第27話 風誘いの小径


 テイマー養成所というものがあることを、僕は初めて知った。


「俺とマコとシージは、そこの同期だったんだ。シージのやつはいつも座学でトップでさ、いけすかねえやつだったんだけど、なんとなく仲良くなっちまったんだよな」


 よく考えてみれば、僕以外のテイマーの人は10歳の時に制魔の加護を得ているのだ。

 なのに、Fランクの新米テイマーで僕よりも歳が下の人は見たことがない。

 ということは、加護を得てからテイマーになるまでの数年間、どこかで時を過ごしていることになる。

 それが、各地にあるテイマー養成所ということらしい。


「なんとなくじゃないよぉ。タバレ君が怒って、シージ君に喧嘩売ったんでしょ~? まだモンスターももらってなかったから素手でボコボコしてぇ……」

「あいつが上から目線で聞いてもないアドバイスしてくるからだろ? あの悪癖は結局直んなかったなー」

「ははは……」


 僕は曖昧に愛想笑いをした。

 同じ理由でノエルやメルカが怒っていたことを思い出したのだ。

 タバレさんは隣を歩く僕を見て、


「それも君にこっぴどくやられたことで多少は懲りたみたいだけどな。まあ、人間の性根ってのはそう簡単に変わらないもんだが」

「今、シージさんはどうしてるんですか?」

「次の昇級大会で受かるためにモンスターの育成をし直してる。あいつ、知識に振り回されるところがあってさ。どっかで聞いた話を真に受けて、ゼロからパーティー作り直してんだよ」

「ええ!? 前のパーティーも十分強かったのに……」

「君が相手じゃなかったらね~♪」


 マコさんにからかうように言われて、僕はただ恐縮することしかできなかった。

 テイマー養成所での昔話を聞きながら森を歩き、なんとなく空気が変わったのを感じた。

 ちょうどその時、マコさんが僕の顔を覗き込みながら言う。


「シオン君。Eランクエリアは初めて?」

「はい。いろいろあってタイミングを逃しちゃって……」

「じゃあわたしたちがちょっとだけ先輩だね」

「そうだな」


 タバレさんが微笑んで言った。


「ようこそ――ここから先が〈風誘いの小径こみち〉だぜ」


 森が途切れて、緑の海が広がった。

 いや、海のように見えたそれは、風によって波打つ草地だった。


 崩れかけた岸壁に囲まれた窪地だ。

 蛇のように曲がりくねった壁に挟まれた草地が奥へ奥へと伸びていて、まるで人がニーズヘッグ通りを歩くように、風が賑やかに吹き抜けていく。

 それを受けて波のような文様を描くのは、足元に群生するすねくらいまでの長さの草である。

 その草が太陽の光を反射して銀色に光り輝き、その光が風になびいて波を描き、その波が走り抜ける風のありかを教えてくれるのだ。


 左右の岸壁には、ところどころ穴が開いていた。

 そこからは、ピューッという笛のような音が鳴り響いている。

 どこまで続いているかわからないけれど、それは自然の音にしてはあまりにも整っていて、思わず近づいて覗き込みたくなるような吸引力があった。


「わあ……」


 僕は左右を見渡しながら銀草の中を一歩、二歩と歩き、


「全然違う雰囲気……でも、モンスターはいませんね……」


 岸壁と岸壁の間は、多分30メートルくらいはあるかな。

 小径という割には広々としていて視界も開けているけど、モンスターの姿は見当たらない。


「ここのモンスターは草の中や風穴の中、それに霧の中なんかに隠れてるんだ。中には好んで不意打ちしてくるようなやつもいる。気をつけろ」


 タバレさんが僕の前に出ながら言った。

 そういえば、ミストオロチも元々はここに生息しているモンスターなんだ。気を引き締めないと。


「まあ、この辺りは入り口だからな。先に来た連中がもう狩り尽くしたのかもしれない。奥に進もうぜ」

「はい!」






「しっ! ……ここ注意」


 タバレさんがそう言って立ち止まり、僕とマコさんも口をつぐんで息を潜めた。

 その直後、タバレさんが連れている樹木で形成された犬――〈ルーベル〉というトレント種のモンスターが、首の下にぶら下げている風鈴のような形の花から、リーン、リーンと高い音を鳴らし始めた。警戒を促しているのだ。


 タバレさんは腰をかがめながら、前方の草の中を指差す。


「耳をすませ。音が聞こえないか?」


 言われた通り耳を澄ますと、確かにそっちの方向からかすかに草をかき分ける音が聞こえてくる。

 それは慎重な足取りではあるが、確実にこっちに近づいてきているように感じられた。


「数が多い。身体も小さくない。……きっと〈リーヴァウルフ〉だ」

「種類までわかるんですか?」

「タバレ君はモンスターの気配に敏感なの。耳や肌が弱いのかしら?」

「変な言い方はやめろ! ……足音が早くなった。戦闘準備!」


 その姿が僕の目にもはっきりと映る。

 草地に溶け込むような草の外套を背中に羽織った狼――草原の狩人・リーヴァウルフ!

 パッと見で5匹はいる。

 群れが統率された動きで草地をかき分けながら走り、僕たちに襲いかかる準備を整えていた。


「シオンは初めてだろ。とりあえず見学のつもりで下がってな。マコ!」

「はいはい~」


 タバレさんもマコさんも、僕を守るように自分の相棒を前に出した。

 だけど、僕の相棒はそれよりも早く、草地のただ中をするすると走っていた。


「ゼル!」


 Eランクエリアでの戦闘はこれが初めて。

 だからこそ、今の僕たちがどこまでやれるか――!


「薙ぎ払え! 《水尾斬》!」


 草地の中から水の尻尾が伸び上がり、槍のように変形して鋭く横薙ぎに振るわれた。

 草の先端が一斉に宙に舞う。

 直後、一瞬遅れてリーヴァウルフたちが走りながら倒れ、草の上を滑っていった。


 タバレさんたちが丸くした目で、倒れたリーヴァウルフを追う。

 その首元にはことごとく深々とした斬撃の跡が刻みつけられていて、ほどなくして狼たちは魔力に戻って散っていった。

 後には、水尾斬による扇状の斬撃痕が残るだけ。


「……い……」

「……一撃で……」


 ゼルが草地の中から戻ってきて、僕の肩の上に乗る。

 その頭を軽く撫でてやりながら、僕はうっすらとはにかんだ。

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