第52話 唇が語ったこと

「よ、夜翔……なんで…来たの……?」

「………」


答えてくれないのかな……と、ちょっと悲しくなり視線を下に向けた。


「……今日、一日中。……正直、岬といるお前見て、めちゃくちゃイラついた」

「!」


まさか、言ってくれるとは思わなくて、思わず呼吸を忘れた。


「でも……一番イラついたのは、自分にだった。何も言わずに、お前が誰かに取られていくのを、見てるだけだったから……」


いつもと違う口調と内容に心臓が跳ねた音が、自分にも聞こえた気がして、言葉を飲み込む。


「……それで、岬が、Nocfang《ノルトファング》を休んで、……なんか、変な胸騒ぎして……ずっと探してた」

「そんなの……わたし、何も言ってないのに……」

「わかるよ。……沙音のこと、見てたら、なんとなく、わかる」


夜翔の声は、いつものようにそっけなくて、でもどこか震えていた。


「……でも、ちゃんと聞かないと、もう、お前のこと、見失いそうだった」


心臓が、ぎゅっと締め付けられる。


「……沙音。好きだよ。……俺、ずっと、言えなかったけど……」


私の名前を呼ぶその声に、確かな熱がこもっていた。


一瞬、世界が止まった気がした。

風の音すら聞こえない。


彼の言葉が、まっすぐに胸に届いた。


「……っ」


なにかを返そうとしたその時。


「──もう、いい」


夜翔がそう言うと、ぐいっと私の手を引いた。


次の瞬間、彼の腕の中にいた。


「え……」


耳元で、彼の低い声が落ちる。


「……ごめん。でも、もう我慢できない」


そう言って、夜翔は私の頬に触れ、ゆっくりと顔を近づけた。


(……っ!)


心臓の音がうるさいほど響く中、彼の唇が、そっと重なる。

柔らかくて、でも確かに伝わってくる想いに、全身が熱くなる。


長くも、短くもない、そのキスのあと。


夜翔は、ほんの少し離れて、私をじっと見た。


「……これでも、まだ何も感じてないって言うなら、……諦める」


私は、言葉が出せずにいた。


でも──


体は、嘘をつかなかった。


私は、彼のシャツの裾をぎゅっと掴んで、目を伏せた。


「……感じないわけ、ないじゃん。私も……好きだった」


その言葉がやっと出たとき、夜翔はふっと息を吐いて、私をもう一度、強く抱きしめた。

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