Day4 口ずさむ
来た道を戻ってきたはずなのに、いつのまにか見たことのない場所にやってきてしまった。やっぱり私はなかなかの方向音痴である。
そこは竹林だった。涼しげな緑色の竹が、何本も何本も空を指して生えている。道に迷ってはいるがなかなか気持ちのいい場所だ。
ぶらぶらと歩いていくと途中で立て看板を見つけた。あまりにも達筆すぎるうえに鏡文字でよく読めないが、何となく引き返せといった旨のことが書かれているように思われた。たけのこ泥棒云々とも読める。
たけのこを盗む輩が出るのだろうか? 竹林の持ち主に誤解されるとよろしくないし、あまり深入りしない方がよさそうだ。
回れ右をして引き返したが、行けども行けども竹林は続いている。案の定迷ったのだ。鏡の中の世界で言葉が通じるか不安だが、とりあえず「だれかいませんかー」と呼ばわってみた。
すると、歌が聞こえた。フーンフンという感じで、いかにも気軽な鼻歌といった体だ。誰かが透き通った声で歌っている。
「いますかー?」
声を張ってみると、どこかでフフーンフーンと応えるように歌が聞こえる。私は歌の聞こえる方へと歩いた。近づくにつれ、どうやら一人ではなく、数人が声をあわせているようだとわかってきた。
「こっちにいますかー?」
くすくす、と笑い声が聞こえた。子どものようだ。
前方に小さな広場があった。そこに膝くらいの背丈のたけのこが十本ほど、身を寄せ合うようにして群生していた。くすくす笑いはそこから聞こえる。
「今歌ってたのって、きみたち?」
一歩近づく。たけのこたちはくすぐったそうに笑いあう。その中に、赤いチェック模様が見えた。服の切れ端みたいな布を、頭にひっかけているたけのこがいる。よく見れば黒縁眼鏡を吊るしているものもいる。履き古した運動靴をかぶっているものもいる。
厭な予感がして後ずさった。たけのこたちの中心から、ふわっと美しい和音が聞こえてきた。否応なしに足が引っ張られる。
そのとき、後ろの方で銃声が聞こえた。
もう一発、腹の底が震えるようなズドンという音が響く。後ろから銃を持った老人がやってきて、私の肩をぐいっと引っ張った。
「歌聞いたら喰われるぞ。こっち来い」
彼の言葉がちゃんと聞きとれたので、ほっとした。
老人曰く、あれはたけのこ擬きというらしい。美しい歌で獲物をおびき寄せて食べる肉食の生き物で、たけのこ泥棒がよく引っかかるという。さっきの遺品の持ち主も、たけのこを盗みにきて逆に喰われたものらしい。
老人は竹林の持ち主だという。ときどき竹林を見回りながら空砲を撃って歌を打ち消したり、迷い込んだ人々を助けたり、たけのこ泥棒を見捨てたりしているそうだ。
「鏡だったら、うちに見に来りゃいい」
老人の家には大きな姿見があった。その姿見の中の自分と掌を合わせていると、だんだん境目が溶けてくる。溶け切ったところでぱっと引っ張ると、首尾よく鏡の中の自分と入れ替わることができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます