第18話

翌朝。

昨日のタンドリーチキンとセイグラムの味、そしてそれにまつわる疑問が、まだ胸の中でくすぶっていた。

ノートに書いたメモをランドセルのポケットに忍ばせながら、俺は学校へと向かう。


教室に入ると、先生はもういつもの席にいた。

カバンから取り出した分厚い本を読んでいる。

その姿を見るだけで、不思議と安心する。


意を決して近づき、声をかけた。


「先生、おはようございます」


「おはようございます、正彦くん。今日も早いですね」

先生は優しい笑顔で顔を上げてくれる。


「昨日、家でちょっと変わった夕飯を食べたんです。タンドリーチキンと…“セイグラム”っていうやつで…」

俺がそう言うと、先生は少し目を細めた。


「セイグラム? もしかして“セイロンライス”のことかな。あるいは何かのブランド名かもしれませんが……タンドリーチキンは間違いなくインド料理ですね」


「やっぱりインドなんですね。なんか、スパイスがすごく効いてて、香りも味も強くて……すごく印象に残ったんです」


「それは良い経験ですね」

先生は頷き、鞄の中から世界地図帳を取り出すと、指でインドのあたりをなぞる。


「タンドリーチキンは、北インドが発祥と言われています。“タンドール”という土窯で焼くからその名前がついてるんです。ヨーグルトとスパイスに漬け込んで、しっかり味を染み込ませてから焼く。インドの食文化は、香りと色彩が豊かなんです」


「へえ……タンドールかぁ。そんな名前の窯があるなんて知らなかった」


「文化って面白いでしょう? 食べ物ひとつとっても、その土地の気候や宗教、歴史が反映されているんです」


「宗教も関係あるんですか?」


「ありますよ。たとえば、インドではヒンドゥー教徒が牛を食べないし、イスラム教徒は豚を避ける。その結果として、鶏肉の文化が深く根付いたんですね。宗教が料理に影響を与えているというわけです」


「なるほど……」

俺は先生の話にどんどん引き込まれていく。

まるで、昨日食べたあのチキンの背景に、一つの物語が広がっていくみたいだった。


「それに比べると、私たちが普段食べている料理は、世界中のいろんな文化が混ざり合ってできている。日本にいながら世界を食べているようなものです」


「世界を……食べてる……」

なんかその言い方、かっこいい。


「先生、また教えてください。料理でも、歴史でも、神話でも……先生と話してると、全部がつながってる気がするんです」


先生は少し驚いたように目を見開いてから、すぐにやわらかく笑った。


「もちろんです。正彦くんの“知りたい”って気持ちがある限り、私はいくらでも話しますよ」


その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。


知識は料理のスパイスみたいなものかもしれない。

少しでも加わると、世界がぐっと味わい深くなる。


――今日もまた、先生との会話で、俺の世界はほんの少し広がった。


そして俺は思う。

明日は、どんな話を聞いてみようか。

あの“楽しい”時間を、またひとつ、重ねていくのだ。



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