悪友の無茶振りに応え……なきゃだめ?
「なんかいいにおいする」
「なんだよ唐突に。別に匂いの強い料理とかしてないはずだけどな」
突然来たと思えば、いきなり人の部屋のにおいをくんくんとかぎ出した渡。犬かこいつは。
「甘いにおい、っていうかなんだこれ。あ、女の匂いだな。お前女できたのか?」
「いつ作るんだよ」
高校生の時に1度だけ彼女がいたときがあったが、それ以降まったくモテていない。モテるような性格でもないしなぁ。渡は引き続き匂いを嗅ぎ回っている。
「じゃあなんだこれ、お前のお袋さんとか?」
「それこそここには来ないと思うぞ。婆ちゃんの残り香じゃねえの?」
「婆ちゃんはもっとひからびた匂いだろ。粉っぽいというか」
失礼なヤツだな。婆ちゃんひからびてはいたけど、ひからびた匂いなんてしなかったぞ。
(「蛇の神様の匂いじゃね?」)
雷太にそりゃ無いだろと視線でメッセージを送る。
「まあなんにせよ女は部屋に来てないな」
人類の女は実際に来てないからな。
「そっか。まあ女できたら言ってくれよ。ちょっとは気を遣うから」
ちょっとだけなのか。ありがたいけどその予定はないんだ。俺は出来る男だからと言わんばかりのドヤ顔がムカつくな。
「で、今日はどうしたんだ? さすがに心霊関係はもってきてないよな」
「あ、そうそう。今日のメニューはだな」
写真の件からまだ2週間も経ってないし、さすがにわきまえてるらしい。しかしおもむろにスマホを取り出し、いじり出す渡。そしてタプタプとなにかを検索するとこちらに画面を見せてきた。
「これだよこれ、ツチノコ! 岐阜にツチノコ探しに行こうぜ!」
「聞いたことあるようなないような……」
「知らねえの? 頭の部分が膨らんだ蛇だよ。いわゆるUMAだな未確認生物。昔に流行ったらしいぞ」
ツチノコのイラストを見せてくるが、やはり見たことはない。未確認だから当たり前なんだけど。まあ噂話にしても聞いたことないな。
「でも見つけてどうするんだ? これもオカルトになるのか」
「賞金なんかもあるらしい。捕まえるまでいかなくても写真撮るだけで有名になれるはずだぞ」
俺は別に有名になりたくはないよ……。あー専門外かもだけど知ってるかどうか甘葉先生にLINEしておこうかな? そこそこおじさんだろうし知ってるんじゃないかな。
「ちょっと遠いけど、車は俺が出すからさ。資料館とかあるみたいだぞ、神社とかも。あと伝承とかもいろいろ……」
スマホをいじりつつ、渡の話を流し聞く。
メッセージを送信していると、雷太の背後からオヤシロさまがひょいと現れた。渡に見えないよう姿は消しているようだ。
(「孫や孫や、神社とか聞こえたがわしも関係あるかの」)
何度も言いそびれちゃってるんだが俺はオヤシロさまの孫じゃないんだけどな、いつまで孫って呼ぶつもりなんだろ。あと渡いるときは話返せないっす。
(「ツチノコ……? 昔わしの社に探しに来てた子供がいたのう。どんな生き物なんじゃ」)
(「俺も聞いたことはあるぞ。TVとか子供向けの本でもよく見かけたしな。でもあれ実在しないってことで決着ついたんじゃないか」)
雷太がオヤシロさまとの会話に参加し始めた。そっちはそっちでお願いします。こっちはこっちで話進めますので。
「で、実際いるって事になってるのツチノコって」
ようやく興味持ってくれたかとでも言いたげな表情で渡が意気揚々と答える。
「目撃談はいっぱいあるし、死骸みたいなのもあるってさ。もちろん生きてるのを見つけるのが一番ロマンだな」
「何十年も見つかってないんだろ?」
「あきらめた頃に出てくるとかよくある話じゃん」
うーん、乗り気にはなれないなあ。ドライブがてらか……、
「岐阜だし鶏ちゃんおごるぜ、うまい店探してさ。あとツチノコでる村ってのがすごい景色の良い場所なんだって」
むむむ、魅力的な提案が追加された。鶏ちゃんは岐阜名物の鶏料理だ。ご飯に合う。大自然はあんまり興味ないけどな、でもそんなにいいというなら見に行くのもやぶさかではない。
「日帰りできるなら付き合うよ。不思議な動物さがして呪われる云々はないだろうし」
「おっ決まったな! じゃあ土曜にいこうぜ。俺このあと用事あるからまたな!」
言いたいことだけ言って嵐のように去って行った。相変わらず落ち着きないなあ。まあ特に予定もないしいいかね。
(「しかし未発見の動物ってオカルトの扱いになんの?」)
(「うーん、パンダとかも所在がしっかりしてないときは未確認生命体扱いだったそうじゃぞ」)
(「その例えあってるのか? ていうか蛇の神様だって神様になる前は見つかるまでUMAみたいなもんだったんじゃないか。森の中にばかでかい蛇がいるって噂になってたんだよな?」)
