第4話 モンスター牧場の主・フーカー家


 ノエルの家、フーカー牧場は町の北西の外壁沿いにあった。

 石造りの住宅地を抜けた先に、急にだだっ広い放牧地が姿を現し、そこで様々なモンスターが気ままに暮らしていた。

 ドレイク種や魔獣グリズリー種はもちろん、幽躯ゴースト種や妖精ピクシー種など、なかなか見る機会のないモンスターの姿もあった。


 家はその放牧地の端にあり、レンガ造りの立派な2階建てだった。

 玄関口には、いかにも執事といった風格のおじいさんが立っており、帰ってきたノエルにうやうやしく頭を下げた。


「お嬢様、お帰りなさいませ」

「ただいま、カーティス。父さんはいる?」

「執務室においでです」

「じゃあちょっと顔を出してくる」


 ノエルは慣れた調子でそれに応じ、僕の腕をぐいっと引いた。


「彼は大切なお客さんだから、客間でもてなしてあげて。長い旅をして、この街にたどり着いたばかりなの」

「承知いたしました」

「それじゃあ任せたからね」


 そう言ってノエルは僕の腕を放し、玄関のドアのところまで行って一瞬だけ振り返り、僕に手を振った。

 ノエルが家の中に入ると、残された執事のカーティスさんが僕に向き直り、頭を下げる。


「わたしはフーカー家執事のカーティスと申します。以後お見知りおきを」

「あ、はい……。僕はシオンです。こいつは相棒のゼル」


 肩の上のゼルを軽く撫でると、ゼルはくるると小さく喉を鳴らした。

 それを見てカーティスさんは頷く。


「テイマー様ですね。もうギルドにはご登録を?」

「えっと……」


 ギルド?


