第53話 勉強会①

「お邪魔しまーす」

「どうぞ」

「おいおい柳田、そうじゃねぇだろ?」

「は? …………邪魔すんなら帰ってくれ」

「それそれ~!」

「マジで帰らせるぞお前」

「ふふ。仲いいね、二人とも」


 くだらないやり取りを陽華に笑われつつ、来客たちを室内へと案内する。


 冷房の風が届かない廊下とは言え、外の気温と比べれば雲泥の差だ。

 涼しさに目を細めていた彼らは、リビングに到着するや否や大きく目を見開いて、感嘆の声を漏らした。


「おぉ~~、すげぇ広いじゃん!」

「きれー! こんな部屋で一人暮らししてるのっ!?」

「ソファーもテレビもでっけぇっすね……下手したら、うちの実家より充実してるんすけど……」

「失礼かもしれないけど、意外と綺麗に整理整頓されてるのね?」

「ほとんど陽華のおかげだから、気にしないでいい」


 明らかに分不相応な設備であることは自覚しているので、あまり褒められても居心地が悪くなってしまう。

 高宮さんの率直な感想に苦笑して返しつつ、飲み物やお菓子が入ったビニール袋を手にキッチンの方へ向かった。


「とりあえず適当に座ってくれ。ダイニングとリビングのテーブルで、それぞれ四人ずつ座れると思う」


 外は暑かったろうし冷たい飲み物を用意してやるか。この大量のお菓子も、摘まみやすいように大皿に広げた方がいいだろう。

 戸棚からカップを取り出していると、横合いからにゅっと白い手が伸びてくる。視線を下ろせば、陽華のにこやかな笑顔と目が合った。


「私も手伝うよ。お菓子のお皿はこれでいいかな?」

「ありがとう。陽華の判断に任せるよ。ウチにある食器については、もう陽華の方が詳しいだろうし」

「ふふ、確かにそうかも? でもほら、このお皿は二人で一緒に買ったのだよ」

「流石に大きすぎると思ってたが、使う機会があるとはな……。そうだ、八人分のカップは置いてないから、悪いが男どもは紙コップになるけどいいか?」


 これほどの大人数を迎えることを想定しているはずもなく、そのために買い足すのも違う気がしたので、一応紙コップだけ準備しておいたのだ。

 何やら微妙な表情で俺たちを眺めていた橋本たちに声をかけると、彼らは少しぎこちなく頷いた。


「ん、あぁ……もちろんいいぜ。気ぃ遣ってくれてありがとな……にしてもさぁ」

「なんだよ」

「……やっぱそれ新居祝いってことでいいんじゃねぇか? どう見ても新婚夫婦のやり取りだろ」

「うるせぇ早く座れ」


 他の面子もうんうんと頷くんじゃない。氷入れてやらんぞ。

 半目で睨む俺を他所に、陽華は少し頬を赤らめながらも上機嫌に微笑んでいて、


「やだぁもー♪ 氷一つ増やしちゃおっ♪」


 ……それ意味あるか?




