第17話 生態ピラミッド(スクールカースト)

「それでコン……さんは、なんでまたここにいるんですか……」


 月曜日の放課後に彼女と遭遇し、散々煽られたその一日後。コンはまた私がゴミ拾いをしているところにやって来た。


「そんないけずなこと言わんと、うちの暇潰しに付きうてや~」


 昨日は彼女に散々煽られてムカついたけど、シュン達との約束もあったため、その場は適当にいなして帰ることにした。

 しかし今日になって、彼女は再び私の前に現れた。


「それにうちとあんたの仲やろ? 敬語もさん付けもやめて、うちと楽しく話そうや~」

「大した仲じゃないし! それに楽しんでるのはコンだけでしょ!」


 ゴミ拾いをする私に付きまとってくる彼女は、先程から私を煽るような口調で永遠と話しかけてくる。

 それにムカついた私は、彼女を突き放すような少し冷たい口調で言い返す。


「そんなっ……! そない冷たいこと言わんといておくれ……! うち、ホンマにあんたと話すのが楽しゅうて楽しゅうて仕方なかっただけやのに……」


 すると突然、彼女は今にも泣きだしそうな様子でその場に立ち止まる。制服の長い袖で顔を隠すと、「すんすん」と鼻をすすり始めた。


 彼女の制服は特別に袖が長く広く作られており、まるで和服のようなデザインになっている。アンスロ学園の制服は、獣人の体や好みに合わせて自由にオーダーメイドできるようになっているため、生徒それぞれの個性を持ったデザインが見られる。


「ちょっ! な、泣くほど……!?」


 ヒトを好き勝手煽ってきたと思ったら、今度は急に泣き始める。


「ご、ごめんって! そんな風に思ってるとは知らなくって……!」


 私の言葉で彼女が傷ついたというのなら、それは素直に謝りたい。

 そう思い、泣いている彼女のそばまで近付くと、


「――嘘どすえ〜」


 彼女は袖で隠した顔をぱっと見せると、そこには目を弓なりに細めた悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。


「~~~~っ!! もう知らないっ!!」


 ――最悪! 心配して損した!


 彼女の嘘泣きに私はまんまと騙されてしまった。

 さっきからずっとこうだ。私は彼女の言葉に感情を乱され、手のひらの上でまんまと踊らされてしまっている。


「あはははっ! ホンマ、あんたはええ反応するな~!」


 そんな私を見て、彼女は口を開けて楽しそうに笑う。


「やっぱりヒトは獣人と違ってからかい甲斐があるな~」

「もう……ヒトを何だと思ってるのよ。私はあなた達の遊び道具じゃないんだからね!」


 彼女の言葉に腹が立ち、つい大声で怒鳴ってしまう。


 ――あ、やばっ!


 私は反射的に彼女の顔をうかがう。

 別に彼女がまた泣くのを心配しているわけではない。彼女が怒って私を襲ってくることを心配しているのだ。いつかのライオン獣人のように……。


「遊び道具って……例えば、こないなこと?」


 彼女は少し考えた後、何かを思いついたかのようににんまりと笑い、私の方に近付いて来る。


「ちょっ、ちょっと! 何するつもり!?」

「何って……あんたがいつもやられてることやで?」


 彼女は私の身体に鼻を近づけ、舐め回すように全身の匂いを嗅いでいく。直接触られているわけでもないのに、まるで肌を指でなぞられているみたいにくすぐったい。


「んっ……! ちょっ……や、やめてっ……!」


 その行為に私の身体はついビクンと反応してしまう。


「……なんて、ちょいと冗談が過ぎましたかえ?」

「えっ……?」


 するとコンは意外にも私の身体から顔を離す。他の獣人が相手なら絶対このまま押し倒される流れだったのに。


「意外って顔してはるな? 言うておくけど、うちを他の獣人と同じやと思うてたら大間違いやで?」

「それってつまり……私を襲わないってこと……?」


 私の質問に対して、彼女は愚問だと言わんばかりに「ふっ」と鼻で笑う。


「うちがあんな年中発情期のケダモノと一緒なんてありえんわ。うちはもっと理性的で、知能の高い獣人なんやから。たとえ発情期になったとしても、ヒトを襲うなんて下品なマネ、うちはようやらんわ」


 彼女はそれから、いかに自分が優れているかについて語り始める。


「……そもそもこの学園のクラスは大方、生態ピラミッドスクールカーストの順番で決められとるって知っとったかえ?」

「え……なにそれ、どういうこと……?」


 彼女の言葉に私は一瞬、自分の耳を疑った。

 そんな情報、今まで一度も聞いたことがなかったからだ。


「1組が一番上で、それ以外はみんな下。獣人社会ではその生態ピラミッドスクールカーストが絶対やっていうのは言うまでもない常識なんやけど……まぁこれはヒト社会にはない暗黙のルールみたいなもんやから、あんたが知らんのは当然やろなぁ」


 そういえば、ラブリーも生態ピラミッドスクールカーストの頂点を目指しているとか言っていた気がする。


「獣人社会は弱肉強食。弱い奴は強い奴の言うことを聞くしかない。それが嫌なら自分がカースト上位になれるよう努力するしかない。別にフィジカルだけで決まるもんでもないからなぁ。せやから学園はその競争心を煽るために、あえて1組にカースト上位生が集まるようなシステムにしとるんや」

「な、なるほど……」


 確かに人間社会でも、学園によってはテストの成績でクラスや席順が決まるところもあると聞いたことがある。

 それと大体一緒と考えれば分かりやすいかもしれない。


「そしてうちのクラスは当然1組。その1組の中でも、うちは特別賢い獣人やさかい、まぁうちがカーストトップで間違いないやろな~」

「そ、そうなんだ……?」


 どういう基準でカーストの上下が決まるのかいまいち分からないが、とりあえず彼女がカーストトップなのは分かった。


「せやからカースト下位のあんたは、カーストトップのうちの言うことを聞かなあかん……うちの言ってること、分かるかえ?」

「へ……? そ、それってつまり……」


 なんだか嫌な予感がする……。

 いや、確信的にすごく嫌な予感がする……!


 そしてその予感は当然のように的中する。


「――あんた、うちの番にならんかえ?」

「ひぃっ!? やっぱり!!」


 私を散々馬鹿にしてきた彼女の真の目的は……だった。




#今日の獣人観察日誌「金色こんじき コン」

性格:悪い。他人のことを見下しがち

特技:他人を煽ること


アカギツネの泣き声には様々な種類があり、キツネ同士がお互いの位置関係を確認する時や、繁殖をする時など状況によって使い分けている。

コンの嘘泣きにはまんまと騙されてしまった……。

自称カーストトップの彼女は私を襲おうとはしないが、私のことを馬鹿にしてくるし、挙句の果てには番になろうと言って誘ってきた。

――いったい彼女は何を考えてるの……?

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