奈落堕ちの再生記

ノベライカ

《 3 月 》三つの禁忌の試練

《プロローグ》圧迫面接

注意喚起:差別的発言あり


『アベスク、余計なものを見て立ち止まるなよ』


 師の注意した言葉を胸にやっと到着した。

ここは魔法戦技学園都市――テフネマゲイア。

どんな種族でも受け入れ、知恵と力を磨き合う都市らしい。

……だが、俺を見る目が「それは違う」と言っていた。


「うわっ、ダークエルフがいるぞ!」

「変なこと囁かれる前に離れようぜ……」


 それは3年前の話になる。

その奇襲戦争で俺たちは「卑劣」「愚劣」「信用ならない」の三拍子揃った存在となった。

だが、俺はその具体的な戦争内容を知らない。

ハイエルフたちが情報規制していたからだ。


(やる事は一つ、礼節をもって行動しないとな……)


 ――面接会場に到着した。

初対面の印象は重要だ。しっかりと印象づけなければならない。


 白亜の壁には古代の文様が彫られ、エルフの始祖である精霊たちの姿が神話の彫像として刻まれている。


(なんだ、この空気……あからさますぎるだろ)


 教師たちの視線が集まる。

その冷たさが純白な大理石の床と混ざり合い、氷のような空気を生み出していた。

――俺が来た場所は裁判所ではないはずだ。


「私はヴェロセルナ・マンドゥコル。今回の面接官を務めるわ」


 黄金の髪を撫でつけ、ハイエルフの女が告げる。

黒光りする高帽子は値段も高そうだ。

イヤリングの光がこちらに鋭く反射し、視線まで尖らせてくる。


「単刀直入に言うわ。奴のコネで途中入学する“鼠”なんて、私は認めない」


 机を叩く音が、言葉以上に大きく広間に響いた。

教師も生徒もハイエルフが半数を占めるこの学園だというのに。

俺への推薦は“忖度”だと、堂々と断じられる。


「一部の獣人が入学禁止にでもなったんですか?」


 とぼけた一言で、空気が凍りつく。

だが、鼠の獣人なんて許されないんだろう?

そんな訳ないと思っているが。


「いいえ。私はあくまで、勘違いした少年を否定しているだけよ」

「君の国は、女性の社会進出が遅れているようね――」

 

 この言葉には何も言い返せなかった。

俺の国では、女性の求人募集が皆無なのは事実であり、反論の余地がない。

しかし、俺の国の政治状況に何の関係があるというんだ?


「私の研究は女性の祈りが魔法にとって、最大限発揮できるものと証明したの」

「虐げられた魔女の魂を救うため、私たちは戦うわ」


 面接官は、自分こそがその象徴だとでも言わんばかりの誇らしげな態度で、胸を張った。

「ご苦労な事だ」と思いながら、目を細める。一体、誰と戦うのかはさておいて。

俺の国は一貫して魔女に寛容だったから、完全に敵候補として除外されるな。よし。


「他種族の“少女”たちの進学枠を奪ってまで、君のような少年が来るなんて」

「――非常に、遺憾だわ」


 長々と演説じみた言葉に周りもどこか苦笑気味でいる。

まぁ、癖のある奴だと思われていそうだ。

どこからかタバコの煙が漂っている。

ここのマナーはどうなっているんだ。


(“他種族”の少女? ダークエルフは入っていないのか?)


 発言の端々に、違和感がにじむ。

“少女たち”だけで充分なはずなのに“他種族”という枕詞をつける意味は――


「もし“他種族の少女”限定なら、俺が女だったら話は違ったんですかね?」

「……」


 しばしの沈黙が答えを語っていた。

どれだけ綺麗事を並べても、ダークエルフは最初から除外されている。

だが、マンドゥコルの魔法指南は女性にとって、伊達ではない噂を俺は知っていた。

彼女は魔法の力の源である神秘を引き出すことに長けているらしい。


「まあまあ。四つの試練を乗り越えればいいじゃないですか〜」

 

