第20話 溶竜VS不死鳥 - Part2
ゼルが放った水流が飛沫となって弾け、闘技場に雨となって降り注ぐ。
稲妻模様の翼を持つライフラップは高いところを飛んでいたのもあって、さすがに取り逃がした。
だけど、バフ役のガストビークと、ファラヒナと呼ばれていた小鳥型モンスターは確実に捉えた。
この大会のレベルだと、あの一撃を受けて無事でいられるモンスターはおそらくいない。
残るは1匹……!
「……なるほど、そういうトリックね……」
降り注ぐ水しぶきの向こう側から、声がした。
ウィステリアが全身に雫を浴びながら、かすかに敵意を込めた無表情で僕を見つめている。
「確かにテイマーの指示とモンスターの行動を一致させる必要はない……。モンスターを行動させるのはあくまで加護の力。口頭による指示はその媒介でしかないのだから……」
モンスターに対する指示以外で初めて聞く、ウィステリアの声。
それは僕がこの街に来てから――ノエルと二人でいる時ですら徹底してきた、とある仕掛けを看破するものだった。
「今の技、《ウォルルード》じゃないわね?」
僕は驚くと共に少しだけ笑う。
その通り。
実はゼルは、《ウォルタ》も《ウォルルード》も使えない。
「モンスターの技には大きく2通りがある……。魔力を使って放つ魔法スキル――そして、自分の肉体を使って繰り出す体技スキル。おかしいと思った……魔法攻撃力の低いチドラのメインウェポンが、水魔法だなんて……」
ただ、僕がそう口にしていただけだ。
僕が『ウォルタ』と指示した時に、《それ》を繰り出すようにゼルに教え込んでいただけにしかない。
「そのドラゴンが今放ったのは、魔法スキルのウォルルードじゃない……。何らかの体技スキル――だからマギシルドが効かなかった。そして、それはもう一つの事実を示す」
ウィステリアはほっそりとした指を伸ばし、ゼルの姿を指さした。
「それは、チドラじゃない」
この街で初めて、彼女はそれを指摘した。
「ドラゴンの姿をした液体状の生物――あの水流が肉体判定になっているのがその証拠」
そして、と彼女は続けた。
「それでありながら、ドレイク種でパーティーを固めなければ効果を発揮しないはずの〈竜神の祝福〉が発動している……。つまりそれは、液体生物――スライムでありながら、ドラゴンでもあるということ」
視界の端でノエルがガタッと立ち上がったのが見えた。
観客席に座る少ないお客さんたちがざわつき始めたのが聞こえた。
「――
観客席のメルカが、ここまで聞こえる声で叫ぶ。
「スライムドラゴンっ!? スライムの柔らかさとドラゴンの硬い鱗を合わせ持つという!?」
「二重種なんて初めて見た……! ただのチドラじゃないとは思ってたけど……!」
メルカとノエルに続いて、数少ない観客たちもざわざわと話し始める。
「二重種って、確か100万匹に1匹っていう超希少種じゃなかったか……?」
「スライムドラゴンってあれだろ? スライムみたいに物理攻撃を無効化しながら、ドラゴンみたいな怪力を振り回す伝説の最強種……!」
「小説くらいでしか聞いたことねえ! 実在したのかよ!?」
最初、ジャスミンさんに口止めしたのはこのことだった。
ゼルは僕が普通に出会ってテイムしたモンスターじゃない。
僕がその目で、生まれるのを目にしたモンスター。
……あるいは、僕が生み出したと言ってもいいかもしれない。
だから僕はテイムをしたことがなかったし、そのやり方も知らなかった。
ノエルは疑問に思わなかったみたいだけど、ゼルをテイムしてるはずなのに、テイムのやり方を知らないなんて普通はおかしい。
その矛盾の答えは、ゼルが生まれる瞬間に立ち会ったから――だ。
でも、ゼルの正体がバレたってもう問題ない。
むしろ全力が発揮できるようになってよかったと言えるくらいだ。
後は上空を飛んでいるライフラップを撃ち落とすだけ――
「――どうやらあなたのおかげで、私も出し惜しみをせずに済むみたい」
その声で、僕はウィステリアに目を引き戻された。
すでに、飛沫は降り終わっている。
だから僕は、ようやくそれに気がついた。
彼女の手前で、青々と燃え盛っているファラヒナの存在に。
「ガストビークは持っていかれた。これは勉強代と思っておきましょう」
青い炎に包まれたファラヒナを前にして、ウィステリアは冷静に言う。
「ファラヒナ――〈再誕〉せよ」
燃えながら、起き上がる。
ゼルから受けた傷なんて、まるでなかったことになったかのように、ファラヒナは燃え盛りながら翼を広げ、ふわりと宙に浮き上がった。
その姿はまさしく、死しても炎と共に蘇る伝説の――
「――フェニックス……!」
たった20人程度しかいないはずなのに、観客席は揺れているように感じた。
それほどに、それはありえない光景。
100万匹に1匹。
その確率が正しいものだとすれば、これは1兆分の1の奇跡。
「ようやく君が気になった理由がわかった……。不死鳥フェニックス! ガルーダ種とゴースト種の二重種か!」
僕の言葉には答えず、ウィステリアはフェニックス――ファラヒナに命じた。
「ファラヒナ――《鬼火》」
ファラヒナがまとっていた青い炎がいくつにも分裂して、僕たちに迫る。
さっきの青いファラ! 鬼火っていうのが本当の技名か……! 彼女も僕と同じトリックを使っていた!
