Chapter. 01: Her name is ARCADIA
In the case of Darryl
廃棄されたガラクタが集積される場所で、部品を漁っている。
魂の運動エネルギー、すなわち霊子エネルギーを動力に変換する『霊子回路』のパーツ。これさえ見つけられれば、僕の宇宙船は完成する。そのために僕は、このところ毎日廃棄区域を訪れ、立ち入り禁止のテープをこっそりくぐって、廃棄品の山をかき分けていた。
ジャンク品が積まれた僕にとっての宝の山から、転がり落ちないよう慎重に降りていく。ここにもなかった。そもそも、霊子回路は再利用性が高く、廃棄になった機械から抜き出されて別のものに流用されることが多い。廃棄区域に打ち捨てられているとすれば、それは既に再利用もできないほど壊れているということになる。
僕はため息をついた。もう数ヶ月が経つ。どこにも、残っていないのだろうか。
場所を変え、廃棄品の山をかき分けていく。分厚い手袋越しに、機械の角ばった手触りが伝わる。どれも、かつて人間に使われていたものだ。日常を感じさせる使用感がある。
「ん……?」
地面が見えるまでかき分けた先で、僕は扉を見つけた。それは船のハッチに似ていて、水密ハンドルを回して開くタイプのものだった。そっと手を伸ばし、ハンドルを掴む。右に回してみるが、固くて動かない。左に回すと、ほんのわずかに動く。
開けてみよう、と思いきり引っ張った瞬間——警告音が、廃棄区域に響きわたった。
「うわっ!」
音はハッチからではなく、僕の左手からだった。アラームだ。見れば、終業時刻の十分前を示している。終礼に間に合わなくなってしまう。早く帰らなくては。
僕は泣く泣くハッチに入るのを諦め、ハンドルを緩く閉めて廃棄区域から出た。黄色に黒でキープアウトと書かれたテープをまたくぐり、ガレージに向けて小走りで進む。
この第三廃棄区域には、亡霊が出るという噂がある。だから僕も、夜には立ち入らないようにしている。亡霊が怖いからではなく、単純に、霊子汚染が恐ろしいからだ。
少なくとも僕たちが暮らすコロニーにおいては、亡霊というのは旧暦でよく言われていたものではなく、行き場を失った魂が見せる幻覚であると認識されている。
基本的に魂は残留思念となって周囲の霊子汚染度を上昇させ、集まると黒霧を形成するが、強く焼きついたものは可視光となって形を持つ。
それが現代で言う『亡霊』の正体だ。強く焼きついた残留思念ということは、それだけ周囲の汚染度を上げる。できれば近づきたくない。
走りながら時計を確認する。まだ五分しか経っていない。元々第三廃棄区域はガレージから一番近い場所だけど、このときばかりは僕の恵まれた体に感謝した。
小さいころから足が速くて、ドロシアに叱られたときもあちこち逃げ回って、彼女を困らせていた記憶がある。そうするとガレージのみんなで僕を取っ捕まえようとして、追いかけっこみたいになるのだ。僕はそれが楽しかった。叱られはするけど、構ってもらえて。
「ただいま、ダン」
「ああ、おかえり」
同僚のダンはレンチを掲げて挨拶代わりにすると、すぐに整備に戻る。
「あ、直ったんだ。よかったね、君」
僕はダンの傍らに置かれた酸素ユニットに語りかけた。彼もつられたように酸素ユニットを一瞥すると、呆れ顔でこちらを見やる。
「変わった奴だな、相変わらず」
「でも、みんなしてるでしょ。頼むから直ってくれよ、とか言って」
「それは上手くいかないときの悲鳴みたいなもんだ。お前のは違う。会話」
僕にとってはどちらもそう変わらないけど。ただこれ以上言い合っても平行線なので、僕は唇を尖らせて返事とした。ダンは愉快そうに笑ってくれて、早く行けよと手で追い払う仕草をする。ガレージの人数は限られているから、余計に家族のような錯覚がある。
