死の達人と、変わり始める未来
二十回目の挑戦。俺は森の主となっていた。
どこにどんな魔物がいて、どこにどんな罠があり、どこにどんな薬草が生えているか、すべて頭に入っている。俺の的確すぎる指示に、騎士団は無傷で魔族の幹部――牛頭の魔人ミノタウロス――の根城までたどり着いた。残りの命は980回。たった一体の幹部のために、19回も命を消費してしまった。
「お前ら、全員右に避けろ! 初手は突進からのアックス振り下ろしだ!」
「アリア王女! 十秒後、ヤツが岩を投げる! その隙に右膝をファイアボールで!」
過去十九回の死で得た知識で、俺は完璧に戦場を支配した。
騎士団とアリア王女は、俺の「予言」通りに動くことで、初めてミノタウロスを打ち破った。
祝宴の後、バルコニーでアリア王女に真相を打ち明けた。
「ゴブリンに殺され、罠にかかり、スライムに溶かされ……合計十九回。俺はあの森で死にました。だから、全部知ってたんですよ」
絶句する王女に、俺は笑って言った。
「何度死んでも、やり直せる。それは、絶対に負けないってことだ。俺は、この世界で最強の勇者かもしれませんよ。何せ、死ぬのが一番得意なんですから。まあ、回数制限付きですけどね」
アリアは呆れたように、そして、花が咲くように笑った。
役立たずのハズレスキルは、最高の切り札だった。そう、確信した瞬間だった。
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ミノタウロス討伐の功績で、俺は英雄扱いされた。
王様からの褒美も、騎士団からの尊敬も、アリアの少しだけ柔らかくなった態度も、すべてが心地よかった。
(ああ、やっと報われた……)
始めは無能扱いされ、何度も何度も死ぬ苦しみを味わって、これまで良い事なんて何もなかった。
ようやく周りから認められて、良い気分だった。浮かれた俺は、王都への凱旋パレードの馬車の上で、民衆に手を振っていた。
その時だった。
空が、一瞬で夜になったかのように暗転した。
「――喜ぶのは早いぞ、人間ども」
凍てつくような声と共に、漆黒の翼を持つ魔人が、パレードのど真ん中に舞い降りた。
魔王軍四天王の一人、"夜啼鳥"のヴァルフォス。ミノタウロスなど比較にならない、絶望的なプレッシャー。
「貴様が勇者か。脆弱、脆弱、脆弱!」
ヴァルフォスが指を鳴らすと、俺の隣にいた騎士団長が、悲鳴を上げる間もなく影に飲み込まれて消えた。アリアの魔法も、兵士たちの剣も、彼には届かない。
俺は、ただ震えることしかできなかった。
そして、心臓を影の槍で貫かれ、二十回目の死を迎えた。
(セーブポイント、更新されてるよな……? ミノタウロス倒したとこからだよな……!?)
そんな淡い期待は、無慈悲に打ち砕かれた。
「――この方が、我々の世界を救ってくださる勇者様か!」
目の前には、見飽きた玉座の間。
俺のセーブポイントは、更新されていなかった。
ミノタウロス討伐も、英雄になったひとときも、すべてが水の泡。
俺は、膝から崩れ落ちた。ウィンドウには【残り: 978】の冷たい文字。
「う、うわあああああああああああ!」
俺の絶叫に、玉座の間が静まり返る。
やり直しになったことだけじゃない。これから先も死ぬたびに膨大な時間をやり直さなければいけない。気が狂いそうになる。もう嫌だ。
だが、ふと顔を上げると、心配そうに俺を見つめるアリアの顔があった。
そうだ、まだだ。まだ、終わってない。
俺は、誰よりも未来を知っている。
その夜、俺は再びアリアをバルコニーに呼び出した。
「アリア王女。また、おかしな話をしに来ました」
俺は努めて落ち着いた声で言った。
「……ええ、聞きましょう」
彼女は警戒しながらも、話を聞く姿勢を見せる。
「あなたの王家に伝わる『真実の瞳』。その力について、俺は知っています」
俺の言葉に、アリアは目を見開いた。
「な……ぜ、その力のことを……」
「あなたは瞳は魂を見通し、相手の心を知ることができる。それも、俺が『未来』を知っている証拠です。その瞳で、今の俺の魂はどう見えますか? ただの役立たずのスキルを持った、凡人に見えますか?」
アリアは戸惑いながらも、俺の魂をじっと見つめる。
「……あなたの魂の色は、とても一人の人間が一生で経験するはずのない、幾重にも塗り重ねられた絶望の色をしています。まるで、擦り切れるほど古い年代物のタペストリーのように……」
「そうでしょう。俺は、何度も死んできた。だから、これから起こることも知っている」
「ですが……」
「それだけでは証拠が足りない、と? なら、これを予言しましょう」
俺はアリアに一歩近づき、声を潜めた。
「あなたは今夜、侍女の目を盗んで、王宮の地下書庫へ行く。目的は、古代魔法『クロノ・シフト』の文献。だが、注意してください。普通に読めば、文献に仕掛けられた呪いが発動し、あなたは三日間、眠り続けることになる。それを回避する方法はただ一つ。文献の3ページ目に書かれた起動印を、指で触れずに読むことです」
アリアの顔から、血の気が引いていく。彼女が今まさに計画していたこと、その行き着く先までを、俺が完璧に言い当てたからだ。
「……信じられない。あなたは、本当に……」
「そう。俺は、死んで未来から戻ってきた。そして、あなたに信じてもらうために、この話をした。さあ、どうしますか? 俺の『相棒』になってくれますか?」
アリアはしばらく黙り込んだ後、覚悟を決めたように顔を上げた。
「……わかりました。あなたの言うこと、信じます。いいえ、信じるしかない。ユウキ、私はあなたの『相棒』になる。この世界の誰一人知ることのない、あなたの戦いの、唯一の理解者として」
こうして俺は、ループしても揺らぐことのない、確かな信頼関係をアリアと結んだ。
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二十一回目の人生。俺は変わった。
まず、単独で『迷いの森』へ向かい、三時間でミノタウロスを討伐した。罠も魔物の位置も完璧に把握している俺にとって、騎士団はもはや足手まといだった。
王宮に戻った俺は、王と大臣たちを前に、魔王軍四天王ヴァルフォスの奇襲を「神託」として予言した。
当然、誰も信じない。だが、俺の予言通りに王都上空が闇に包まれ、ヴァルフォスが現れた時、彼らの顔は驚愕に染まった。
今回は対策済みだ。俺の指示で、王宮魔導士たちが張った対闇属性結界が、ヴァルフォスの力を削ぐ。
「なぜだ……なぜ我の奇襲が読めた!?」
「未来が見えるんですよ、なんとなく」
だが、それでも四天王は強い。ヴァルフォスを倒すのに、俺はさらに80回死んだ。残りは900を切った。
次の"溶岩巨人"のマグナスには200回。残りは700。
"幻惑妖姫"のロゼリアはさらに厄介で、300回殺された。
四天王を全て倒した時、俺の残りの命は、400を切っていた。
死の回数が増えるたび、俺の心は摩耗したが、アリアだけは「おかえりなさい、ユウキ」と、いつも俺を迎えてくれた。それが、唯一の救いだった。
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