「……すみません、とにかくこの街に来ればいいってことしかわかってなくて……」

「なるほど。いずれにせよ、今は旅の疲れを癒すことが先決でしょう。まずは中へ」

「ありがとうございます。お世話になります」


 僕がそう言って手を差し出すと、カーティスさんは少し意外そうにその手を見た後、握手をしてくれた。

 その瞬間、カーティスさんの顔の下に文字が現れる。


【仕事縁64%】

【恋愛縁0%】


 縁を見る条件は、互いに名乗り合って握手をすること。

 カーティスさんも、テイマーとしての僕に良い影響を及ぼしてくれる人物のようだ。


 客間に通され、メイドさんにお茶を出された。

 メイドさんに給仕されることも、こんな高級なお茶を飲むのも初めてで、緊張してしまって味はよくわからなかった。


 しばらくそうしていると、ドアからノエルが顔を出した。


「シオン! お待たせ!」


 彼女が客間に入ってくると、その後ろからふくよかな体格の男性がついてきていた。


「シオン、紹介するね。これがわたしのお父さん」

「娘から話は聞きました! シオン君、娘を助けてくれたそうですな!」


 ドスドスと短い足でノエルの父さんが近づいてきたので、僕は慌てて立ち上がる。


「心から感謝しますぞ! この恩は、ミック・フーカーが必ずお返しします!」

「そ、そんなに大したことはしていませんから……」


 差し出された手を、僕はほぼ反射的に握り返した。


【仕事縁73%】

【恋愛縁0%】


 縁結びの加護が発動する。

 相手が僕の名前を知っていれば、名乗ってもらい握手するだけでも発動するのだ。


 ノエルよりも仕事縁が低いのがちょっと意外だった。

 ノエルの仕事縁が92%という、これ以上ないくらいの高さだから当然といえば当然だけど。

 もしこの縁の高さがこの牧場に起因することだとしたら、牧場主であるミックさんの方が高くなってしかるべきだと思うんだけど……。


 ミックさんはひとしきり僕の手を握りしめると、反対側のソファーに行って「よっこいしょ」と腰を下ろした。

 僕もソファーにお尻を戻し、その隣にノエルが座ってくる。

 お父さんの隣に座らないんだろうか? というか、距離がちょっと近い……。


「さて、シオン君。君はテイマーになるためにこの町に来たようですな。まあ、この街を訪れる理由の大半は同じものですが」

「はい。そのために北の辺境にある村からはるばるやってきました。こいつと一緒に」


 ゼルは今は僕の膝の上で丸まっている。短いけど戦ったから、ちょっと疲れたのかもしれない。

 ミックさんはそれを覗き込んで、


「チドラですか? 少し変わった体色ですな」

「そ、そうですか?」

「チドラは環境によって体色が変わる魔物……しかしこれほど鮮やかな……」

「ぼ、僕の出身地にしか住んでいない色なのかもしれません」


 僕はなんとか適当に言ってごまかした。

 仕事縁の数値からしてミックさんは信用できると思うけど、そうそう簡単に言いふらすものではない。

 ゼルが、ドレイク種の最下級モンスター・チドラではないことは。


「お父さん、品定めしてる場合じゃないでしょ」

「おお、そうだったそうだった。シオン君、若者がテイマーを志す理由は様々です。シオン君はなぜ故郷を出てまでしてテイマーに?」

「それは簡単です」


 僕は膝の上で丸まっているゼルを撫でて言った。


「こいつの子孫を最強のモンスターにしてやりたい。ただそれだけです」

「テイマーならば誰もが夢見る目標ですな」

「僕の場合は……約束ですかね。ある人との」

「ふむ……」


 ミックさんはそこの事情には深く踏み込まなかった。

 その大人の思慮深さに感謝しつつ、僕は照れ笑いをする。


「それを抜きにしても、上級テイマーになれば一生食うに困らないって言いますし」

「ははは! 食うに困らないどころか、嫁を1ダース作って全員に贅沢をさせてまだ余るほどですよ!」

「そんなに?」


 まったく想像ができない世界だった。というか、嫁をワンダースって……一夫多妻はそんなに珍しくはないけど」


「わかりました。部屋を用意しますので、我が家を拠点として好きに使うとよろしいでしょう。今日のところは休んで、明日にでもテイマーギルドに登録しに行くとよろしいかと」

「ありがとうございます……。あ、ミックさん。モンスター牧場を経営しているということは、モンスターには詳しいんですよね?」

「もちろん。この世のすべての──とまでは申しませんが、わたしほど多くのモンスターを見た人間はなかなかいませんよ」

「だったら、エルシスというモンスターに覚えはありませんか?」

「エルシス?」


 意外な名前を聞いたとばかりに、ミックさんは驚いた顔をした。


「存じておりますが……なぜエルシスのことを?」

「実は、そのモンスターが、このゼルに一番縁のある配合相手みたいなんです」


 モンスターは他のモンスターと配合をすることで、より強いモンスターを生む。

 僕の縁結びの加護には、そのモンスターにとって最も縁のある相手──最も強い子供を産むことができる配合相手を読み取る力があるらしい。

 その力が、ゼルにとって最も良い相手はエルシスという名前だと言っていた。


 ミックさんはきょとんとしたような顔をしていた。

 それから徐々に真剣な顔を作って、前のめりの姿勢になる。


「それはもしや、昇華配合の組み合わせがわかっているということですかな?」

「昇華……配合ですか?」


 僕が首をかしげると、ミックさんは前のめりにした姿勢を元に戻す。


「いや……その反応でわかりました。配合のことについては本当にお詳しくないようですな。エルシスのことについてはまた時を改めてお話ししましょう。まずは旅の疲れを取り、ギルドに登録し、テイマーとしての経験を積むことです。いずれにせよ、配合はもう少しモンスターを増やしてからの話になりますからな」

「そうですね……。わかりました。そうします」


 ミックさんは頷いて、立ちっぱなしで控えているカーティスさんに顔を向けた。


「シオン君をお部屋にご案内しなさい」

「承知しました」

「わたしが連れていく! いつものお客さん用の部屋でしょ?」


 立ち上がってそう宣言したノエルに、ミックさんは『仕方がないな』というように相好を崩した。

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