僕は二階建ての自宅兼事務所に引っ込んで、長い茶髪をお団子にした女性に声をかけた。
「ただいま、ドロシア」
「おう。いつも終礼ぴったりだね、おかえり」
ドーラ・ガレージ。アトラス・コロニーには数多く存在する整備屋の一つで、僕の家だ。
「また廃棄区域でガラクタ漁りかい? 宇宙船を直すために?」
「そうだよ。だってもうあと一つなんだ」
ドロシアは大きくため息をついて高級そうな革張りの椅子から立ち上がると、僕よりも大きな背をわずかにかがめて、僕の両肩を掴んだ。
「地球に行くなんて夢物語、もう諦めな」
またこれだ。僕は彼女をキッと睨みつけ、強い口調で反論する。
「何回言ったらわかってくれるの? 夢物語なんかじゃないよ」
そう、夢物語などではない。僕は第二廃棄区域で宇宙船を見つけ、それを修理している。自分で言うのもおかしな話だけど、僕にはメカニックの才能がある。ガレージで培ってきた知識とあわせて、何年もかけて一人で、宇宙船を修理してきた。もうあと一つのパーツを組み込めば、地球に飛び立つ準備が整うのだ。これは夢でも、物語でもない。現実だ。少なくとも、僕にとっては。
「地球に行ってどうするってんだい? あの星はもう荒れ果ててる。観光するような場所じゃない。第一、航行許可もないのに……密航でもするつもりかい?」
ぐ、と言葉に詰まり、僕は唇を噛んだ。航行許可がないのは事実だ。あの許可は、軍や政府機関にしか発行されない。民間人は、このコロニーから出ることができない。
「……でも、母さんが憧れてた場所に、行きたい」
僕は胸からさげたロケットを握りしめ、俯いたまま答えた。
母は、地球に憧れていた。それを、僕は日記で知った。
僕が物心ついたときには既に母は亡く、叔母であるドロシアに引き取られていた。僕は十三歳になるとガレージで整備士として働き、小遣いを稼ぎ始めた。伯母は仕事でも私生活でも僕を献身的に支えてくれ、時に優しく、時に厳しく導いてくれた。それには、感謝している。だけど。
「僕は、地球に……」
「ダリル」ドロシアはため息まじりに続ける。「アンタももう免許が取れる歳だ。航行許可を取る算段もないのにそんな話をしてるようじゃ、姉さんも悲しむよ」
母さんは悲しまない、と喉元まで出かかった言葉を飲み込み、僕はドロシアの手を払いのけた。母さんなら、僕が地球に行きたいと言っても応援してくれる。自分が憧れた場所に息子が行くなんてと、絶対に喜んでくれる。
僕は黙ってドロシアに背を向け、事務所を飛び出した。自宅に続く階段を目指さなかったことに、彼女は悔しそうに、切羽詰まった声を上げる。「ダリル!」
外に出ると作業を終えたダンが事務所に歩いてくるところで、僕はぶつかりそうになってしまった。なんとか避けたが、彼は僕の目に溜まった涙を見てか、引きとめるように手を伸ばしてくる。
「どうしたんだ?」
「なんにも!」
僕は八つ当たりのように怒鳴り、必死で足を動かした。
ドロシアの言うことは正しい。いつも。それを理解しているからこそ、僕は悔しくて、苛立って、ガレージを飛び出してしまった。地球に行くなら、政府に就職するしかない。よくわかっている。政府の、たとえば環境保護庁に入庁できれば、地球の復興なんかの名目で視察に訪れることも不可能ではないだろう。少なくとも、僕がしていることよりよほど可能性がある道筋だ。
だけど、僕はすぐにでも地球に行きたかったし——視察なんて堅苦しい役目を持って、地球に行きたくなかった。だから、霊子回路を探しているのだ。
走る。行くあてなどなかった。ただ一人で頭を冷やせる場所を探したくて、あのハッチが思い浮かび、自然と第三廃棄区域へ向かっていた。
もう、夜が来るのに。
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