第3話 あれやこれや

 立川広域防災基地——-

 

「はいオーラーイオーラーイはーいストップー」

 立川には東京消防庁関係施設、海上保安庁、内閣府の政府災害対策本部予備施設、警視庁関係施設、自衛隊駐屯地など首都圏大規模災害緊急対応施設がある。その中にはもちろん医療施設もある。独立行政法人国立病院機構災害医療センター

 首都圏内で発生した能力病事件の加害者=能力病患者の一時的な療養施設が1年ほど前から地下に増築されていた。建設期間を見ればもっと前から計画立てて行われたプロジェクトであった。

「渕上解凍間近、早急に運べ」

 渕上は凍結状態を保ったまま地下施設へと運ばれていった。

 

「凍っているのは表面だけ・・・生命の維持には問題なし・・・この状態のままの処置でいいのか?」「被害を考えればこの状態で可能であれば」

 ふぅとため息をつき、凍っている淵上の頭部に全ての指をかざす。 

 斑鳩いかる、彼女は能力病専門医であり、この能力病患者収監施設に週3日で通っている。また、東大の研究所の鳳麗麗の同居人でもある。ここで白衣を着ており、セミロングの髪をポニーテールのように束ねていた。

「ん・・・表面が凍ってるせいか調整が難しいな」

 彼女の能力は電気タイプだが、磨き上げた技術により、脳にミクロの電気を流すことで能力病治療に特化した能力となった。

 

 ガチャリ

 

 能力病は脳の一部に起きた変化によって発現する。彼女は元栓を閉じるように脳の変化した一部を電気で制御した。

「ひとまずこの男の能力は封じた。例の痕跡はあったか?」

「これから精密検査をします」

「そうか、運んでいい」

「はい」

 渕上は眠ったまま閉鎖病棟へ運ばれていくと、彼女は同居人へ通話をかけた。

 

「あ、りにゃ?ごめーん今日遅くなるかもー」

 

 

 警視庁準公安部第一特殊能力対策課ーーー

  

 織部は大量の始末書に埋もれそうになっていた。

「おーすごいな新人」

 堂馬だ。瞳に入った斜めの線はなんなんだろうか?能力によるものなのだろうが

「東京大学本部宛に東京大学低温科学研究所宛に東京消防庁臨港消防署宛に東京都道路整備保全公社宛に・・・」

「いちいち読むのやめてくださいよ」

 ただでさえ疲労している脳で上下関係を考える余裕はない。

「俺も始末書よく書かされたもんだが新人でこの量はすげぇな!」

「現場対応しただけなんですけどねー」

 堂馬が始末書をまじまじと見ると、ある事を思いつき

「水の能力・・・おい!慎司!」平凡な男、蒲田慎司を呼びつけた。

 彼は水を消防車のように放出できるが、デメリットとして体内の水分を使うので能力の発動中は水分補給が欠かせない。

「なんですか?」

「昨日新人が相手したやつの能力見てみろ」

 堂馬から渡された始末書の内容に、慎司の表情がみるみる曇っていった。

「消火以外にこんなに・・・」

 彼の水の能力病は渕上のような万能性からは程遠い。

「俺もこれくらい水を使えたら・・・」

 始末書に深い皺が刻まれていく。

「ちょっとやめてくださいよくしゃくしゃになっちゃうじゃないですか!」

「あっごめん」

 蒲田は始末書を掴んでいた手を緩め、織部に返した。

「どうしたんすか急に」

「こいつさ、ヒーローになりてぇんだよ」

「え?は?ヒーロー?」

「い、いや違いますよ!そんな子供みたいな・・・その、急にここに配属になったからには何か結果を残したいじゃないですか」

「急に?」

「あぁ、こいつもお前みたいに急に能力病になってここに配属になったんだ」

 織部の印象では蒲田は部署発足時からいたものだと思っていた。

「なのに大した活躍も出来ないまま後輩どころか新人の君に先を越されたっていうか・・・」

「別にいいじゃないですか。活躍したらしたで始末書こんなに書く事になるんですよ?見てくださいよほらほら」

「そーいうことじゃなくて・・・はぁ・・・俺がこれくらい水の能力を使えていたら響さんは死ななかったのに」

「ひびきさん?誰ですか・・・?」

 響という人間は織部の記憶している限りここにはいなかった。誰だろうか

 堂馬を見ると一気に表情に影を落としていたが、織部が見ていることに気がつくと表情を直した。

「・・・まーとにかく、なんかこいつが強くなれそうな方法あったらよろしくな」

「いや俺始末書溜まってんですけど」

「別に今すぐってわけじゃねぇさ」

「あと俺別に能力病に詳しいってわけじゃないですよ?」

「んなこたぁわかってるよ、渕上がどういう風に攻撃してきたとかは覚えてるだろ?」

「んー、あ

 蒲田さんって自分で水を飲みながら能力使ってるんですよね?」

「うん、脱水症状になるからね」

「あいつは大気中の水分を使ってましたよ」

「大気中の・・・?それって水の能力じゃないんじゃないの?」

 蒲田は自分と違うタイプの能力であって欲しかった。

「いや 、渕上はゲル化剤と液体窒素に効果がありました。もし水以外の能力、例えば大気の成分を操って天候を変えるとかだったら凍っても何かしらの方法で解除できてたと思います」