§




 簡単な話し合いの末、ダイニングのテーブルに俺と陽華、橋本と篠原さん。そしてリビングのローテーブルに高宮さんと向井さん、濱崎と森山が座る形になった。

 カップルと同じ卓を囲むのは居た堪れないという独り身男子組の意見と、濱崎と向井さんが接する機会を提供しようという配慮の結果だ。


 ジュースとお菓子を摘まんでクールダウンの時間を挟みつつ、早速今日の本題である勉強会へと移行した。


「はー、憂鬱だぜ……」

「ぼやいてないでさっさと始めなさいよ。ごめんなさい柳田くん、苦労をかけて」

「あーいや、気にしないでくれ。誰かに教えることで自分の勉強にもなるわけだし……」


 申し訳なさそうに頭を下げる篠原さんに、首を振って否定を返す。

 心のどこかで、友達と集まって勉強会をするというシチュエーションに、高揚している自分も居るのだ。


「中学までほとんど友達もいなかったから……正直、仲のいい友達と休みの日に家に集まって勉強会、ってやつに、少しワクワクしてたんだ」

「柳田ぁ……! そういうことなら、もっとたくさん勉強会しような!」

「それはいいけど、そもそも自力でちゃんとやれよ」

「まったくね。どうせ勉強会なら皆に手伝ってもらえるって魂胆でしょ、反省しなさい」

「へーい……」


 俄かに元気を取り戻した橋本だが、直後に俺と篠原さんに叩き落されて項垂れる。

 その様子を小さく笑って見ていると、ツンツンと腕を突く感触。

 隣の方に視線を向ければ、何やら不満げに頬を膨らませた陽華が俺を見上げていて、


「休みの日に家で勉強会なら、付き合う前にも私としてたのに……その時はワクワクしなかったの?」

「……正直ワクワクよりドキドキが勝ってた。ずっと意識してたから」

「ふ、ふーん? そっかそっかぁ……えへへ、私もだよ」

「あんなにグイグイ来てたのに?」

「緊張してたから逆に大胆になれたのかも……?」


 まぁ、緊張しすぎて突拍子もない行動に出るのはよくあることか? 俺も割と人のことは言えないような行動をしてた気がする。

 ……こっちを見るな、宿題に集中しろ橋本。篠原さんもそんなに照れないでくれ……。


 ジュースを一口飲んで気を取り直し、改めてペンを手に取る。


「それじゃあ早速始めるか。とりあえず昼飯時まで各々進める感じで」

「わからないところがあったら気軽に声をかけてね!」

「「「はーい」」」


 俺と陽華の号令を合図に、勉強会がスタートした。


 ダイニングとリビング、二つのテーブルに分かれた俺たちは一斉に……一部の面子は渋々と、手元の課題に向き合う。

 億劫そうにしていた橋本や濱崎たちも、一度始まってしまえば、真剣な表情で没頭し始めた。

 元々それなりの高偏差値を誇る進学校に、受験を突破して入学を果たした彼らだ。推薦で入学したという橋本も、この前の期末テストを見ればわかる通りに、やればできるタイプだ。

