第三章 正体は秘密なんですよ

第19話

「起きてー……起きてってばー……起きろー!」

「ぐぎゃ! ……なんだなんだ、突然地面が割れたのか……?」

「あ、ごめん……ゆすってたらベッドから落ちちゃった……痛かった? 大丈夫?」

「んあ……リヴァ。ああ、そうかもう朝だったか……」


 そうか、夢の続きを見ていたのか。

 ……懐かしい夢ばかり見る。この街に戻って来たから、なのだろうな。


「そ、朝。着替えて顔洗って、朝ご飯を食べたら中央に行こう?」


 目をしっかりと開けば、パジャマ姿のリヴァが申し訳なさそうにしていた。


 うむ可愛い。この姿は絶対他の男には見せたくないな。うちの娘は誰にもやらんぞ……。


「さ、着替えよ着替えよ」

「いきなり脱がない。俺が先に着替えて外に出てるから」

「……そうだった……今の無し! 見たもの忘れて!」


 うむ、忘れた。


『ブラジャーってこの世界にも存在しているんだな』と今日初めて知ったけど忘れました。

『フリルとかあってデザインも凝ってるな』とか思ったけど記憶から消します。


 先に着替えた俺は、共有の洗面所で身支度を整える。

 しかし本当に懐かしい夢を見たな。

 あれはたしか……俺が王都にいた頃だったか。


 結局あそこにいた期間は僅かだったが、早々に目的を達成出来たのは大きかったな。

 悪目立ちしまくったという記憶も、今ではいい笑い話だ。

 そのうち、ラムエタリア商会にも商人ギルドを通して連絡しないとな。


「ケイア―、準備出来たー! 朝ごはん行こう?」

「了解。何食べたい? なんでもあるぞ、主都は」

「うーん、なんでもあるんだ……じゃあパンケーキ! パンケーキでお洒落な朝食したい! 女の子の憧れなんだー!」


「パンケーキか……よし、じゃあ喫茶店だな。一応ここで行商人してたからね、結構顔は広いんだ。知り合いの店に案内するよ」


「やったー! パンパンパンケーキー!」


 鼻歌混じりに宿から出ていくリヴァに、他のお客さんも店主のおじさんもほっこりした顔をしているが、気持ちはわかります。

 どうです、うちの子は良い子でしょう。


 預けていた馬車に乗り、俺は朝からやっている飲食店が密集する区画へ向かうのだった。



 飲食店や宿屋、そして様々な屋台が密集している通りに到着する。

 早朝から様々な匂いや喧騒に溢れている様子は、故郷では味わえない都会特有のものだ。


「人ってこんなに沢山いるのね……里の収穫祭よりもずっとずっと多いわ! 主都でも収穫祭をするから、その所為かしら!?」


「いや、この辺りは普段からこうだよ。早朝だから少ない方さ。お昼時や夕方になると、この飲食街は主都で一番賑わうんだ」


「へー! でもあんまり人が多いと恐いから、なるべくご飯一緒に食べよう?」


「そうだな。まぁここ以外にも飲食店はあるから、落ち着きたいならそっちでもいいし」


 キョロキョロと辺りを見回す、おのぼりさんモードのリヴァに癒されていると、目的の店が見えてきた。


 飲食街の中でも喫茶店が多く並び、女性客の多いこの辺りは、トラブルも発生しやすいからと、騎士ギルドが重点的に巡回している区画でもある。


 三年経った今でも、その人気っぷりは健在で、テラス席も多くの女性客で賑わっていた。


 早速入店し、俺は店のオーナー兼パティシエを勤める男性を呼んでもらう。


「お久しぶりです、オーナー。今日からまたこちらに住むことにしましたので、挨拶を兼ねて食事に来ました。二人、席空いていますか?」


「ケイアさん!? お久しぶりです! ご無沙汰しています本当に……お席なのですが……お陰様で今日も満席でして、相席なら可能なのですが……」


「全然問題ありませんよ。そのお客さんに聞いてみてください。無理そうでしたら、時間を置いてきますので」


「本当に申し訳ない……もしよろしければ、営業が終わる夜にお話もしたいのですが」

「ええ、大丈夫です」


 相席の確認に行く店員さんを見ていると、リヴァがぽかんとこちらを見つめていた。


「どうしたんだい?」

「ケイアが凄い人に見えてきた……村だと便利なお兄さんだったのに……」


「どうだ、見直したか」

「元々ケイアは凄いんだって私は思ってたよ? ただ、やっぱりねーって思ってたの」


「嬉しいこと言ってくれるなーこいつ。嬉しいから奢っちゃうぞ」

「元から奢られるつもりでしたー!」


 ははは、こやつめ。




 相席の許可を得られたので店の奥にあるボックス席に向かうと、ボックス席を一人で使っていた女性が、テーブル上の料理を寄せてスペースを作ってくれていた。

 いや申し訳ない、せっかくお食事中のところ――


「っ! …………失礼します」

「はい、どうぞ。すみません、沢山テーブルの場所を取ってしまっていて……朝は沢山食べるようにしていまして……」


 先客と対面する席に回り込んだ瞬間、その姿を確認して心臓が止まりそうになった。


 灰銀のセミロングの髪。優しそうな青い瞳。ユニフォームである軽装が変形するくらい大きな胸に、リヴァよりも幼く見える童顔。


 そして……腰に帯びていたであろう剣を、自分の座る席の隣に立てかけている。


「わ、騎士様ですね! 相席、失礼します!」

「ふふ、宜しくお願いしますね。可愛い彼女さんですね?」

「え、あ、いや……」


「えー? 彼女に見えますかー? 私の兄みたいな人なんですけど、そう見えますかー」

「はは、故郷の友人でして。主都で暮らす為に田舎から出てきたところなんです」

「まぁ、そうなんですね? ようこそリュクスフリューゲンへ」


 ボックス席を一人で占領し、大量のパンケーキとサラダと果物の盛り合わせを一人で食べていたのは……現在の騎士ギルドの団長にして、知略における天才、だが実戦はからっきしの……騎士団長『ノルン』だった。