僕ももう隠している必要はなくなった。
「ゼル! 〈
小さなドラゴンの姿をとっていたゼルが、溶けた。
いや違う。もう一つの姿に変わったのだ。
鱗も筋肉も牙も羽も、すべてが水でできた流れるドラゴン――
唯一無二の種族スキル〈溶竜変化〉によって現れるもう一つの姿――『スライムモード』!
「地面を流れて炎を避けろ!」
不定形になったゼルは川の水のように地面を流れ、降り注ぐ鬼火を回避する。
その姿はどういうわけか、それでも龍のように見える。
長い尻尾を持つ、細長い龍に。
この状態のゼルは基本的に物理攻撃を無効化する。
それでいて変幻自在に形を変え、そのスピードもガルーダ種ですら及ばない!
「ファラヒナを狙え!」
ウォルタ――ではなく。
「《
液体状になった身体からチドラの形を取った首が伸びて、水の球を放った。
自身を構成する水そのものを打ち出す体技スキル――水砲。
彼女の言う通り、ゼルは魔法攻撃力よりも物理攻撃力の方が圧倒的に高い。
しかし、ゼルはその特殊な体質により、体技スキルを魔法スキルのように放つことができるのだ。
「鬼火で撃ち落としなさい!」
青い火の玉が水砲を迎え撃ち、空中で激突して蒸発させた。
これが当たらないのは想定の上。
狙いは一時的にせよ、ファラヒナの動きを止めること!
地面を川のように流れたゼルは、すでにファラヒナの足元に迫っていた。
「ゼル! ドラゴンに戻れ!」
水の身体が急速に色を持ち、硬い鱗を取り戻す。
今まで通りの小さなドラゴン――ドラゴンモードに戻ったゼルが、ファラヒナの目の前に躍り出た。
「《
ゼルの尻尾から水が噴出し、その勢いを上乗せしながらファラヒナに鋭く叩きつけられる。
体技スキル・水尾斬。
それはファラヒナがまとっていた青い炎を貫通し、その翼に深く食い込んだ。
ファラヒナは甲高い鳴き声をあげる。
そして力なく地面に叩きつけられるその姿を見て、僕は手応えを感じた。
見るからに炎属性のファラヒナには水属性のこっちが有利!
いかに不死鳥といえども、ダメージが通らないわけではないはずだ!
「こちらにばかりかまけててもいいの?」
にもかかわらず、ウィステリアは動揺する素振りも見せずにそう言った。
頭上から、稲光が走る。
ライフラップが電光を棚引かせながら、後衛に控えているイースに上空から襲いかかっていた。
イースも素早い動きでそれから逃れようとするけど、さすがに翼には勝てない。
「まずい……! 戻れ、ゼル!」
前に詰めていたゼルを呼び戻しながら、イースには《ホウカ》でライフラップを追い払わせようとする。
リグルも参戦させたかったけど、さすがに彼の足じゃスピードについていけない。
イースは必死に魔法を連発してライフラップを追い払おうとしたけど、詰められた距離を再び離すには至らず――
ついにその爪が、イースの小さな身体に届いた。
「――《メガデンダー》!!」
イースとライフラップが、2匹とも強烈な電撃に包まれる。
自分ごと攻撃……! だけどライフラップは自分の雷撃じゃ大したダメージは受けない!
稲光が収まると同時に、イースはパタリと倒れる。
だけどその時、スライムモードになったゼルが戻ってきた。
「《
水砲の上位スキルにより放たれた水流が、ライフラップを捉える。
吹き飛ばされたライフラップは地面の上を転がり、ぐったりと動かなくなった。
イースはやられちゃったけど、これで残りは1匹……!
