不思議な写真を黙らせる
写真の中の顔はまさに怒りの形相だった。
その周りに写っている法事に参加したのであろう爺さん婆さんたちの笑顔と対極的すぎて珍妙な一枚と成り果てている。
とても不気味だし怖がるのが礼儀な気もするが、不覚にも笑ってしまった。こういうのってなんかオカルト慣れしすぎたみたいで我ながら嫌な感じだ。まあなんにせよここまで心霊写真さん怒らせちゃうと素人にはどうにもならないんじゃないだろうか。
「どうした? 俺にはよく分からないんだけど」
珍妙な笑みを浮かべる俺を見て渡るが尋ねてくる。
「やばいやばいこれ。封印しよう」
しかし封印と言っても、俺になにかできるわけでもない。たまたまテーブルの上に転がっていた発砲スチロール製の小さなクーラーボックスに写真を突っ込み蓋を閉める。
「風助ー、封印っていえば炊飯器じゃない? ご飯炊けてないなら使おうよ」
「こいつ……」
(「それは俺でも知ってるぞドラゴンボールだろ!」)
なんでテンションあがってるんだよお前まで……。
この状況にはさすがに俺も怒っていいはず。とはいえ写真をどうにかしないと落ち着かないし、先に進めないのも事実。渡に指示してガムテープでぐるぐる巻きにしたクーラーボックスをとりあえず窓から庭に放り投げた。
「よーしこれで大丈夫か。怪奇現象には対応力の高さが試されるよな!」
渡は一仕事やり終えたような顔をしている。コイツは……! いい加減怒っていいぞ俺。
「大丈夫なワケないだろ。どうすんだよこれ。あとこれ借りだぞ、忘れるなよ」
怒鳴りつけるとさすがの渡もバツが悪そうに頭を掻いている。
「こうなっちゃったら、写真を手元に取っておきたいとか言ってられないか。明日にでも坊さんの所に持ってくかな……」
「それがベストだろうな。でもそうなると明日までこのままか。それはそれで嫌だな」
「外とはいえそのままおいておくの心配だから一旦埋めちゃおうぜ」
目の届かないところに寄せるのは先送りの常套手段だ。責任を感じているーー感じていなかったら本人をどこかに埋めるがーー渡は率先して庭に穴を掘り、クーラーボックスを放り込んだ。目印代わりに木の枝も刺しておく。
完全なる先送り&現実逃避ではあるが、これで一安心ということで意見を統一させる。
「うんと……飯おごるわ。中華でも行こうか」
「遠慮はしないよ」
あえて高い物を注文しようとは思わないが、好きな物を注文してひとまず溜飲を下げることにしよう。
(「あれ放置で大丈夫か?」)
「でもずっと見てるわけにもいかないし」
雷太が少し心配しているようだが仕方ない。こっちは朝から変なことに付き合わされて腹が減っているんだ。
ランチを目指して中華料理屋に向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「たまに食うと
「頻繁に食べるものでもないけどな。そういやいつもいる殺し屋みたいな店員さん今日はいなかったな」
面倒ごとを先送りにして腹を満たした俺たちは身のない会話を交わしつつ帰宅した。遠目からは家にも庭にもなにも起きていないように見えたが果たしてどうなってることやら。
「大丈夫かな?」
先行して庭をチェックしてもらっていた雷太に尋ねる。
(「埋めたところがなんかどんよりしてるんだけど」)
「実害なさそうだったら見なかったことにしたい」
(「お前らが帰ってきてから動きが激しくなってきた気がするぞ」)
不安になってきたので窓からそっと庭を覗く。渡も異常事態に気づきなんだなんだと後を追う。
これは……。
写真を埋めたあたりの土がぐねぐねと動いている。まるでホラー映画でゾンビが土の中から這い上がってくるシーンのようだ。
「埋めたのに動いてる……?」
「なんかあの辺ゆがんでないか? 蜃気楼みたいな感じに」
パキっとなにかが割れたような音がする。その瞬間、盛り上がってきた土から黒い煙のようなものが吹き出した。
(「おー、怒ってる怒ってる。とうとう写真から出てきたか?」)
「うええ、今腹一杯だからストレスでゲロ吐きそうだよ。やめてくれよ」
煙に触れた木の枝や草が激しく揺れ動いている。まるで小さい竜巻が発生したかのようだ。
「こんなにはっきりした超常現象ってあるもんなんだね」
さすがの渡もちょっと引いているようだ。明らかに物理現象だから渡にも見えるよねこれ。
「逃げたほうがいいのかなあ。でもこっち来たら家ん中荒らされそうだな」
しかしこんなに派手なのはひさしぶりだ。俺がどうにかできるわけでもないけど、かといってこのまま放置することもできない。
黒い靄が増えるにつれ窓が震えるほどの振動が伝わってくる。これは油断すると洒落にならない気がする。
「やばい、かも」
「風助ぇ、ごめんね」
靄が人の顔を形成しはじめる。いよいよ襲いかかってくるのだろうか、少しずつ大きく、さらに近づいてきている気がする。
「どうしよう」
いよいよ覚悟を決めなきゃだめかな、そんな瞬間。
(「くだばれえええええええええええええい!」)
靄の横っ面を吹き飛ばすように、雷太の喧嘩キックが炸裂した。
形が整いつつあった煙が再び散らされる。と、同時に吹き荒れる風が少し弱くなる。
「いま一瞬見えたのが百太郎さん?」
「えっ?」
(「うおりゃあああ! てめえ人んちに乗り込んできたって事は覚悟できてるんだろうな!!」)
雷太が大ぶりのパンチで煙を殴りちらす。どういう理由かわからないがダメージを与えられているようだ。これは……イケるか!?