 ……ちょっとこの子とあまり顔を合わせたくないんだけど……こう見えてすっごい切れ者だからこの子……。


「そちらのお兄さんは主都で暮していたのですか? ……あれ? あの、失礼ですがどこかでお会いしたことはありませんでしたか?」


「……いえ、ですがこちらが見たことはあると思いますよ。いやはや、まさかかの有名な『知の銀月ノルン』殿と一緒の席とは、これは仲間に自慢が出来ますよ」


「あの……その呼び名はとても恥ずかしいので……すみません、出来ればノルンで……」


 つい、昔聞いたことのある彼女の通り名で呼ぶと、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 うむ、あざと可愛い。流石ユーザー人気一位の女。相変わらず可愛い。


「え? ケイアケイア、私にも教えて?」


「この人、騎士ギルドの団長様なんだ。歴代で最も若く就任した団長で、本来なら王家から派遣されるギルド運営を取り仕切る人間を拒絶し自分で運営、数々の作戦を打ち立て無敗、騎士ギルド全体からの人望も厚い、リュクスフリューゲンにおける英傑の一人。その美しい頭髪から『知の銀月』とも呼ばれている人だよ」


「お、おお! か、かっこいい……私もそう言う呼び名欲しい!」

「じゃあ蒼天のお転婆ガールで」

「てい! てい! リヴァパンチ!」


 痛い痛い。ノルンも真っ赤になりつつも、こっち見て笑ってるからやめてくれ。


「あ、ってことはクレアさんの上司さん?」

「そうなるね。彼女は対を成す『武の金陽』なんて呼ばれてるよ。騎士ギルド最強との呼び声も高い人物だね」

「へー……すっごく強かったもんねー……」


「あら、貴方達はうちの副団長が戦う姿を見たことが?」

「うん、私のこの剣、実は中身もう折れてるんだー。で、折れた理由がクレアさんと手合わせしたからなの」

「はは……元から剣の方が寿命だったんだよ」

「まぁ……私の部下がご迷惑を……」


「いやいやいや、良い機会をくれたと思ってます。都会には上がいるってことを、この子に教えてくれましたし、いずれ剣も変える必要があると思っていた矢先でしたから」

「です。すっごく強くて綺麗で、憧れちゃいました」


「それならば良いのですが……と、すみません、これメニューです。私のおすすめは『ふわふわスフレパンケーキのハニーナッツがけ』です。週に二度は食べているんですよ」


 そう言いながら、メニューを差し出してくれたノルンの胸に視線を吸い込まれる。

 そうか……そのカロリーは全てそこに回っているのか……!


「沢山食べてますねー……それくらい美味しいんだ……私もそれにします。ケイアは?」



「俺はコーヒーとサラダとバゲットだけでいいかな? 朝はお腹減らないんだ」



「え?」

「あ」

「うん、分かった。店員さーん、注文お願いしますー!」


 しまった。


「ふふ……」

「どうしたんですか? ノルンさん」

「いえ、お兄さんの注文の仕方が、昔お世話になった方と似ていたのでつい」

「へー、そうなんですか」

「はは、実は昨晩、ちょっと夕飯を多く食べてしまいまして、軽めにしようと」


 ほら、謎のメイドさんがスープに大量の具を放り込んで消えたんですよ。

 あれ、結局なんだったのだろうか?

 しかし……『やっぱり彼女は油断出来ない』な。


 俺達の注文した料理が届けられる頃になると、ノルンは先に全ての料理を平らげ、用事があるからと先に退店することになった。


「では、ご縁があればまた。もし何かお困りなことがあれば、どうぞ我が騎士ギルドにご相談くださいね。では、失礼します」


 緊張した……一見するとぽわぽわした天然さんに見えるのだが……切れ者中の切れ者。


 俺が『ケイアとして彼女と顔を合わせた』のは……大昔に一度、昨日夢で見た『夜の森の中』だけだったというのに、俺について見覚えがあるだなんて。


 それどころか料理の注文の仕方にまで違和感を覚えるとは……心臓に悪い。


「凄く可愛い人だったね。騎士ギルドの長なんでしょ? あんなに若いのに……もしかしたら私より……?」


「いや、彼女はああ見えて二〇を越えているらしいよ。若く見られて羨ましい話さ」

「…………ケイアわざと言ってる?」

「なにがだい?」


「ケイアも歳とってないじゃない。少なくとも三年前とは全く変わってないよ?」

「そう言ってもらえると嬉しいな。さ、じゃあいただこうか。そのパンケーキ、時間が経つとしぼんじゃうから」


「そ、そうなんだ! 急いで食べないと……わぁ……何これ何これ! ふわふわしゅわしゅわーって溶けるみたい!」


「喜んでもらえて何より。さて、じゃあ食べ終わったら中央に行こうか」

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