「・・・なるほどな」堂馬は織部の分析に感心していた。

「じゃあ俺も鍛えればこれくらい強くなれるのかな」

「ここの職務って目立っちゃいけないって言われましたよ?だからこんな始末書書かされてるわけで」

 織部は黙々と始末書を書きたい。

「俺たちは市民を守る警察でしょ!?むしろ目立った方がいいじゃないですか!かっこいいし!」

「ばっ、お前なー・・・カッコつけるのは俺たちの仕事じゃねぇの」

「わかってますよ!」

「いーやお前はわかってないね」

「そもそもなんで目立っちゃダメなんですかね」

 言い合いになりかける堂馬と蒲田を尻目に織部は始末書を書きながら溜まっていた鬱憤を吐き捨てるように相槌を打った。

「あのなー・・・いいか?俺たちは普通の警察じゃないんだぞ?公安直属の実動隊、それも特殊能力を使う現場だ。一般市民に知られてみろ、わかるだろ?」

「口から火吐いたりしてるのを見られたらSNS上げられちゃいますねー」

 織部はさっさと二人にどっかいってほしい気持ちが高まってきていた。

「それだけじゃねぇ、能力病患者の存在が一般認知されたら一般市民にとって脅威とみなされ深刻な分断が起きかねねぇ・・・

 火のないところに煙は立たねぇっつうが能力病自体が既に火そのものになっちまうんだよ」

 織部は数年前流行した感染症が世界中の分断を招いたことを思い出した。しかし今はそれよりも始末書を書き終えたい。

「急に目覚めた能力を人を助けるために使える奴なんざほとんどいねぇ。大体は能力の暴走に飲み込まれたり自分の欲望に使う

 そんな奴らが悪さをすれば一般市民は能力病者を目の敵にするだろうさ

 そんなとこに少しでも排除の動きを誘導する奴が現れたら・・・・いくらお前でもわかるだろ蒲田

 能力を見せつけるのは俺たちの仕事じゃない。だから準公安なんだ」

「・・・・・はい・・・がんばります」

 勢いよく特対課室の扉が開き、小さな室長の迫水が入ってきた。

「蒲田いるか!」

「あ、はい!」

「今から現場行けるか?」

「現場!?行けます行けます!」

「事件性は不明だが能力病によるものらしい、今から送る場所に行ってくれ!」

「わかりました!っしゃあ行ってきまぁす!」

 蒲田は現場へすっ飛んでいった。

「あいつ一回ちゃんと躾けたほうがいいな」

 

 

 蒲田が現場に着くと、火は鎮火に向かっていた。しかしどうしても火が消えない場所があるという。

 そこに行くと人の形をしている火の塊としか言えない物体が蠢いていた。

「ど、どうしよぉ!どこここぉ?!」

「今助ける!」

 水をがぶ飲みして至近距離で火の塊に水をかける。が、消火し中から青年が現れたと思った次の瞬間再び身体が炎に包まれた。

「あ・・・能力だからか・・・とりあえずこっち!」

 全身が火だるまになったせいか一糸纏っていない姿の青年だが、肌はきめ細やかな白さが目立った。

 必死だったこともあるが、炎に包まれた青年と繋いでる腕が冷水に包まれていた。

「落ち着け!君の身体は無事だ!」

「えっ・・・あ・・・ほんとだ」

 青年は自分の腕を見て無事な事に心が落ち着いたのか、全身から出ていた炎が消えた。

 身体の炎が消えるのを待っていたように、回収班が姿を現した。

「この子ですか」

「あっ、はい!」

「詳しい事情はこの中で聞く、乗りなさい」

 青年は全裸のまま、蒲田は付き添いという形で車に乗り込んだ。

「あの・・・ここはどこですか?どうして僕はここにいるんですか?」

 青年は記憶を喪失しているようだった。

 

 

 立川・災害医療センター地下・能力病患者療養施設

 

「名前は美里彰真・・・年齢は・・・えっと・・・18・・・です」

 

 青年の名前は美里彰真みさとしょうまというらしい。蒲田は彼が記憶喪失ということもあり、付き添う形でついてきていた。

「ここに連れてこられてたのかぁ」

 能力病による事件・事故を対応した際、毎回必ず回収班と呼ばれる別働隊が駆けつけていた。

 毎回どこに連れて行かれているのかと思っていたが新しい設備ということもあってか地下とは思えないほど白に包まれていた空間だった。

 美里は全裸のままではいけないと施設備え付けのリネンに身を包まれていた。

 能力病専門医・斑鳩いかるによる問診が行われており、美里は自分の置かれている状況がわかっていない。

「あの・・・なんですか・・・?能力病って」

「君の身体から火を出していたという報告がある。いわば君は火の能力の持ち主ということであり、私たちはそれを能力病と呼んでいる。身体から火が出るようになったのはいつだ?」