となりではわくわくした表情の渡がいる。どうも雷太の姿が断片的ながら見えているようだ。雷太に何かが起きているのか、それとも渡になにかおきているのか、少なくともピンチは切り抜けられそう……抜けられる?
死んでいるのに気合い十分の雷太の攻撃と、ボコボコというかチリヂリというか一方的にやられている心霊写真の悪霊。生身のバトル以上に精神的というか勢いの強い方が有利な感じなのかな。雷太すごい怒ってるし。
ヤンキーvs悪霊という謎の異種格闘は5分ほど続いたあとようやく終わりが見えてきた。煙がかなり小さくなってきているし、それに対してヤンキー側はとても元気。
(「さっきのスプレーつかえ!風助! 俺がどけたらぶちかませ。」)
渡に指示を出し大急ぎでファブリーズを用意する。
(「いまだ!」)
雷太が離脱した瞬間、ファブリーズが炸裂。激しいスプレー攻撃に、煙はますます小さく散り散りになっていく。そしてファブリーズのボトルが気持ち軽くなってきたところで、黒い靄はほぼ見えなくなった。
「終わった……?」
「終わったのか?」
渡と顔を見合わせ、確認し合う。とは言っても誰かが答えてくれるわけもない。
ぐったりと二人そろって座り込んでいると、いかにも褒めてもらいたそうな顔で雷太が近づいてくる。一瞬イラっとしたが、助けてもらった立場でもあるし、小さな声で感謝を伝える。この際ドヤ顔も許容しよう。
十分ほど脱力した後、確認にとクーラーボックスを土の中から掘り起こすと、蓋の部分が見事に割れていた。
「さすがに発泡スチロールとガムテで封印とはいかなかったな」
そして中の写真を確認すると、顔が浮かび上がっていた部分はペイントソフトで塗りつぶしたかのように白く抜かれていた。
(「この写真からは今のところなにも感じなくなったかな?」)
雷太の言葉にうなずいて返す。
「で、俺としては専門家に任せた方がいいと思うんだけどな、これ。今はおとなしくなったけど」
「本物だしもったいないけど……。そうするしかないかな」
「そういや今のいろいろお前見えてたの?」
「小さな竜巻っぽいやつだろ」
「靄とか顔みたいなのは見えてなかったのか」
「そんなの出てたのか。見たかったなあ」
見えるものと見えないものの違いがあるんだろうな、これ。
もたもたとよろけつつ家の中に戻り、崩れるようにソファーに座り込む。
「もうこういうのはやめてくれよな」
「さすがの俺でも当分こういうのはいいわ」
渡とふたりで目を閉じたままぼそぼそ呟き合う。
「あー、雷太さんや。そういや最後はなんでケンカみたいな攻撃通じてたの? 最初からやってくれればよかったのに」
(「写真そのものはなぐっても効かなかっただろうな。あれは中にいた悪霊が外に出たから殴れたんだとおもう」)
「そういや霊同士の殴り合いは前もやってたか。でもよくあそこで動けたね」
(「正直お前らピンチだったし。あと最後は気合いだな、気合い」)
実にヤンキー的思考である。
気持ちで除霊できるんだったら拝み屋は成り立たないのじゃないだろうか。それとも、信心とか言いつつ気合いで倒してるんだろうか。
渡にも姿が見えたのは気合いの充実度からだったのかね。気合いって霊的な世界では重要な要素なのかもしれない。
雷太とのやりとりを黙って聞いていた渡が口を開いた
「初めて百太郎さん見えたよ。あんな姿してたんだ」
「どういう風に見えたん?」
「昭和の映像に出てきそうなヤンキー」
うーん、だいたい合っているな。つまり本当に見えていたのだろう。
実際拳で語っていたときの雷太は、かなり生き生きしていた。死んでるのに。
「しかし助かったよな本当。明日ヤンマガ買ってきてやろう」
(「お、いいな。サンキュー」)
「百太郎さんはヤンマガ好きなんだ?」
「雷太、な。漫画好きらしいけど雷太はスマホ触れないからさ、俺は電子書籍ばっかりだから今日のお礼代わりに雑誌でも買おうかなと」
「俺も協力するわ。ジャンプとかサンデーとかここに来るとき買ってくるよ」
(「いいねいいね。さすがに俺の知ってる漫画は残ってないだろうけど」)
雷太の機嫌がすこぶる良好だ。かなりうれしいらしい。
「昔の漫画の続きとか別の雑誌でやってたりするみたいよ。まあ調べとくよ」
とりあえずはぐったりと休みたい。しかし、これから風呂に入って布団に入ってと、頭の中で行動を整理していたところでソファーに座ったまま気を失うように寝入ってしまったのだった。渡は床で撃沈していた。
(「しゃあねえなぁ」)
タオルケットを寝室から運び出し、ふたりにかける雷太。見えているものにはほほえましい光景だが、霊が見えない人にはポルターガイスト現象以外の何物でも無いホラーなシーンだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「意外とやりますね……、資格は十分にあると思って間違いないでしょう」
風介の家を観察していた何者かが囁いた。
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