第21話
「そっか。ありがとう、ケイア。じゃあ私……行ってくるね」
リヴァと中央で別れた俺は、そのまま急いでかつて住んでいた自分の家へと向かった。
「懐かしいなぁ……定期的に中の掃除は頼んでいたけど……」
三年ぶりの我が家の鍵を開け中に入ると、少しだけ埃っぽい匂いもしたが、ちょっと換気すれば問題のない程度で、別段埃まみれでもなかった。
そのまま家の地下倉庫の鍵を開け、中へ入る。
ここの掃除は頼んでいない。三年間……いや、七年間開くことがなかった扉だ。
更にその奥に大きなロッカーがある。
そのロッカーの鍵も解除し、保管されていた『モノ』を感慨深く眺める。
「……お前も、久しぶりだな。七年ぶりか」
そして思い出す。俺が『コイツ』と出会ったあの時のことを――
深夜、王都に聳えるとある大貴族の屋敷にて、俺はそこの主と対面していた。
「待て、ほんの出来心だった、出来心だ! 我が家は今――」
命乞いをする醜い男の頭部を、無感情に叩き潰す。
飛び散る脳髄が室内に散乱し、騒ぎを察知した警備の人間が一斉に部屋に殺到する。
「旦那様! キサマァ! よくも旦那様を!!」
「殺せ! 捕える必要なんてない、殺せ!」
怒号と槍、剣が飛び交う中を平然と歩く。
掴みかかる腕も、切りかかる刃も、全て無視して押し通る。
身体に傷はつかない。刃も通らない。
掴みかかる手はこちらの歩みを一瞬たりとも遅らせない。
何も、障害になりえないのだ。
「……化け物……化け物だ!」
「正解。俺は化け物だ」
どうしようもない相手なのだと向こうが理解し、尻込みし始める頃になると、俺はそのまま屋敷の外へ出て、唐突に速度を上げ、消えるように闇へと紛れるのだった――
「あ、すみません、ケイアです。学園からの言伝を伝える為に来たんですけどー」
「おや、これはケイア君ではないですか。ええ、構いませんよ、アリス様でしたら今日は中庭の方でお茶会に出席していますので、近くでお待ちになるといいでしょう」
「はい、分かりました。ご親切にありがとうございます、門番さん」
「はは、君だけだよ、僕なんかにそんな風に言ってくれるのは」
翌朝。学園の休日である今日『成績優秀者で王族と共に教育を受けている模範的な生徒』という地位を使い王宮へと入り、そのままアリスがいるという中庭へと向かう。
そこでは、他の貴族令嬢の皆さんと共に、優雅な時間を過ごしているアリスの姿が。
……騙されないぞ、あの顔は『くだらない話ばかりしていないでもう少し実のある話をしてくれないかしら』とでも思ってる顔だ。
「あら? あそこにいるのはケイア様ではなくて?」
「本当! ふふ、今日のお茶会は少し早めに切り上げた方が良いでしょうか、アリス様」
すると、娘さんの一人がこちらに気が付き、そんなことを言いだした。
いやぁ……そんなそんな、どうかおかまいなく。
「凄いですわよね、編入当初からずっと成績優秀者として王宮に招かれていて……」
「アリス様、やはりケイア様とはその……学び舎の同志として以上の……」
「いいえ、彼は私のよき好敵手として、いつも真摯に勉学に励んでいますわ。いけませんよ、そんな色恋話に真面目な彼まで巻き込むのは」
うむ、さすがはアリス。締めるところはキチンと締める。
というか下手に肯定したら俺の立場的に不味いですから。
「ふふ、けれども彼が来るとなると、恐らく学業か学園に関する重要な話なのでしょう。すみません、お言葉に甘えて今日は私だけ、先に失礼させてください。ですが、皆さんはどうか心行くまでご歓談ください」
こちらに向かってくるアリスに連れられ、日頃俺達が勉学の場として使っている図書室ではなく、内密な話をする為に彼女のプライベートルームへと向かう。
……要件はそっちも分かってるよな? 表沙汰になっていないだけで、報告はいってるはずだ。
