ずっとキレイだった月: 2
仁木君と再会して数日後、私はある星の存在を知った。それは情報の授業中のことだった。
「カナやばいって、ばれたら怒られるよ!」
微塵もそう思っていなさそうなこの台詞も、何度聞いたことか。情報の授業中、カナはいつも関係のないネットサーフィンをしていた。それを注意する取り巻きも、ごめ~んと謝るカナも、まったく悪いとは思っていなさそうだった。むしろそれをかっこいいと思っているかのように、大きな声でそんなやり取りを繰り返しては、周りの気を引こうとしていた気がする。
つくづく、何でそんなことができるのか疑問だった。絶対に間違っていることをやっているのに、なんで彼女らは堂々としているんだろう。そしてその行為を、クラスメイトの誰からも指摘されたりしないんだろう。
そして考えた答えはいつも同じだった。カナたちはクラスの中心だから許されているんだ。誰も何も言えないんだ。それで納得できたわけじゃないけど、納得できないことは深く考えずにいたほうが楽に生きれることを私は知っていた。
私は普段まじめに授業を聞いていたが、その日は魔が差したのかカナたちと同じようにネットサーフィンをしていた。といってもべつにカナのようにくだらないことはしていなかった。宇宙について調べ物をしていたのだ。
仁木君と会ってから、私は徐々に宇宙に興味を持つようになっていった。さすがに地学部に入りはしなかったが、それでもこうして検索するくらいにははまっていた。
天体に関するサイトを見ていると、ある記事が目に入った。
【ひとりぼっちの元惑星、134340】
はっとした。『ひとりぼっちの惑星』というフレーズが何故か心の中にすっぽりおさまって、気がつけばリンクをクリックしていた。
記事のすぐ下に、溶けかけのコーヒーアイスのような色と質感の惑星の写真が大きく載っていた。
「おーい根木、授業に関係ないサイト開くなー」
心ない教師のその言葉に、スクロールしかけていた手を止める。教師のパソコンから生徒の画面を確認できるということをすっかり忘れていた。クラス中で笑いが起きて、中でもカナたちは「さっすが歌舞伎ネキ!」と盛り上がっていた。
笑いが静まったあとも私はしばらくいたたまれずに顔を真っ赤にして俯きながら授業を受けた。
家に帰って再度その記事を見てみると、134340というのは冥王星のことだとわかった。太陽系をまわっていたもののだんだんと軌道がずれていき、2006年に小惑星に分類されたときの小惑星番号が134340らしい。記事を見終えた私の胸には、感じたことのないような高揚感があった。
やっぱりこの星と私は似ていた。元々は『惑星』という特別な立場にありながらひとりポツンと太陽系から外れてしまったなんて、ほとんど私のようなものじゃないか。
その日はずっと高揚感がおさまらなかった。カナ達に笑われたこともすっかり忘れて、今まで感じたことのない不思議な気持ちに包まれていた。ただ宇宙に私と同じような立場にある星があるというだけで心が太陽のように暖かく感じた。そして何より、この星を知るきっかけになってくれた仁木君に感謝していた。
また彼に会えたりしないだろうか。寝る直前、ベッドの中でふとそんなことを考えていた。彼の家は通学路中にあるし、これからも何度か会えるだろうと思うと少し頬が緩んだ。仁木君とまた話したい。人と話していて心から楽しいと思えたのは久しぶりだった。
布団を頭からかぶる。中には宇宙が広がっていた。
仁木君が引っ越すということを知ったのは、それからさらに数日後の今日のことだった。
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