第21話 注目され始めた黒子
「おーい、高嶺さーん。ちょっと確認してくれ」
「あ、はい!」
作業していた男子生徒に呼ばれ、倉庫の中に入る。杵築もにやにや笑いながら後に続いた。
それから輝夜は、クラスメイトや協力者と一緒に
輝夜があれだけ苦戦していた謎の舞台装置も、すっかり形になっている。それは、複数の背景を手動で入れ替えられる、学園祭らしい手作り感あふれる仕掛けだ。
ほぼ完成した装置を、輝夜は目をキラキラさせて見つめる。そんな彼女に、女子生徒が声をかけた。
「そんなに珍しい?」
「うん。私、前の学校でこんなふうに皆と協力して作業することなんてなかったから。すごく新鮮で、楽しい」
「ふーん。高嶺さんでもそんな顔するんだね」
「え? あの、変かな」
「変じゃない変じゃない。ほら、高嶺さんってさ、いかにもご令嬢みたいなオーラがあるじゃん。けど、こうして話してみると結構普通なんだなって。ちょっとホッとした」
そう言われて、輝夜はハッとした。
高嶺家の名を汚してはいけない。実家の家族に注意されるようなことはしてはいけない。無意識のうちに、そんなふうに考えて自分で壁を作っていたのかもしれない。
「そっか。私はひとりじゃないんだ。ひとりじゃないって、こういうことなんだ」
「高嶺さん?」
「何でもない。ありがとう。こうして話ができて、私もすごく嬉しい」
輝夜が目一杯の笑顔を見せると、その場にいたみんなが顔を赤らめた。隣で杵築は「完璧美少女の全力スマイルは破壊力がすごいね」としみじみ頷いていた。
すると、男子生徒が誤魔化すように言った。
「そ、それにしても、この説明書のメモはすげぇわかりやすかった。これも高嶺さんが書いたのか?」
「メモ?」
「ほらこれ」
そう言って差し出されたA4用紙を見た輝夜は、目を丸くした。
そこには、舞台装置の組み立て方や注意点が、わかりやすく書かれていた。輝夜が苦労して読んだ説明書とは、まったく違うものだった。
メモに記載された手書き文字に、輝夜は確信をもって言った。
「この字、やっくんのものだよ。やっぱり、やっくんが手伝ってくれたんだ」
「やっくん?」
「私を子どもの頃から見守ってくれてる人」
「そんで輝夜の想い人。だよね?」
杵築が輝夜の肩に手を回す。
「ねえあんたたち。誰かこのやっくんって男子、見たことない? ウチの生徒みたいなんだけど、一度も見たことないんだよね」
「一度も?」
「そ。学園一の美少女を陰から助け続ける謎の人物! どんな奴か、見てみたくない?」
「き、杵築さん。そんな無理矢理……」
「なによー、あんたが一番会いたいんじゃないの? いっつも『やっくん、やっくん』って言ってるくせに」
「う……」
「よーし皆! こうなったら輝夜の恋人
おー、と盛り上がる生徒たち。
戸惑いつつも、友人たちの輪の中で輝夜は声を出して笑った。
そして小さく、「やっくんの恋人候補、か」と呟くのだった。
◆◆◆
「……ん(よかった。たかちゃん、楽しそうだ)」
賑やかに作業をする輝夜とクラスメイトたちを、健二は廊下から眺めていた。今朝方こっそり置いた説明メモも役に立ったようだ。
輝夜は実家のプレッシャーから、トラブルを自分で抱え込む悪癖がある。文武両道で努力家なおかげでたいていのことはひとりでも何とかなるが、それも限度がある。
今回の嫌がらせがそうだ。
健二は、輝夜に「ひとりではない」と伝えたかった。輝夜に手を差し伸べてくれる人間はたくさんいる。
輝夜が手を伸ばし、声を上げれば、もっと多くの助けを得られる。そうすればもっと楽になる。今のように。
健二はそのお膳立てをした。
これこそ、恩返しと呼ぶにふさわしい。
「……ふ(このままいけば、俺の恩返しも不要になるかな)」
廊下に面した窓から部屋の様子をじっと眺めていた健二が、ふと目を細める。
健二に不安はない。焦りもない。恩返しの相手に静かに忘れ去られるのならば、それも運命だと考えている。
もともと、恩返しは自分の感情を取り戻すためにしていることで、健二にとっては完全に自分自身のための行動だと思っている。
だから、恩返しをすればするほど、むしろ返さなければならない恩が増えていくように感じていた。
誰にも気付かれず、誰にも注目されず、ただ静かに見守るだけ。恩返しの相手からの「ありがとう」の言葉だけで満足して引き下がる。
そんな、裏方に徹するような人生が自分には合っている。
ステルス体質は、健二の生き方にぴったりだった。
けど、もしも――。
この力が失われたら?
黒子に徹していた自分が、何かの拍子に表舞台に引き出されたら?
もしもたかちゃんが、それを望んだとしたら?
自分はどう応える?
(……疲れてるのかな。こんなことを考えるなんて)
健二は額に手を当てた。
それから健二は、大きく息を吸い、気持ちを落ち着かせてから、その場で踊り始めた。
(私は死ぬ! 私は死ぬ!)
(私は生きる! 私は生きる!)
(ここにいる毛深い男が)
(太陽を呼び寄せた)
(そして再び輝かせる)
(一歩上がれ! もう一歩上がれ!)
(一歩上がれ! もう一歩上がれ!)
(そして太陽は輝く!)
「おや?」
そんな声が聞こえてきて、健二は踊りを止めた。
振り返ると、廊下にぽん汰会長が立っている。
ぽん汰会長の目線は、倉庫の輝夜たちに向けられていた。
「ここにいたのかい、高嶺さん。おやおや、皆さんもお揃いで。賑やかでいいね」
「会長」
「ぽんた会長、おつでーす」
「はいはい、おつです」
杵築の砕けた挨拶にも気安く応じるぽん汰。
彼は倉庫の中に入ると、輝夜と話し始めた。「今回はごめんね」「いえ、こちらこそ会長や生徒会にはご迷惑をかけました」――そんなやり取りが聞こえてくる。
会長が来たなら、自分がいなくてもいいかな――そう思った健二は踵を返す。
健二には、まだやるべきことが残っていた。
「高嶺さん、お詫びと言ってはなんだけど、ひとつ提案があるんだ。さっき学園長から、生徒会としてぜひ検討してみてくれって持ちかけられた件でもあるんだけど」
「提案、ですか?」
「生徒会主催のプレイベントで、ステージに立ってみないかい? 君の魅力は、もっと多くの人に知ってもらいたいと思うんだよね」
背後からそんな声が聞こえてきて、健二は足を止めた。
「……うん(そうだよ、たかちゃん。君はもっと思いっきり輝いていいんだ)」
振り返った窓から見えた太陽は、ちょうど雲に隠れるところだった。
(俺のことは、気にしなくていいから)
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