「今からこうも疲れるとなると、来年以降の社交界はどうなることやら……気が重いわ」
「お疲れ様。一応報告とお土産持ってきたんだけど」
「そちらこそお疲れ様。今回も『闇夜の魔人』が出たという報告が既に上がっているわ。これで……ひとまず私が調べていた宮廷に出入りする疑わしい人間は全て排除出来たわ」
「本当、凄いよここまで調べ上げたスケさんとカクさんは」
「……ええ。これで、あの者達も報われる。ただ、大元には結局辿り着けなかった。恐らく、ここ王都ではなく……主都にいるのでしょうね。こればかりは私の今の力では調べられないし、距離が離れすぎている。別荘が主都の隣に完成したら、定期的にあちらへ向かう理由も出来て調べやすくなるのだけど」
俺は彼女の秘めたナイフとして、既に幾人もの人間を消して来た。
決して倒せない、止められない死の宣告者『闇夜の魔人』という異名と共に、脛に傷持つ人間達を恐怖の底に叩き落として来たのだ。
が、残念ながらここから先はまだ進めない。
きっと、これは運命なのだろう。
一八年後、本当の物語が始まるその時までは辿り着けないと。
「アリス、まだ消すべき人間が残ってる。騎士ギルド団長『ギールソン・フェイダム』だ。あれはこっちの騎士団との連絡役と結託して好き勝手やってるって話だろ? あれを最後に潰して終わりたい」
「……そうね、アイツは主都で動いているから後回しにしていたんだったわね。ええ、消しなさい。既に騎士ギルドの主都での評判は地に落ちている。それはいつか、王都の騎士団への不信へと繋がるかもしれない。貴方があの男を消した後、しかるべき人間を騎士ギルドの団長として直接送り込む手筈よ。騎士ギルドへの監査についても進めているところよ。何か『騎士ギルドを捜査する大義名分』があればいいのだけれど」
「その新しい団長……信用出来る人なんだよな?」
新しい団長……ゲームではノルンが若き団長として手腕を振るっていたが、今の彼女はまだ一〇才でしかないと判明している。流石に無理があるよな。
となると、その次の団長は俺が介入したから新たに用意された人間だよな?
まさかその新しい団長こそが、ノルンを将来襲うクソ野郎なんてこと、ないよな?
「ええ、私が最も信頼している相手よ。腕の方も、頭の方も一流。彼ならきっと……騎士ギルドを立て直せると信じているわ」
「へぇ……そんな優秀な人がいるなら安心かな……でも、そんな人でも権力を持って変わる場合だってある。しっかり、監視しておいて欲しいな」
「ふふ、そうね。では……ケイア、貴方にはこれから二カ月、故郷に戻るという名目で学園を休んでもらうわ。……主都で、己がなすべきことを果たしなさい」
「了解。たぶん、これが最後になりそうだな。俺が学園に残る理由もなくなりそうだ」
「そうね、けれども私の家庭教師が貴方を気に入っていたわ。是非王立の研究院に欲しいと言っていたわよ」
「無理無理、俺の頭もそろそろ限界だよ。どこかの商会の方が向いてるよ」
「ふふ、そう。ああ、忘れていたわ。貴方が表立って安心して力を振るえる立場、そろそろ用意出来そうよ。貴方が学園を辞める頃には用意しておくから」
良かった、これでもう、学園で変に目立って居心地の悪い思いをしないで済む……。
「少しは寂しいかな? なんだかんだで貴重な体験だったよ」
「私も、貴方がここに来るようになってから半年、とても楽しかったわ。それにラムエタリア商会も貴方が来てからより事業を広げられるようになったと喜んでいたわ。実際、貴方の手腕は私の家庭教師だけじゃない、他の人間にも浸透しつつあった。学園に鬼才が現れた、と。それでも、貴方は去るつもりなのよね?」
「そうだなぁ。とりあえず今は自由に力を使えて、なおかつ目立たずに済むポジションが欲しいよ」
別段、何かイベントだけでしかリヴァが死ぬわけではないのだから。
