婚約破棄され全てを失った悪役令嬢ですが、辺境でスープ屋を開いたら経済学で無双し、王国一の巨大チェーンを作り上げてしまいました。~今更、元婚約者や国が泣きついてきても知りません~
藤宮かすみ
第1話「没落と追放」
「ミレーヌ・カルバート! 貴様との婚約は、本日をもって破棄させてもらう!」
金糸銀糸で彩られた豪奢な謁見の間。響き渡ったのは、つい先刻まで私の婚約者であったはずの男、リシャール第二王子の甲高い声だった。彼の隣には、新たな婚約者であろうセレスティーナ・フォン・ヴァイス嬢が、勝ち誇ったような笑みを浮かべて寄り添っている。
数時間前、父であるカルバート辺境伯が国政を痛烈に批判したとして、国王陛下の逆鱗に触れた。全ての爵位と領地は剥奪。一族は平民に落とされ、王都からの永久追放を言い渡された。権力の頂から奈落の底へ。まさに、一瞬の出来事だった。
「理由は聞くまでもありませんわね、リシャール殿下。我がカルバート家が後ろ盾としての価値を失ったから。ただそれだけのことでしょう?」
私は背筋を伸ばし、努めて冷静に言い返した。ここで涙を見せれば、彼らの思う壺だ。かつて『氷の薔薇』と揶揄されたプライドが、かろうじて私を支えていた。
「ふん、分かりきったことを。罪人の娘など、我が妃にはふさわしくない」
「まあ、リシャール様。ミレーヌ様もお可哀想に。これからは身の程をわきまえて、慎ましく生きていかなければなりませんものね」
セレスティーナが扇で口元を隠しながら、偽りの同情を口にする。その瞳の奥に燃える愉悦の色を、私が見逃すはずもなかった。彼女が父の失脚に一枚噛んでいることは明らかだった。
私に残されたのは、母の形見である質素なペンダントと、着の身着のままのドレスだけ。衛兵に両腕を掴まれ、引きずられるように王宮を後にした。かつて令嬢として傅かれていた者たちが、今は侮蔑の視線を向けてくる。栄華とは、これほどまでにもろく、儚いものだったのか。
王都を追われ、宛もなく乗り合い馬車に揺られること数週間。私が辿り着いたのは、王国の最果て、辺境都市ガルダリオンだった。父の旧領からは遠く、王都の華やかさなど微塵も感じられない、埃っぽく活気のない街。貴族の支配が今なお色濃く残り、人々は痩せ、その瞳からは光が失われているように見えた。
宿屋の固いベッドの上で、私はこれまでの人生を思った。贅沢なドレス、美食の数々、何不自由ない暮らし。それら全てが、今は遠い夢のようだ。悔しさと絶望で、涙が止めどなく溢れた。
しかし、一晩泣き明かした私の瞳に、朝陽が差し込んだ時、ふと決意が芽生えた。
――このまま終わるものですか。
父は、民を想うあまりに国政を批判した。その誇りを、娘である私が汚すわけにはいかない。私を嘲笑ったリシャールやセレスティーナに、見ていなさい。必ず、この手で再起してみせる。
幸い、私には武器がある。幼い頃、病弱だった母が「これさえあれば、どこででも生きていけるから」と、手ずから教えてくれた料理の知識。特に、カルバート家に代々伝わる滋味深いスープのレシピは、私の宝物だ。
「食は、人を笑顔にする。そして、生きる力になる」
母の言葉が蘇る。
そうだ。この寂れた街で、私は食を武器に戦おう。ミレーヌ・カルバートの新たな人生は、この辺境の地から始まるのだ。
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