(「まあ数百年前からわしはずっといたけどな」)
(「そりゃ本人からしたらそうだろうけど。他の人間からしたらさ、そういうのがいるらしいぞって噂だけ先行してたわけだろ? わざわざそんな怖そうなモノ探そうとする酔狂はいなかっただろうし。まさに未確認生物じゃん」)
(「いたから未確認生物ではないな」)
(「話通じてねえな……」)
なにやら盛り上がっているようで成り立ってはいない会話。放っておいていいかな。泥酔した酔っぱらい同士みたいになってるぞ。
今日のバイトは引っ越しの手伝いがひとつだけだから、出勤は遅めなんだよな。先に昼飯食っていこうかな。なんかあったっけかな。
補充しても補充しても満杯にならない不思議な戸棚を探る。なんでだろうね? 加護より先に損害があるんですが。
それはそれとして戸棚の奥に赤いきつね発見。賞味期限切れてるけどまあいいだろ。半年ぶりくらいだなカップ麺食うの。あんまり買わないからな。
ヤカンでお湯を沸かしていると赤いきつねの容器にかぶりつくんじゃないかというくらい接近してきたオヤシロさま。
「うおっ! なんだよ近すぎるよオヤシロさま。話盛り上がってたんじゃないの?」
「なんじゃそれ」
めっちゃ赤いきつねみてくるじゃん。朝ちゃんとあげたしお昼はなくてもいいんじゃないでしたっけ。それにこれは一個しかないですよ。
「ほらカップ麺ですよ。何十年も前からあるものだしさすがに知ってるでしょ」
「でっかいコップみたいなのは知っとるがそういうどんぶりははじめてじゃ」
そうか、なんでこれだけ残ってるのか不思議だったけど食べ物って認識なかったんですね。
「知識偏ってるなあ。こういうのもあるんですよ。えっと……食べたいんですか?」
コクコクとうなずくオヤシロさま。ちょっとで満足してくれるかなぁ。
「じゃあちょっとだけですよ。味噌汁用のお椀もってきてください、分けますので。」
大急ぎでお椀を用意するオヤシロさま。まだお湯入れたばっかりですよ。
「5分まってくださいね」
「おお……。これがあの有名なインスタントなのか」
感動してらっしゃる。ああ、カップ麺に近寄りすぎです。
「そんな大層な物じゃないです。お安いカップうどんですし」
「だってお湯入れるだけで温かいうどんが食べられるんじゃろ? それこそ山の上でも宇宙でも」
「いつも思ってるんですけど、持ってる情報すげえ偏ってません? 情報源はどこからなんですか」
でもまあお供えにカップ麺もっていく人いないから直接の情報ってあんまり得られないのか。聞きかじった知識だけだとそういう感じになるのかな?
何十年という単位でカップ麺に興味を持っていたんなら、それが食べられるとなったら感動するかもね、やっぱり。でも味がそのお眼鏡にかなうかどうかはなあ……。どうだろう。
できあがったうどんをお椀に小分けする。もちろんお揚げも少し乗せた。そうして今にも飛びつきそうなオヤシロさまに差し出す。なにやらお供えっぽくもなったので一応手も合わせておいた。
「どうぞ」
こちらが言うやいなや満面の笑みにてうどんをすするオヤシロさま。どうやらお気に召したようだ。いやよく考えたらこの神様はスナックとか大好きだもんな。
「うんまぁぁい!」
「それはなによりです」
一気に全部食べたあと余韻を楽しんでいるらしいオヤシロさま。これはこのままでいいな。
「なあ、赤いきつねって今でもあるのな。そういや武田鉄矢とかまだ生きてる?」
オヤシロさまの姿を見て雷太も食いついた。赤いきつねは確かに昔からあるらしいから知っててもおかしくないのか。でもなんで武田鉄矢なんだろう? たまにTVで見かけるめんどくさそうなおっさんだよな。
まあそれはそれとして仕事なので出勤だ。
もたもたしてるとおかわりを所望されそうなので大急ぎで残りをかき込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あー今日もつかれたー」
「おつかれさんじゃよ。おかえり」
オヤシロさまが迎えてくれた。こういうの案外悪くないな。
「めずらしくトラブルもなかったしな」
「そう毎回巻き込まれてたまるか」
よく考えたら雷太はいつも守るとかいって憑いてきてるのに、トラブルが減ってる感じはあんまりないな。変なのに遭遇する前に教えてくれるのはありがたいんだけど。
「そうじゃそうじゃ。お前の電話がぺこぺこなっておったぞ」
スマホ持って行き忘れてたんだよな。そんなに使う方じゃないから気にしてなかったけど。あ、甘葉先生からLINEの返事来てる。
10件とか雑談気分のツチノコの返事にしては多いな……?
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