第6話 暖かなラヴェンダー家とアチアチなリリスの野望

 台所には、優しい湯気と卵の香りが漂っていた。


「オムレツは……とろとろで、包むように仕上げれば」


 言いながら、リナの目がどこか遠くを見つめているように細められた。


(あれ……もしかして、リナも……?)


「お嬢様、少々お待ちください。心を込めて、作ります」


 リリスはその姿を見つめながら、ほっと息をついた。

ありがたい事にこの世界の一般的な卵は私が知ってる鶏卵の1.5倍ぐらいのサイズで家族に卵料理を振る舞うには十分なサイズだった。


 やがて、食卓に並んだのは——

 ふるふると揺れる茶碗蒸し風スープと、表面はふわりと焼けた半熟のオムレツ。


 クラウスは皿の縁に目を落としながら、「これは……本当に卵なのか?」とつぶやいた。

 その問いに、リナが控えめに微笑みながら答える。


「はい、お嬢様のご希望で調理いたしました。風味を引き立てるために、干し魚やハーブで出汁を取りました」


 リシアはスプーンをそっとスープに沈め、一口含むと目を見開いた。

「……やさしい味ね。身体にしみるわ」


「とろとろであったかい……おいしい!」

 ルーファスは頬を染めながら、嬉しそうにスプーンを動かした。


 テーブルの端では、使用人たち——アイシャ、リナ、エリー、メイベル、そしてルーファスの付き人ライナス——が静かにその様子を見守っていた。

 今回の卵は三つだけ。家族に優先して出されたため、皆で一緒に食べることは叶わなかった。


 それでも、家族が笑顔を取り戻す様子に、彼女たちもまた微笑んだ。


「ふふ……お嬢様、とても幸せそうですね」

 アイシャがそっと呟くと、リナがそれに応じた。

「うん。……でも、次は皆で食べたいわね」


 その言葉に、リリスはピクリと反応した。


(そうだよ……私は、みんなと一緒に、もっとたくさんの卵料理を食べたい)


 前世——榊原梨沙として生きていたとき、数少ない贅沢の一つが、休日に近所のカフェで食べるエッグベネディクトだった。

 カリッと焼いたパンの上に、半熟のポーチドエッグ。とろりと黄身が溶け出すその瞬間。

 香ばしいハム、濃厚なオランデーズソースの香り——すべてが彼女にとっての“ごほうび”だった。


(あの味を、今度はこの使用人も含めた私の家族たちと一緒に食べたい)


 リリスは改めて、家族の笑顔をひとりひとり見つめる。


 そして思い出す。節約しながらも、時折自炊で試した卵料理の数々——

 オムレツ、スクランブルエッグ、親子丼、フレンチトースト……どれも簡単で栄養があって、心が満たされた。


(卵はね、栄養のかたまりなんだよ。タンパク質もビタミンも入ってて、子どもの成長にも大人の健康にも効く。前世でだって、卵でなんとか生き延びた時期があったんだから)


 ルーファスの笑顔が脳裏によぎる。

(この子が元気に育つためにも、そして子爵を継いだときに苦労をさせないためにも、私は……もっと卵を買えるように稼がなくちゃ)


 リリスは、決意をこめて手を握りしめた。


「お父様、お母様、ねえ聞いて。私、これからもっと商売を頑張って……絶対に、みんなで好きなだけ卵料理を食べられるようにするから!」


 突然の宣言に、クラウスもリシアも目を丸くしたが、やがて優しい笑みを浮かべた。


「……頼もしい限りだな」

「ええ、きっとあなたならできるわ」


 使用人たちも、それぞれに静かに頷いた。


 こうして、ラヴェンダー家の食卓に久々の笑顔が戻った。

 それは小さな卵料理がもたらした、ささやかな幸福——そして、リリスの大きな決意のはじまりだった。

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