「使ったわね、水を」
ウィステリアの声に背筋がヒヤリとした。
「そのスキルはそいつの身体を構成する水を消費して使うもの――その容量には当然、限りがあるはず」
闘技場に異変が現れた。
あちこちに落下したまま燃え続けていた青い火の玉が――
鬼火が。
――まるで軌道を逆にたどるように、ファラヒナに集まっていったのだ。
「さっきのウォルルードもどき……もう一度撃てるかしら?」
集まった鬼火は、ファラヒナの頭上で巨大な火の玉になっていく。
闘技場全体を照らすほどの、巨大な青い火の玉……。
そう――まるで太陽のような。
これは……間違いない。
縁結びの加護の未来視で見た……。
ウィステリアは右手を振り上げ、淡々と告げた。
「焼き尽くせ――《ファラゾーガ・ウィスプ》」
炎属性・上級攻撃魔法《ファラゾーガ》――それよりももっともっと巨大な、青い太陽。
僕が見た敗北の未来、それそのもの。
迫りくる青い太陽に対して、勇敢にもリグルが向かっていった。
だけど受け止めきれないとすぐにわかる。
そもそもリグルは木属性だ。炎属性に対しては圧倒的に不利……。
属性相性で有利なゼルの技で押し返すしかない。
だけど、水を使いすぎた。
ウィステリアの読み通り、ゼルの《水砲》シリーズは事前にゼルに飲ませた水の分だけしか使うことができない。
そうか……。
これが、僕の敗北の光景――
――未来を見ておいて、よかった。
「ゼル!」
僕は相棒に、最初から仕込んでおいた命令を出す。
「戻せ!」
瞬間、ゼルは咆哮をもってそれに応えた。
それは子犬のような可愛らしい吠え声だったけれど、僕の――僕たちの逆転の一手だった。
どぷん、と。
時間を巻き戻したように、地面の下から、巨大な水の塊が染み出してきたのだ。
「え……?」
ウィステリアが初めて虚を突かれた顔をする。
形の自由さ、動きの素早さ、物理攻撃の無効。
スライムの強みはそれだけじゃない。
身体の一部を分離させることもできるのだ。
僕は闘技場の噴水から吸い上げた水を、分離したゼルの身体の一部に溜め込んでおき、それを闘技場の地面に染み込ませて隠していたのだ。
ゼルが大口を開けて、その水の塊をばくんと飲み込む。
――補給完了。
「ゼル!」
ウォルルード――ではなく。
「――《
ゼルのアギトから氾濫した川のような奔流が溢れ出す。
それは迫りくる青い太陽を真っ向から穿ち、ジュワアアアアッ!! と、耳が破れそうなほどの音で蒸発しながら、それに穴を開けた。
その穴は徐々に、水流に食い破られたかのように大きくなっていき――
青い太陽はやがて、花火のようにパッと散って、かすかな火花だけをその場に残した。
「……………………」
「……………………」
すべての火花が空気に散るまで、僕とウィステリアは無言で睨み合う。
青い太陽を受け止めようとしたリグルは、すでに鱗を焦がして倒れている。
残るゼルも、さすがにもう弾切れだ。
地面に座り込んで、苦しそうに舌を出していた。
そして対するファラヒナは、身体にまとっていた青い炎こそなくなっていたけど、まだ空中に浮かんでいる……
満身創痍のゼルで勝てるか?
水砲系列の技は使えないけど、水尾斬だったら……。
僕が歯を食いしばりながら策を考え始めた時、ウィステリアがすっと両手を上に上げた。
「降参するわ」
僕はきょとんとして、澄ました顔のウィステリアを見つめる。
「今のでファラヒナの魔力がなくなった。魔法型のファラヒナじゃ、生身の戦いでは勝てない。これ以上戦うのは無駄だから、降参するわ」
ウィステリアがチラリと審判を見て、審判の男の人はハッとして右手をすっと高く掲げた。
「ウィステリアの降参により、勝者・シオンパーティー!」
わーっ! という歓声が、ノエルたちが座っている方から聞こえてくる。
……僕の、勝ち……?
そ……そっか……なんだか実感がないけど……。
――そうだ、それよりも!
僕は倒れているイースを抱き上げ、リグルの背中を撫でて、ゼルの顎をくすぐった。
どうやら3匹とも無事ではあるようだ。
モンスターは時間が経てば土地の魔力を吸い取って勝手に回復するけど、一応後でノエルにも見てもらおう。
「あなたは何者?」
そうして仲間たちを労っていると、ファラヒナを肩に乗せたウィステリアがすぐそばに立っていた。
「私以外に二重種使いがいると思わなかった……。それに私と同じ期間でEランクモンスターをそこまで育て上げている。あなた、ギルドで私の前に登録していたでしょう」
「……君も覚えてたんだ」
僕は少し嬉しくなって笑いながら立ち上がり、彼女に手を差し出した。
「僕はシオン。君は?」
ウィステリアは差し出された手に目を細めると、すっと白い手を出して僕の手を握った。
「私はウィステリアよ」
そして僕は。
それを見た。
【仕事縁100%】
【恋愛縁100%】
「「え?」」
声が重なり。
目が合った。
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