過去

「なんかあったじゃん。文化祭の破壊事件」


 同窓会の席で元水泳部の徳田がだしぬけに言った。

 酔っているのか、眼鏡をかけた顔は少々赤い。


「そんな名前だったか?」


 元バトミントン部の泉がたずねた。

 彼も同様だった。


「あれだろ。生徒七名の秘密が暴露されたってやつ」


 元テニス部の花袋が続ける。

 彼はソフトドリンクを飲んでいた。


「俺、あの日休んでたからよく知らない」


 花袋の言葉に徳田と泉は顔を見合わせる。


「彼女とテーマパーク行ってたんだろ」

「テニス部めが」

「部活で呼ぶのやめろよ。それで、その事件がなんだって」


 僻みを受け流して花袋がたずねる。


「あれで名前呼ばれた奴ら、今頃どうしてるのかなって」


 徳田が呟く。それを聴いて、花袋が頭をひねる。


「来てなかったっけ?」

「来てない来てない。俺、全員覚えてるもん」


 徳田は同窓会の幹事をしていた。参加者全員の名前と顔は把握している。


「出た、きもちわるい能力」

「きもちわるくないですー仕事にめっちゃ便利ですー」

「来れるわけないじゃん。あんな秘密暴露されてさ」


 溶けかけた氷をかみ砕いて、泉が口をはさむ。


「といっても、もう十年前だぜ。今更気にしてどうする」


 ピッチャーから水をついで徳田は言う。


「というかさ、秘密暴露された七人って孤立してたよね」


 泉の言葉に徳田が目を見開く。


「酷いこと言うな、お前」

「事実じゃん。あの風紀委員のコとかさ……」

「孤立してたやつらを狙ったってこと?」


 花袋が指を組んだ。


「それ、なんか許せねえな」


 花袋の言葉に徳田は頭を振る。


「別に孤立はしてなかったよ。それぞれ仲いい友達いたし」

「出た、きもちわるい能力」

「きもちわるくないですー人事にめっちゃつかえますー」

「あの風紀委員のコ以外ね。誰にもおもねらないっつーか」


 頬杖をついて泉が口をはさむ。

 その様子を見て、花袋がにやりと笑った。


「お前、好きだったのか風紀委員長」


 泉の手が滑った。


「ば、ばか、馬鹿お前、そんなわけないだろ」

「やけにつっかかるじゃん。怪しいぞ」

「なんでも恋愛に絡めるんじゃねえよ。そんなことより、名前呼ばれたやつらの関連性だよ」


 机に手をついて泉が続ける。

 それを聴いて徳田と花袋は顔を見合わせる。


「別にないんじゃないか」

「なんで言い切れるんだよ」


 徳田は眼鏡を上げる。


「舞台で映像流れてたんだ。名前呼ばれたやつらとは別の生徒、だから、あの事件で暴露されたのは全部で十五人」


 徳田はあの日、演劇部の出し物を見ていた。

 泉は納得しない顔で腕を組む。


「いいや、絶対なにかあるはず」

「そういうのって陰謀論だぞ」


 徳田の言葉にそうそう、と花袋が頷く。


「なんで他人の秘密なんて暴露するんだ」


 泉は憤りを隠さずに言った。

 花袋は、やっぱり好きなんだ、と呟くが無視された。


「別に変じゃないよな」

「週刊誌でもよくある」

「そういうのは有名な芸能人のだろ?」


 泉の言葉に花袋はまた口の端を吊り上げる。


「風紀委員長は俺らの間では有名人だったろ」

「風紀委員長の話はどうでもいいの……っ!」


 笑い声。

 喧騒が続いて、しばらくして静寂が訪れる。


「秘密ってのは言いたくなるもんだからなあ」


 ひとしきり笑ってから、花袋が呟いた。


「なんだよ花袋、急にしんみりして」

「……十年付き合った彼女にな、言ったんだよ」

「なにを」

「俺の秘密。豆電球付けないと寝れないこと」


 徳田と泉が顔を見合わせる。


「よく隠せてたな。十年も」

「そしたら彼女に、『私、真っ暗じゃないと寝られないから、結婚できないね』って、フラれた」


 もう一度二人は顔を見合わせる。


「うわー……」

「かなしいな」


 同情とも取れる声で二人は呟いた。


「これまでずっと真っ暗な中で、一睡もせずに我慢して来たのに」

「十年も?」

「すごいな、お前」


 泉が花袋の肩を抱く。


「我慢してればよかった」

「んなことねえって。早死にするぞそんなことしてたら」

「うんうん。睡眠は大事だぞ」


 徳田が背中を叩いて頷く。


「文化祭の話に戻るぞ」


 肩を抱いたまま泉が言った。

 花袋が顔を上げる。


「なんで」

「なんでじゃないだろ。気にならないのか、秘密を暴露した理由」

「文化祭を破壊したかったんだろ」

「なんで破壊したいんだよ」

「それは……高校生特有の閉塞感?」

「適当言うな」


 二人の会話を無視して徳田が呟く。


「自分の秘密を暴露したかったんだろ」


 その言葉に、泉は眉根を寄せて、花袋は悲しい顔をした。


「なんでそうなるんだ」


 泉は納得していない。


「他人の秘密なんて本当はどうでもいいのさ。一番の課題は、自分自身だ」


 徳田は水をあおった。そして、そのまま座布団を枕に寝転がってしまった。

 残された二人は机に突っ伏する。


「…………」

「…………」


 そんな彼らに声が届く。


「みなさん、そろそろラストオーダーです」


 店員の声だった。


「すみません、ハイボールおかわり」

「俺もくれ」

「ハイボールふたつね」


 花袋は指を立てて店員に言った。



  了




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