第13話「決勝は、本当の声で」



 メールの通知音で、咲良は飛び起きた。

 スマホの画面に表示されたのは、大学声優コンテスト事務局からの連絡。手が震えて、なかなかメールが開けない。


『決勝進出おめでとうございます』


 文字を見た瞬間、咲良は息を呑んだ。

 まさか、本当に?


 慌ててメールを読み進める。

 予選での演技が高く評価されたこと。特に、途中で地声が混じった部分が「真実味のある表現」として審査員の心を打ったこと。そして——


『決勝は完全な地声での出演も可能です』


 咲良はベッドに座り込んだまま、しばらく動けなかった。


 三十分後、大学のカフェテリア。

 柊と向かい合って座る咲良は、まだ実感が湧かない様子でコーヒーカップを見つめていた。


「おめでとう、本当によかった」


 柊の声で、ようやく現実に引き戻される。


「でも、どうする? AI変声は使える?」

「使えるけど……」


 咲良は首を横に振った。


「使わない。決勝は、完全に地声で出る」


 その言葉に、柊は少し驚いたような顔をした。


「本当に大丈夫? プレッシャーも相当だと思うけど」

「大丈夫じゃない」


 咲良は正直に答えた。


「怖いよ。すごく怖い。でも——」


 窓の外を見つめる。

 キャンパスを歩く学生たちが見える。みんな、それぞれの人生を生きている。


「もう、逃げたくないんだ」


 ゼミ室に入ると、既に噂は広まっていた。


「咲良さん、決勝進出したんだって?」

「すごいじゃん!」


 田中と鈴木が駆け寄ってくる。

 でも、その後に続いた言葉が、咲良の心に引っかかった。


「AI変声、また使うの?」

「今度はもっと自然な感じにした方がいいよ」


 悪気はないのだろう。でも、やっぱり期待されているのは「可愛い声」なんだ。


「あの、実は——」


 咲良は意を決して口を開いた。


「決勝は、地声で出るつもりなんです」


 ゼミ室が一瞬、静まり返る。


「え、でも……」

「それじゃ勝てないんじゃ……」


 不安そうな反応に、咲良の決意が揺らぎそうになる。

 でも、そんな時——


「いいと思います」


 声の主は、佐藤さんだった。


「咲良さんの地声、私は好きです。低くて、でも温かくて」


 その言葉に、咲良は救われた気がした。


 その日から、咲良は猛練習を始めた。

 今まで避けてきた自分の声と、真正面から向き合う日々。


 音楽室を借りて、一人で発声練習。

 最初は、自分の声を録音して聞くのも苦痛だった。でも、繰り返すうちに少しずつ慣れてくる。


「あれ、意外と悪くない?」


 ある日の練習中、咲良は気づいた。

 低い声には低い声なりの魅力がある。深みがあって、感情を込めやすい。高い声では表現できない何かが、確かにある。


 練習を見に来た柊も、驚いていた。


「すごい、どんどん良くなってる」

「本当?」

「うん。なんていうか、聴いていて落ち着く声だよ」


 褒められて、咲良は照れくさそうに笑った。


 配信でも、変化は起きていた。


「今日は、決勝に向けて練習してる曲を歌います」


 地声での歌唱。

 最初は不安だったけど、コメント欄の反応は予想以上に温かかった。


『低音ボイス最高』

『アルト声の魅力に気づいた』

『個性があっていい』


 中には、こんなコメントも。


『私も声が低くて悩んでたけど、咲良さん見て自信持てました』


 そうか、と咲良は思う。

 世の中には、自分と同じように声で悩んでいる人がたくさんいる。可愛い声じゃなきゃダメだって思い込んでいる人が。


 だったら、私が証明しよう。

 どんな声にも、価値があるって。


 決勝まで、あと一週間。

 

 夜遅く、咲良は一人で音楽室に残っていた。

 何度も同じフレーズを繰り返す。納得いくまで、何度でも。


「咲良」


 ドアが開いて、柊が顔を覗かせた。


「まだやってたんだ。もう十時過ぎてるよ」

「あ、ごめん。もうちょっとだけ」

「付き合うよ」


 柊は躊躇いなく室内に入ってきて、ピアノの前に座った。


「伴奏、弾こうか?」


 咲良は驚いて目を見開いた。

 柊がピアノを弾けるなんて、知らなかった。


「実は、昔習ってたんだ。吃音のリハビリの一環で」


 柊の指が鍵盤に触れる。

 美しいメロディーが流れ始めた。


 咲良は深呼吸をして、歌い始める。

 柊の伴奏に合わせて、自分の声を響かせる。


 低い声が、音楽室いっぱいに広がっていく。

 二人だけの小さなコンサート。


 歌い終わると、柊が優しく微笑んだ。


「完璧だよ」

「まだまだだよ」


 咲良は首を振るけれど、心の中では少し自信が芽生えていた。


「でも、ありがとう。おかげで——」


 咲良は窓の外を見つめた。

 星空の下で、決意を新たにする。


「この声にも、いいところがあるのかも」


 そう呟いた咲良の横顔を、柊は優しく見守っていた。


 決勝まで、あと一週間。

 不安はある。でも、今は期待の方が大きい。


 この声で、どこまでいけるか。

 この声で、何を伝えられるか。


 挑戦は、始まったばかりだ。

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