あのゲーム……普通に即死扱いのトラップ的立ち位置のモンスターとかいたし。
たとえば、序盤マップでレベル上げをし続けると強制エンカウントするドラゴンとか。
極端に自分の知名度を序盤の内から上げ過ぎると送り込まれてくる刺客とか。
ダンジョンで特定のフロアに入ると、絶対に勝てない異常に強い盗賊と強制戦闘とか。
いずれもリヴァが絶対に助からない、武力による直接的なバッドエンド、ゲームオーバーも存在する。
それを今の内から破壊したくても、流石に個人でドラゴンの居場所やらダンジョン、刺客を探し出すことは出来ないのだ。
時間と人が欲しい。この世界はゲームとは違い広大だ。
とにかく理不尽なバッドエンドを今の内から出来るだけ減らしておきたいのだよ俺は。
「……王都を去っても、貴方は私の友人よ。これからも、私を助けて欲しいし、私も貴方の力になる。そう、思っていてもいいのかしら」
「当然。俺だってアリスは友達だと思ってる。というか……友達だって胸を張って言えるのはアリスしかいないよ」
悲しき我が交友関係。
冒険者時代はあっという間に新人抜けしたから、同期との付き合いもない。
学園でも目立ちはしてもみんなとは距離を置いていたし。
メディスさんは……友人というか協力関係にあった人だし。
「中々寂しい人間関係ね? じゃあ、また来週ね。良い報告を期待しているわ」
「おう、任せてくれ」
主都は今までいた王都に比べて、大陸の中心として外大陸から多くの人間が訪れる関係で、規模や人口も桁外れに多い。
そしてそれは……同様に闇も深いということだ。
事実、今回アリスが仕留めきれなかった、魔族が作ったご禁制の薬を流通させていた人間達の元締めを、探り切れなかったのだから。
それに……あのアリスの誘拐未遂、あれだって結局首謀者は見つけられていない。
まぁ……ゲームとして知っている以上、薬の流通を指示したのも、魔族と繋がっている人間も同一人物だと俺は知っているが。だが……知ってはいるが、名前は知らない。
所謂モブ、詳しい設定のされていない人間なのだ。
だが、一八年後の役職は知っている。輸入輸出といった、外大陸との貿易を司る人物で、そのうち教団ギルドの第二位司教に任命されるはずだ。今はどこにいるかわからないが。
「考えてみれば……教団ギルドが腐敗していったのは、その人物の影響も大きかったのかもしれないな……」
王都から自分の足でひたすら駆けながら、ゲーム時代の様々なルートを思い出す。
教団ルートでは、内部に潜む不正を暴き、なおかつ教団の威光を広め、信者を増やす為に活動するという内容だった。
しかし動き過ぎた主人公は、教団に潜む者の手により、全年齢対象ゲームでは規制されてしまうような目に遭い『道具』として扱われるバッドエンドが用意されていた。
だが、今回俺が動いたことで、密かに動いていた悪人達の動きが静かになったのだとしたら……少しは危険なルートへの分岐を減らすことが出来たのではないだろうか?
元々、アリスルートは教団ルートでは完全に解決出来なかった問題を解決することが出来る隠しルートだったのだから。
一八年後……リヴァは果たしてどんなルートを辿るのだろうか。
恐らくこの世界は二周目、三周目のような扱いではないのだし、通常のルートしか存在していないはず。
俺が今なぞっているような『アリスルート』には進めない。
「他にも『商人ルート』『暗殺者ルート』『複合ルート』『求道者ルート』とか色々あったからなぁ……あと流石に没になった『売春婦ルート』とか。コンシューマーでそんなルート出せる訳ないだろうが……」
そんな、ゲームですら様々な道が存在する魔都リュクスフリューゲンへと、俺は再び舞い戻るのであった……。
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