 勉強嫌いと苦手意識が拭えないだけで、地力はきちんと備わっている。

 ……少し前まで同じ立場だった俺が、偉そうに言えることではないが。


「……んん? なぁ、ここなんだけどさ。この文法の使い方合ってる? なーんかムズムズすんだよな」

「文法は合ってるけど……ここ。過去形になってないわ」

「あー、そっかそっか。助かった、ありがとな」


 対面の二人のそんなやり取りを聞きながら、俺も質問したり、逆に質問に答えたり。

 リビングからも同様の声が聞こえる中で、穏やかに時間が過ぎていく。


 やがて壁掛け時計の短針が右側へ回り始めた頃、昼食を兼ねた小休止を取ることになった。


「今日の昼食の当番は俺だったな。陽華、この前教えてもらった豚バラのぶっかけそうめんでいいか?」

「うん、ありがとう! 楽しみにしてるね」


 陽華の笑顔に頷きを返して立ち上がると、他の面子の視線が一気に俺に集中したのがわかった。


「何だよ。お前らの分はないぞ」

「いえ、この人数分のものを作らせるつもりはないし、きちんと持参してるわ。ただ……本当に料理をするのね、と。やっぱり意外だわ」

「佳凛ちゃん、びみょーに失礼じゃない? 気持ちはわかるけどね!」

「気にしないでいいよ、数か月前の俺も同じこと言うと思うし」


 あの日の陽華との出会いがなければ、きっと今でもスーパーの総菜やコンビニ弁当で空腹を満たすだけの生活を続けていただろう。

 いや、流石に義母さんに是正されていただろうか。それでも少なくとも、今ほど料理に習熟できていなかったはずだ。

 そもそもこうして皆を自宅に招く機会も……いや、やめよう。

 最近気付いたのだが、些細なことで感慨に浸ってしまう悪癖のようなものができてしまったらしい。


 いい加減に慣れないとな、と小さく苦笑しながら、手早くそうめんと各種具材を用意する。

 ちなみにこのそうめんは陽華のご両親から頂いたものだ。お中元で大量に届いたものの消費に困っていたらしく、そういうことならと有難く食べさせてもらっている。


「柳田師匠、レンジ借りていいっすか? 弁当温めたくて」

「あ、俺とシオもいいか?」

「もちろんいいぞ。爆発させるなよ?」

「ちょっ、俺らのことなんだと思ってんすか!? それはそれとしてあざっす!」

「サンキュー柳田!」

「ありがとう、お借りします」


 コンビニ弁当を手にした濱崎たちに軽く頷いて、電子レンジの方を指さす。他の面子は自前の弁当箱やサンドイッチなどを持ち込んでいるようだ。

 篠原さんもコンビニ弁当なのは少し意外だが……そういえば、彼女は料理があまり得意じゃないんだったか。


 益体もない思考を適当なところで打ち切って、改めて手元に意識を戻した。

 鍋に注いだ水が沸騰するのを待つ間に、ネギやレタス、豚バラ肉を食べやすい大きさに切る。

 次にそうめんの帯を切って茹でる準備をする。俺も陽華もそこまで大食いではないし、三束もあれば十分足りるだろう。


 沸騰した鍋にそうめんを投入したところで……そこでようやく、周囲から降り注ぐ視線に気が付いた。


「……どうした?」

「マジで料理してんだなーって。めっちゃ手際よくね?」

「食材を切って茹でてるだけで、そんなに難しいことはしてないんだが」

「おー、その台詞も料理できるやつっぽい! 流石明瀬さんの愛弟子だなー」


 何だコイツ、と胡乱な目で橋本を見やると、当の発言者は何故か俺ではなく篠原さんの方を見つめていた。


「ね、ねぇ明瀬さん。その、柳田くんに料理を教えたのが明瀬さんって、本当……?」

「うん、そうだよ。こんなに立派になって、先生はとっても嬉しいです」

「そうなのね……えっと、明瀬さんさえよければ、私にも……」

「もちろんいいよ~! いつにする?」


 篠原さんの申し出に陽華が笑顔で頷いた、その瞬間に力強くガッツポーズをする橋本。

 こいつも苦労してるんだなぁ……内心で激励の言葉を送りつつ、お湯を切ってめんを流水で洗い、水気を切って皿に盛った。

 次はスープと豚バラ肉の調理だ。同じ鍋に再び水を注ぎ、豚バラ肉と各種調味料を投入していく。


 黙々と調理工程を進めていると、向井さんの溌溂とした声が聞こえてきた。


「そういえばさー、濱崎くんはなんで柳田くんのこと師匠って呼んでるの? なにか教わってたり?」

「うぇっ? あっ、いや、それは……そのぉ……」

「恋愛の、だったよね? ほら、柳田くんは出会って数週間足らずで、あの明瀬さんを陥落せしめた恋愛巧者だからさ」

「別に恋愛巧者じゃないし、濱崎に何か教えた覚えもないけどな。呼び方はもう諦めてる」

「へぇー、そうなんだ! ってことは、濱崎くん好きな娘いるの!? きゃー! あたしも応援してるね、がんばって!!」

「…………っす」

「うわぁ……」


 哀れ濱崎。お前ももうちょっと頑張れよ濱崎。

 師匠という立場を受け入れるわけではないが、俺も何かしら助け舟を出してやるべきか? けど今のあいつはそれ以前の問題だしな……。

 いい加減に普通に会話するぐらいは慣れろと思う。かつての俺も大概とは言え、流石に会話が成り立たないほどではなかったはずだ。


「そういう康太こうたくんはどうなの? 好きな人、とか」

「……いきなりだね、高宮さん・・・・。今はサッカーと勉強に手一杯で、恋愛にはあまり興味が湧かないかな」

「そう……」

「うん」

「…………」

「…………」


 ……気まずっ。

 ダイニングを挟んで尚伝わってくる微妙な雰囲気に、思わず鍋を混ぜる手が止まってしまう。

 ”康太”は森山の名前だったはずだ。あの二人の間に何かがあったのは察していたが……名前呼びをするような関係だったのか。

 気にはなるが、同じ部活でより関係の深い橋本にも話していないようなことに、俺が首を突っ込む資格はないだろう。


 小さく息を吐き、肉に火が通っているのを確認してからコンロの火を止める。

 なにやら色々と問題や課題を抱える面子が集まっているようだが、今日の本題は勉強会だ。

 しっかり栄養を補給して、午後の勉強に備えるとしよう……。




──────

 お久しぶりです。新作の方がひとまず一段落したので、こちらも少しずつ更新していこうと思います。


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