目の前に浮かぶ選択肢に、「GAME OVER」って書かれているんだが
和泉ユウキ
プロローグ
気付けば、目の前に半透明な選択肢が浮かんでいた。
本当に突然だった。
唐突に、
『お任せを! 必ずや、討伐して参りましょう!』
『断る(GAME OVER)』
『はい! お任せください!(と言いながら絶対逃げてやる)』
きめ細やかで荘厳なる
そんな大それた場所でぷかぷかと浮かんでいるこの選択肢は、今し方、目の前の皇帝が投げ放ってきた質問への答えだ。
クラウスは、今年十八歳になったばかりの平民だ。そして、衣食住の安定を求めて騎士団に入団して三ヶ月。
入った新人の中で唯一残ったクラウスが珍しかったのか、それともこの清々しいまでに真っ青な髪が奇怪だったのか。とにかく、何の取り
アウトロー帝国の皇帝、ギャザンク・アウトロー。
彼は、帝国が抱える遺跡の一つに発生した災厄の魔物を討伐しろと命令してきたのである。「討伐してきてはくれまいか?」と疑問形を取っていたが、実質は強制だ。
故に、断る選択肢には「GAME OVER」と書かれているのだろう。
ゲームオーバー、とは何か。クラウスにはその言葉も意味も知る由も無い。
だが、今までたくさんの人生を経験し、死んでいったクラウスにはすぐに意味だけは理解出来てしまった。
そう。
何故なら、以前ここで断った時、あっという間に首を
災厄の魔物など、挑んでも死ぬだけだ。
しかも、騎士になりたてのたかだか十八歳のクラウスに、何が出来るというのか。騎士になったのだって、特に使命感はなかった。ただ、平民として衣食住を安定させるには、騎士になるのが一番の近道だったからである。――もっと言うと、「平民としてもゴミなのだから、せめてお国のために戦って死ね」と帝国のお偉い方々に無理矢理連行されたからでもある。
飢え死にしないために騎士になったのに、命を落とすと分かっている任務に挑むなど馬鹿馬鹿しすぎる。
おまけにこの皇帝、騎士の命など羽より軽く思っている。「準備をしたい」「魔物についての情報を集めたい」と訴えても「時間の無駄」「首を切れ」「わしのために死んでこい」と言い放つ始末。
おかげで、この騎士団はしなくても良い戦にまで駆り出されてあっさり死亡することは日常茶飯事。挙句の果てには、人員補充のために皇帝の影が人攫いまでするという犯罪者だらけの集団。つまり、クラウスはその最たる被害者である。
そんな無残な場所だというのに、騎士としての覚悟も何も無かった当時のクラウスは、考えなしの愚か者だった。
馬鹿正直に「俺には大それたお役目に過ぎます」と遠回しに断ったら、「そうか」と簡潔に皇帝は返事をしてきた。
その軽くて簡潔な声のまま、「
そう、死んだのだ。クラウスは、殺された。確実に死んだ。首が無くなって生きている者など誰一人としていないだろう。
それなのに、人生が終わったその直後、またもここから別の人生が始まったのである。
赤ん坊からのやり直しではない。十八歳という、この中途半端な青年期からだ。
その当時のクラウスは、全くその事実に気付いてはいなかった。
だが、何か直感が働いたのだろう。今度は別の選択肢を選び、とりあえずその場は生き延びたのだ。
しかし、断らなかったからと言って、安全圏に入るわけではない。他の選択肢を選んでも地獄絵図にしかならないのだ。
快く引き受けたとしても、待っているのはほぼ9.9割は死亡。
何故なら、災厄退治に三万人もの騎士を投入して、生き残ったのはたった百人そこそこだからである。
そして、はい、と気前よく返事をして逃げる選択をしても、待っているのは半分の確率で死亡だ。
まず、逃亡することを――もっと言うならば、一度騎士になったら辞めることをこの帝国は許さない。
故に、逃げると知られれば、あっという間に捕まって処刑、良くて牢獄だ。
様々な目を
辞めると馬鹿正直に言えば、独房室に叩き込まれ、四六時中拷問だ。
何も考えずに生きていた頃は何とも思わなかったが、今この時、声を大にして言いたい。この国は腐っている。
誰が見ても負け戦としか思えない戦にぽんぽん騎士を無計画に送り出し、騎士をやめようとすれば拷問して無理矢理騎士を続けさせる。
重税は当たり前。平民には拒否権が無い。嘘八百で奴隷に落とし、目を付けられた女は貴族や皇帝達の道具となる。
独裁者の中でも
何故、そんなことをクラウスが知っているのか。
それは、クラウスがこの時、唐突に、突然、思い出したからだ。
この半透明で不気味な選択肢を、今までに何百回、それこそ何千回と見てきた、ということを。
首を斬られて死んだ。魔物に殺されて死んだ。反乱軍として敗北して処刑された。
村の守衛として穏やかに暮らした。王女と結婚した。国王を暗殺して一国を築いた。
こんな結末は序の口だ。
クラウスは、数えるのも馬鹿らしくなるくらいの人生を経験してきた。
常に、目の前に提示された選択肢からどれかを選びながら。
何の疑問も持たずに。
ただただ、与えられた選択をその時々で選び、歩いてきた。
必死ではあった。生き残りたいと願って選び続けてはいた。幸せになりたくて頑張っていた。
しかし、そこに「何故」という疑問を持つことはなかった。
それを常識の様に思っていた異常さに、クラウスは前触れもなく気付いた。
そう。気付いてしまった。
だからこそ、激しく混乱し――。
「無礼者。首を刎ねよ」
答えられずに膝を突いたまま固まって、またも軽く命を刈り取られた。
『断る』の選択肢を選んだことになった様で、目の前の真ん中の選択肢が、ぴこんと音を立て、色が変わったのが、その時の最後に見た景色だった。
こうして、何百回と同じ時間を生きながら、ほぼ全く異なる結末を迎え続けてきたクラウスは、もうすぐ四桁に届くこの人生をあっけなく終えることとなった。
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