むこの人は、孤児院ここの世話役、隣接する教会のシスター、ミコさんだ。


 てか、今世でも俺の名前「トール」なのね。

Rの配慮かな。いずれにしてもありがたい。


 新しい人生の一日が始まる。





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