【第6話】ギャル、再び本気を出す──でも口が回らない件
このところ、俺の周りにはなぜか“告白未遂”の嵐が吹き荒れていた。
生徒会長にプロポーズされ(かけ)、スポーツ少女にアンカーを頼まれ、お嬢様には詩を詠まれ、ツンデレには嫌いを量産される毎日。
そんなカオスな日々の中、俺は今日も平穏無事な朝を──迎えられなかった。
「相沢っしょ、ちょっと放課後、来てくんない?」
朝のホームルーム前。クラスで一番目立つギャル、三咲ひなたが俺の机に肘をついて笑っていた。
「え、どこに?」
「屋上。てか、行くって決定だから。断ったらマジ呪うし?」
「お、おう……」
俺の返事を聞いて、ひなたは「よし」と軽くガッツポーズを決めた。
放課後。指定された屋上に行くと、ひなたは制服のままフェンスにもたれて空を見上げていた。
「よっ、来たな」
「なんか、あのときと同じだな。放課後、教室、ふたりきり」
「屋上だけどな。でも、まあ似たようなもんっしょ」
ひなたは深呼吸をひとつして、俺のほうを向いた。
「今日さ、ちゃんと、言おうと思ってさ。ずっと練習してたし」
その目は、冗談じゃなくて、本気だった。
「……相沢真尋。あたし、アンタのこと──」
「っ……す、す……すし! 好きな、すしネタは?」
「えっ」
自分で言って、ひなたは顔を両手で覆った。
「ちがっ! もう無理! 何で寿司出てきたし!」
耳まで真っ赤にして、ひなたはその場にしゃがみこんだ。
「……あたし、ほんとダメだわ……」
ひなたは膝を抱えて、ぷくっと頬を膨らませた。
「どんだけ練習しても、本番になると寿司しか出てこないのやばくない?」
「逆にすごいと思う」
「フォローになってないしぃ!」
俺はしゃがみ込んだひなたの隣に腰を下ろした。
さっきまでの冗談っぽい空気とは違って、ひなたの横顔はどこか真剣だった。
「……相沢ってさ、なんであの時、あたしが練習してたの、からかわなかったの?」
「ああ……あの時か」
思い返す。放課後の教室。誰もいないと思ったのに、ひなたがひとりで「相沢真尋のことが……す……す……すだちサワーが好きです!」って言ってた時。
「だって、からかう理由なかったし。ひなた、すごく一生懸命だったから」
「……そっか」
ひなたの唇が、ほんの少しだけ、柔らかく緩んだ。
「そういうとこ、ズルいんだよね。優しいっていうか、なんか、期待させるっていうか……」
「え?」
「べっつに! 何でもないし!」
慌てて立ち上がったひなたは、フェンスの方を向いて、顔を隠すように両手を広げた。
「ほんとは、ちゃんと言いたいんだよ。あたし、相沢のこと、マジで……」
──ゴオオオッ
突然、強い風が吹き抜けて、ひなたの声をかき消した。
あっけにとられて見上げた俺の前で、ひなたは肩を落とす。
「……風のタイミング、最悪なんだけど」
「ある意味、ひなたらしいかもな」
「むう。じゃあ、来週またリベンジするっしょ。次は屋上じゃなくて、屋内で」
「また寿司になったりして」
「ならんし! なったら、あんたにぎり寿司おごって!」
「……その時は、俺の好物、ちゃんと覚えといてな」
「え、ほんとに教えて? あたし、ちゃんとメモるし!」
ひなたはスマホを取り出し、待ち構えていた。
「……サーモン」
「それ、ガチなやつ!?」
「ガチだよ」
「やば、かわいい。……え、ちがう! あたし今かわいいって言った!? やばっ!」
赤面ギャルはそのまま走って逃げていった。俺はひとり屋上で、サーモンの寿司を思い浮かべながら、吹き抜ける風に微笑んだ。
次の日の朝、ひなたはなぜかいつも以上に早く登校していた。
「おっす、相沢! 昨日のこと、ぜーんぶ忘れた?」
「え、それってどの部分?」
「いや、どのっていうか、全部! 全部だし!」
「じゃあ、忘れたってことにしとくよ」
「……そういうとこ、マジずるいからな?」
それでも、ひなたの目元は少し嬉しそうだった。
「てかさ、あんたって、なんでそんなモテてんの?」
「いや、モテてないだろ。全部“未遂”だし」
「未遂でもさ、あたしから見たら十分事件なんだけど。水瀬先輩と話してるのとか、普通にやばいっしょ」
「別に何もないって……」
「ふーん……まあ、別に、あたしには関係ないしー?」
ぷいっとそっぽを向いたひなたの口調は、明らかに拗ねていた。
「ほんとはさ……一番に言いたかったのに」
その一言は、小さな声だった。俺の心に、ほんの少しのざわつきを残した。
そして、帰り道。
校門を出たあたりで、ひなたが小走りで追いかけてきた。
「おーい、相沢っしょ!」
「おう。どうした?」
「これ、やる!」
差し出されたのは、小さなペンギンのキーホルダーだった。
「え、なんでペンギン?」
「べっつに? 可愛いから。気分。あと、寿司じゃないし」
「そっち基準!?」
「いいから! つけとけ! ペアのやつ買ったから、あたしも今日からカバンに付けるし!」
「なんでペア?」
「うっさい! 深く考えんな!」
顔を真っ赤にして、ひなたは逃げるように走っていった。
俺は手の中のキーホルダーを見つめながら、小さく笑った。
──次は、どんな寿司が出てくるのか。それとも、ついに言えるのか。
ちょっとだけ、楽しみにしてる自分がいた。
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