第4話 虚実
「瑠璃子、あなた今日も学校休むの…?」
父を早々に仕事に送り出すと、母は伏せ目がちに尋ねてきた。
「うん、まだ何か具合悪くて…」
瑠璃子は布団から顔を覗かせできる限り沈痛な表情をつくった。
「わかった、でもちゃんと出席考えておくのよ。」
そう、言ったきり母は深追いしてこなかった。
そのまま母も仕事に出かけてしまった。
今日で学校を休んで2週間、そろそろ列記とした不登校の仲間入りである。
母が家を出たのを部屋の窓から確認すると、瑠璃子の口角が僅かに上がる。
「キキーキッキーッ!!敵襲ありぃぃぃ!!総員構えよ!!至急配置につけぃっ!!」
大きな張りのある声でそう叫ぶと瑠璃子はベッドから飛び起き、腰を低く屈め、銃を構えるポーズをとった。
「ピュ~、ドローン!バーン!バーン!!――'ぐっ、くそっ、」
「総員、撤退!撤退っ!!」
言い終わるとピシッと背筋を伸ばし、階段を降りていく。
居間では妹が味噌汁をすすっていた。
「…うるさい。」
「…そろそろ、お母さんに言いつけるからね。」
朝、顔をあわせるなり早苗は不機嫌そうにそう言う。
「ヘイッ、ハニー今日もかわいいね☆」
「…きもい。」
瑠璃子はするりと早苗に近づくと早苗の長い、
日にやけて色素の抜けた髪を櫛で梳かし、
高くポニーテールを慣れた手つきで結い上げた。
早苗は不服を垂れつつも笑みを零していた。
「じゃあ、行ってくるからね、戸締まりだけはしといてよ。」
「臣、謹んで職務を全ういたしまする。」
そう言って瑠璃子は玄関先で早苗に口頭し、
彼女を学校まで送り出した。
人の気配の無くなった部屋瑠璃子はほくそ笑んだ。
――瑠璃子の時間が始まる。
浮足立って台所に行くと、卵粥の器と食べやすいサイズに切られたりんごがサランラップをして置かれていた。
忙しい朝、瑠璃子のためにわざわざ用意してくれたのだろう。
(…そうゆうとこ、好きよ。)
瑠璃子は密かに母の愛を噛みしめた。
卵粥とりんごをよく味わって食べたが、健康体瑠璃子にどうももの足りない。
「――よし、いつもの、やるか。」
瑠璃子が冷蔵庫を開けると、
中から雲雀が顔を覗かせた。
珍しく、超至近距離だ。琥珀色の瞳が無表情にこちらを見つめなていた。
「出たな。」
「…。」
「…。」
無言で見つめ合う。
瑠璃子は薄いパジャマのボタンを外し胸元を
はだけ、ちらりと瑠璃子の下着が露わになる。
「…うっふ~ん」
色っぽい(つもりの)声を出しながら、上目遣いを送る。
無言のまま、雲雀は姿を消した。
(勝った。)
心の中でガッツポーズを決め、冷蔵庫からバターを取り出し、
炊飯器から炊き立ての白米をよそった。
バターをめいいっぱいすくい
ふわり白米の上にのせる。そこに、ちょいっと醤油を一垂らし。
ラジオからは朝のジャズが流れている。
瑠璃子はバターご飯を口いっぱいに頬張った。
バターの清涼な香り冷たさの残る感触。
バターが口の中で醤油と合わさり広がっていく。
(この生活にも慣れてきた。)
不意に顔をあげると向かい側に雲雀がいた。
テーブルから顔だけ突き出しており、さながら生首だ。
その距離約一メートル、――いつもの領域だ。
通常、雲雀はどんなに近づいてきても1メートルほど瑠璃子と距離を保つ。
しかし、今日の冷蔵庫の時のように極たまに鼻先が触れそうなくらい接近してくる時もある。
そのときは、心臓が飛び上がるほどぎょっとさせられるのだ。
「なに、あんた食べたいの?」
にんまりと笑い箸を突き出す。
「ほら、あ~ん」
手は雲雀を突き抜けた。
瑠璃子はケラケラ笑いながら、その箸をそのまま口に運んだ。
――こいつ(雲雀)には、法則がある。
瑠璃子はそれを理解しつつあった。
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