「わかんないです・・・起きたら燃えてて・・・」美里は本当に覚えていないようだ。

「そうか・・・」

「まぁ、ひとつ思い当たるケースはある。

 今日からしばらく君を経過観察対象とする。今から案内する部屋で数日間過ごしてもらう」

「・・・え?」

「ちょ、ちょっと待ってください!彼は被害者かもしれないんですよ?」

 蒲田は緊急依頼で乗り掛かった船ということもありいつもより任務を行おうと張り切っていた。

「・・・・美里くん、キミの記憶が欠けているのには理由がある。心当たりは?」

「そういえば・・・最近よく記憶が飛んでます」

 斑鳩は「わかった」というと手元の通信媒体に手をかけ「こちら斑鳩、保護した人物は重要参考人の可能性あり、最深部への通路を開けてください」と言ってどこかへ向かう身支度をし、美里に向かってこう言った。

「美里彰真くん、ついてきて下さい。蒲田慎司さんでしたね?せっかくなのであなたもどうぞ」

 

 療養棟、最深部ーーーー

 

「これよりあなたは1週間ほどこの施設内で過ごしていただきます。食事は三食こちらで手配、身内への連絡はこちらで済ませます」

「えっ・・・」

「あのー・・・どーいう・・・ことですか?」

 美里以上に衝撃を受けていたのは蒲田だった。

「彼は確かに事故を起こしたかもしれないけど・・・だからって重要参考人って・・・!」

 斑鳩は呼吸を整えた。

「彼の中にはおそらく別の人格がある、と言えばわかるでしょう?」

「別の人格・・・まさか・・・」

「人格が変わる瞬間を見てみないとだが・・

 ・マキナの可能性は否定できない」

「しかしあなたの能力で探れるのでは?」

「私だって命は惜しい。数日様子を見て見た目の変化がなければ改めて調べる」

 

 

 警視庁準公安部第一特殊能力対策課

 

 織部は始末書を書き終えると、堂馬に例のことを聞いた。かつて特対課に在籍していた響の死因についてだ。

「蒲田がここに配属になった頃、俺たちはある男を追っていたんだ。立里アズマってな」

「あ、確か2年前に死んだっていう」

 2年前作成された報告書に書かれていた名前だ。

「あぁ、そいつは能力病になる薬を都内で色んな奴にばら撒いていた。そのどれもが自殺志願者であったり家庭環境に問題を抱えていたり、いわゆる社会的に孤立している弱者たちだった」

「あー人の弱みにつけこんで金を巻き上げるアレですか」

「いや、そいつはそれすらしないでただ問題を抱えている奴らの足元とかに置いて回ってたんだ。時を止めてな」

 織部の脳内に?が広がった。「何が目的なんですか?????」

「さぁな。話によっちゃ抜け殻のような男だったらしい」

「抜け殻・・・」

「まぁ無機力ってことだ。特に生きている理由もなくふらふらと死に場所を探しているようだったとさ」

 さらに昔話は続く、といっても2年前の話だが

「そいつには女がいた。尾張真希奈といってこいつがクソ厄介な奴でな、変身の能力持ちで変身した相手が能力者だったらその能力まで使えちまう」

「じゃあその響さんって人は2人に殺されたんですか」

「いや・・・アズマはこの真希奈に殺された」

「は?」

「それからこの真希奈が暴走状態になってな、こいつに上層部・・・まぁ公安のやつが殺されて行方知れず

 それから手がかりをもとに俺たちは真希奈を追いめるとこまで行ったんだがそこで響は殺されたんだ

 それ以来蒲田は『あの時俺がもっと強ければ響さんは死なずに済んだ』みたいな思いがあるらしくてな」

「・・・・・・えーっと」

 織部は混乱していた。元より始末書を書くので使った頭だ。今は情報よりも糖分が欲しい。「その・・・アズマとマキナって恋人同士だったんですよね?」

「あぁ、公安のやつが2人を尾行してたら香港の電脳街であいつら殺し合いを始めたんだ。映像を見る限りほぼ一瞬で決着ついてたけどな。きっと止まった時の中で殺し合いをしたんだろう。で、そのあとその公安のやつが行方不明になって2ヶ月後に電脳街の外で首のない死体が見つかった」

「で、マキナはどうなったんですか」

「さっきも言ったが、マキナには変身の能力があった。まー医者曰く一度自分の身体を砕いて驚異的な速度で再生しているみたいだがな」

「医者???」

「能力病専門の医者だ。斑鳩・・・なんつったかな」

「へぇー」聞きたいことは色々あるがこれ以上情報が増えないようにした。

「で、真希奈自体は誰かに変身しながら逃亡してる。俺たちはそいつを探してるってことさ」

「なんか・・・すごい厄介ですね」

 どんな状況だったのかを聞こうとしたが流石にまだ聞く時期ではないと思った。

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