 緊張を破ったのは、胡散臭い笑みを浮かべた人間の男だった。

名札には【ナグル=ヴェルム】。

タバコを吸っているせいで、ソイツは俺並みに煙たがられていた。


「“力と魔法”だけじゃない。“技と行動”に余裕を回せるかしら?」


 面接官もトーンをやや落とし、ナグルに歩調を合わせる。

だが、その目は「試練で死ね」と言っていた。

その目を見るとやはり気になってしまう。


 どれだけ俺たちの国が起こした戦争は、残酷なものだったのだろう……。

皆の健康を害するナグルよりも、俺は許されない存在らしい。

おそらく、「男だから」じゃなく、「ダークエルフだから」嫌悪しているだけか。

彼女の敵は思ったより少ない方かもしれない。


「面白いじゃないですか。死に際に足掻く姿ってのも」


 ナグルも悪びれず、タバコの灰を払いながら煙を吐いた。

試練を後押ししてくれたことだけは感謝しておこう。


 その時、鶴のような美しい一声が響く。


「途中入学者は、通常よりも厳しい試練に臨むことになる」


 威厳ある声が、まっすぐ届いてくる。

目を上げると、そこには黄金の角を持つオーガの女性――【ストラ・テレイア】がいた。


「アベスク・ニュクサ。覚悟はあるか?」


 静寂が広がる。彼女が場を制した。



『礼には礼を、侮辱には皮肉を』

『仲間にも礼を、敵には皮を削いで返してやれ』



 俺はテレイアの侮蔑の無い瞳を見て、師の教えが脳裏に蘇った。



「ございます」



 たった一言でも、真摯な覚悟は伝わるはずだ。

それが、たとえ地獄行きの片道切符だったとしても。

途中入学者の死亡例は何人かいた。


 俺の決意で皆が沈黙している。

それでも、テレイアとナグルの目の光が変わった気がした。

しかし、面接官の目は変わらない。


「途中入学なんて、自殺ものよ? 今からでもやめておきなさい、“ボク”?」


 まるで子どもを諭すように、面接官が母性ぶった声を出す。

額に血管が脈打つのを感じた。これが憤怒なるものか。

その面接官様の態度に、内心は怒り狂いながらも、冷静な声で返す。


「昨年、途中入学で卒業された“ストラ・テレイア嬢”に言えるんですか?」


 一瞬、間が空いた。まるで、俺の答えが過ちだと分からせる為に。

次の瞬間には大きな笑い声が広間を満たす。


「冗談もほどほどにね?」

「奴隷上がりの君と、名門貴族の彼女を一緒にするなんて」


 面接官は乙女のように声を跳ねらせた。

俺は冷静さを崩さず話す。

この国の身分差別なんて、知った事ではない。

俺は今できることを証明しにきたんだ。


「皆と一緒に働いていただけです」


「子どものうちから働くのは奴隷なの。可哀想に」

 

 俺の言葉を、さも哀れむようにわざとらしく被せて、切り捨てる。

その表情には作り物の慈愛しか見えない。

俺は言葉を選ぶために口を固く閉じて、また開く。


「違います。学びも得られて、金も貰えるんですよ?」


 奴隷呼ばわりに俺の拳がついにわなわなと震えるが、我慢する。

握った拳が額の血管の熱よりも、燃えている。


「貴方は悪くないわ、あの戦争は大人たちが悪かったの」

「貴方たちはその悪い大人に搾取されてきたのよ」


 正義の女神気取り。だが、季節外れだ。

今は、正義の雷霆を司る男神トールドムルの季節――。

搾取されていたなら、金は渡さんだろ。

少なくとも俺の周りの大人は、お前らの仕打ちより責任感ある大人だった。


「貴方たちが助けなくても、ちゃんとここにいましたよ」


 喉奥の憎しみを押し込め、笑ってみせた。

せめて、俺の面倒を見てくれたダークエルフたちを裏切らないように。

ハイエルフは俺たち孤児を「安全な施設に入れてやった」と思い込んでいることを滑稽に思うことにした。


「君の覚悟、しかと受け取った」


 テレイアの声だけが石柱に反響して一瞬遅れて届く。

凛とした響きが、心に突き刺さった。

公平、秩序を保つ振舞、何故か竜の息吹のように熱意があると思わせた。


「最初の試練を用意する。全力を尽くせ」


 彼女が椅子を降り、こちらへと歩み寄る。

その洗練された動きは鎧に包まれた女騎士のようで、見る者の目を奪った。

俺に何か用が――まだ、あるのか?


「君の“師”が君の能力を信じている。君自身で証明しなさい」


 その一言だけでいい。

それだけで、十分だった――。


 俺は静かにテレイアに頭を下げた。

まだ、ここには俺を真に認める者はいない。

靴の音だけが静寂を破っていた。


「がんばりたまえ」


 今度はナグルが温かみのある触れ方で肩を叩いてきた。

やはり、何を考えているか分からない。

我が子を慈しむような微笑みで真っ白な歯を見せていた。

だが、白衣がタールで黄ばんでいて汚い。


「諦める訳にはいかない……!」


 俺は面接会場の春の陽光が漏れ出る出口に振り返り、一歩前に進んだ。

これが俺の強者となれる一歩だと信じて。

出口で待っていたのは、見慣れたカラスではなく、色鮮やかな鳥、その軽快な歌だった。



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