第49話 略奪愛

 ワタシとカレンは幼馴染で、何をしようにもいつも二人で一緒にいた。

 カレンは昔からマイペースでちょっと抜けてるところがあるし、何より可愛いからちょっと目を離した隙にすぐに他のキリン獣人に求愛されてしまう。だからワタシがいつも側にいて、変な人からカレンを守ってあげていた。

 そうやってワタシは、カレンには自分がいないと駄目だと無意識のうちに思い込んでいた。

 当時のワタシには、それがただの独りよがりな行動だったなんて思いもしなかった。


 それに気付いたのは、今からちょうど半年くらい前。ワタシ達がアンスロ学園に入る直前だった。

 前の学校の卒業式の日、カレンは一つ下の後輩、マユに告白されて、そのままツガピになった。二人は部活が一緒で、もとから仲が良かったのは知っていた。でもまさかその二人が付き合うとは思っていなくて……カレンって付き合ってくださいって言ったら付き合ってくれるんだって思って……なんだか、すごく、バカバカしくなっちゃった。


 その時、ワタシは初めて自分の気持ちに気付いた。こんなにも悲しくて、こんなにも心が空っぽになるなんて思わなかったから……この気持ちの正体に自然と気付いて、気付いちゃったせいで涙が止まらなかった。


 ――ワタシは、いつからか分からないけど、カレンのことを好きになってたんだ。


 でもそんな気持ちをカレンに言えるわけもなくて……そのままワタシ達はアンスロ学園へと入学することになった。


 ただ最悪なことにカレンとマユはラブラブで、「アカネにもこの幸せを味わって欲しい!」なんて言って惚気話をし始めた時は頭がおかしくなりそうだった。カレンの友達思いなところは好きだけど、流石にその時は本当に困ったよね……。


 だけどワタシはカレンの前では一番の親友として振る舞いたかったから、カレンのことを密かに想いながら、カレンの惚気話に付き合うことにしたの。


 アカネは話している間、グラウンドにいるカレンのことを物憂げな表情でずっと見つめていた。


「――そんな時、体育祭のご褒美が媚薬だって聞いてこれだ! って思ったの」


 ずっと一点だけを見つめていたアカネがくるっと振り向き、今度は私の方をじっと見つめ出した。


「これを使えばカレンをワタシのものにできる……その笑顔を向けられるのはワタシだけになるって……!」


 そう言ってアカネは私のもとに近づくと、私の手を取り自身の胸へと押し当てる。むにゅっとした柔らかい感触が手のひらいっぱいに伝わってくる。


「はっ!? ちょっ、何してるの!?」

「だからワタシはその媚薬が手に入るならなんだってするつもり! あなたが望むならこの身体を捧げたっていい! なんならワタシを従順なペットみたいに扱ってもいいよ? 好きな時間に呼び出して、好きなようにワタシの身体を弄ってくれていい。だから……だからどうか、ワタシ達を優勝に導いてよ……!」


 目を大きく開けて興奮した顔のアカネはじわじわと私との距離を詰めてくる。


「いやいやいやっ! そんなの私望んでないからっ! 私はただ媚薬が自分に使われたくないだけで、アカネが媚薬をもらってくれればそれで十分だからっ!!」


 迫りくる彼女を押しのけて、私はその胸から手を離す。


「ほ、本当……? 本当にそれだけでいいの? それだけの理由で、ワタシに媚薬を譲ってくれるの……?」

「優勝できるかは分からないけど、やれることはやってみるつもり。それでもし優勝できたら、アカネに譲るって約束するよ。……アカネの気持ちが完全に理解できるってわけじゃないけど、私も幼馴染とはちょっとしたすれ違いをしたことがあるから……同情はするよ」


 事情は違えど、大切な親友に裏切られる気分は私も味わったことがある。最初はほとんど成り行き任せに受けたお願いだったけど、今では本心で彼女に協力したいと思い始めている。


「そ……そっか…………」


 するとアカネは緊張が解けたようにほっとした顔を浮かべた。その身体は僅かに震えているように見えた。


「ごめん……ワタシ、なんか興奮しちゃってたよね……あはは、どうかしてたよ」


 我に返ったアカネはその場の空気を誤魔化そうと、乾いた笑みを見せる。


「ありがとね、それじゃあ当日は……よろしく」

「う、うん」


 そう言って逃げるようにこの場を去っていく彼女の背中からは、類稀ない覚悟が宿っていた。

 貞操観念のない獣人が自分の身体を差し出すのを躊躇った。そのくらい、彼女のカレンに対する気持ちは本気なのだと伝わってきた。


「もしかして私、責任重大……?」


 媚薬を悪用する事に罪悪感がないわけではない。だけど獣人が一途に恋する姿を目の当たりにして、それに見て見ぬふりができるほど薄情者でもないのだ。


 罪悪感と恋する少女の覚悟を天秤にかけることになった私は、とにかく今は自分にできることをやろうと思い、競技に出るクラスメイトの采配や作戦を見返すことにした。


「……問題はやっぱり、1組の生徒だよね。彼女たちに勝つには上級生の力がないと厳しいけど、そんなコネ私には――」


 アカネの覚悟を目の当たりにした私は、それ相応の覚悟を持って作戦を考える。その結果、ある一つの考えが頭の中をよぎる。


「いや……一人だけ、いる……! ライオン獣人にも勝てる獣人が……!」


 私はその考えを実行するため、頭の中に思い浮かんだ獣人のもとへと一直線に向かっていった。




#今日の獣人観察日誌「アカネ」

性格:拗らせ系、ツンデレ、世話好き

好き:カレン(一筋)


幼馴染のカレンのことが大好きなキリン獣人。

カレンの保護者のような立場で、いつもカレンの惚気話を聞いてあげたり、他の獣人の求愛から守ってあげている。

カレンの番であるマユに嫉妬しており、カレンを奪い返すために媚薬を狙っている。

カレンのことが大好きすぎるあまり、やや自暴自棄になることも……。

――体育祭まで残り僅か……そろそろ最終調整に入らないと……!

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