リリス王女、独占欲の果てに──

夜の城は、静寂の中に熱を孕んでいた。


石造りの廊下を歩くたび、足音が天井に反響し、薄闇を揺らす。

そんな空間に、リリス王女は立っていた。窓のない私室の中央、一本の蝋燭の火を背に、赤い瞳が妖しく光る。


「遅かったわね。……他の女と遊んでいた?」


問いかけは柔らかく、しかしどこか冷たい。

主人公は息を呑んだ。最近のリリスは、どこかおかしい。いや、以前から異常なまでの執着はあった。だが、それが今は——明確な支配欲に変わりつつある。


「……いいえ。誰とも会っていません」


言い訳じみた否定に、リリスはくすりと笑った。


「だったら、証明して?」


指を鳴らすと、部屋の奥から鎖と革紐が吊るされた“拘束具”が音を立てて降りてきた。ベッドではない。これは――調教台。まるで見世物のように、縛られ、晒されるためのもの。


「立って。そこに手をついて。さあ……私に見せて」


命令は甘く優しい。だがその裏には、ぞっとするほどの支配の意志が潜んでいた。彼は逆らえなかった。いや、逆らいたくなかったのかもしれない。


衣服を剥がれ、両腕を拘束される。首元には赤いチョーカーが嵌められ、息苦しさと共に、リリスの気配が覆いかぶさってくる。


「ふふ……この傷、誰につけられたのかしら。これは? この微かな香りは?」


言いながら、リリスの指が首筋、胸元、腹、そして下腹部へと滑っていく。ひとつひとつ確認するように、まるで“他の痕跡”を探しているかのように。


「私以外の女に……触れられたのね?」


息を詰める彼に、リリスは笑う。だがその笑みは壊れかけていた。


「他の女に触れた手で、私に触れないで。けがれるから」


彼女はいつの間にか、手に小さな魔導具を持っていた。細い針のようなそれは、肌に触れるだけで、快楽と苦痛を同時に与える拷問具。だが――


「安心して。これは罰じゃない。愛の証明よ」


甘く囁いて、リリスはその針を彼の太腿に当てた。震えた肉体に、じんわりと熱が走る。だが痛みではなかった。ただ、いやらしく、熱を呼ぶ疼き。


「私が全部、消してあげる。他の女の匂いも、記憶も、痕跡も」


彼の身体を舐めるように指が這い、唇が重ねられる。肌を、骨を、魂を、全て支配しようとする女の行為。


やがてリリスは彼の耳元に囁いた。


「今夜、あなたは誰にも渡さない」


その声は、甘美な呪いだった。



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 リリスは、彼の唇にそっと触れると、次の瞬間にはその指を舐めるように口元へ運び、蕩けるような吐息を漏らした。


「やっと、やっと私だけのものに……なったのね……」


 その声は甘美な蜜のように、とろけるほどに濃密でありながら、どこか壊れた音色を孕んでいた。背筋にぞわりと走るような、危うさを帯びた甘さ。


 彼の衣服を一枚ずつ丁寧に脱がせながら、リリスは慈しむように、しかし執着のこもった眼差しで彼の身体を見つめた。まるで宝物を扱うように、そして獲物を逃がすまいとする猛獣のように。


「他の女に……触れさせない。見せない。笑わないで……私だけを見て……お願い……」


 その声は懇願のようでいて、どこか命令のような硬さも含んでいる。自分の世界に彼を閉じ込める──いや、封印するような決意すら宿していた。


 リリスはそっと彼の胸に頬を当てた。心音を感じ、“生きた彼”がそこに存在していることを確かめながら、ぽつりと呟く。


「……殺してしまいたいほど、愛してるの……」


 その一言に、彼は僅かに身体を強張らせた。だが、次の瞬間にはリリスの唇が彼の喉元を撫で、甘く、しかし深い接吻がすべてを溶かしていった。


 部屋の空気は徐々に濃密に、淫靡に染まり始める。


 リリスは彼の両手を自らのリボンで縛り上げると、それをまるで“聖なる儀式”であるかのように受け止め、微笑んだ。


「あなたは私のもの。もう逃げられないのよ……ねえ、覚悟して?」


 その瞳は夢見るように潤んでいたが、奥底には深い狂気の影が潜んでいた。


 彼女はまるで祈るように体を重ねる。


 しかしその愛撫には、もはや優しさという仮面はなかった。触れる指先は、愛を確かめるためのものではなく、所有を刻み込むための刃にも似ていた。時折、荒々しく力を込めて、彼の肌に紅い痕を刻みつけていく。


「痛い……? でも、あなたが他の女に触れたと思うと……我慢できないの……私以外を見たなんて……ねえ、忘れさせてあげる。全部、私が消してあげる……」


 その言葉に、リリスの呼吸は乱れ、瞳の奥の理性がさらに溶けていくのがわかった。


 涙とも笑みともつかない表情で彼を見下ろしながら、リリスは何度もその身体に口づけを落とす。身体を通して、自分だけの証を刻み込むように、何もかもを塗りつぶしていくように──。


 夜は、果てることなく続いた。


 そして夜明け前、リリスは眠る彼の額にそっと口づけた。


「壊れてもいい。壊しても、いい……だって、もうあなたしかいらないの。ねえ、また“彼女たち”が来たら、どうしよう……?」


 その問いかけに答える者は、誰もいない。


 リリスはゆっくりと立ち上がると、枕元にひときわ美しい短剣を置いた。銀色の刃が、朝日を受けて妖しく光を弾いた。


「大丈夫。次は、ちゃんと……消してあげるから──」


 その呟きとともに、彼女の微笑みは、狂気の華が夜の底に咲き誇るように、静かに、そしてあまりにも美しく歪んでいた。

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