『モモスケのひねくれ純愛観察日記』

ちょいシン

「第一章」第一節:新しいケージ、新しい人間

俺の名前はモモスケ。モモイロインコのオスだ。

体長30センチ、体重は300グラム。

ニュージーランドの広々とした空の下で生まれたはずが、なぜか今、俺は日本の小さなケージの中にいる。

れっきとしたインコだが、この世の理不尽さについては誰よりも理解しているつもりだ。


以前の飼い主には辟易していた。

あいつらは、俺をペットとして飼っているつもりだったのだろうが、実際はただの飾り、女にモテたい一心で世話をしているに過ぎず、置物同然だった。

水と餌はくれるが、ろくに構いやしない。

そのくせ、たまに思い出したようにケージに近づいてきては、「モモスケ、可愛いね!」だの「賢いねぇ」だの、薄っぺらい言葉を投げかけてくる。


俺は人間の言葉を理解していたし、喋ることだってできた。

だが、決して声を出さないと心に決めた。

どうせ、俺の声なんて、彼らの耳には届かない。あるいは、彼らの心には響かない。

そう悟った俺は、自分の意思で沈黙を選んだのだ。

幸い、俺の不気味なほどの沈黙を、前の飼い主が深読みするような知性は持ち合わせていなかったのが、唯一の救いだった。


そんな飼い主が、ある日突然、引っ越しを言い出した。

そして俺は、まるで不要な家具のように、新しい飼い主のもとへと引き渡された。

正直なところ、俺は解放された気分だった。

新しい環境への不安よりも、得体の知れない自由への期待の方が大きかった。


そして、今の飼い主が、久山桃ひさやまもも、25歳。

この人は、なんて魅力的な人間なんだろう!

初めて俺のケージに近づいてきた時、俺はいつものように警戒した。

人間なんて、どうせ同じだ。そう思っていた。

だが、彼女はゆっくりと、穏やかな声で俺に語りかけた。


「初めまして、モモスケ。今日から、私があなたの家族よ。よろしくね」


その声は、前の飼い主の、あのうわべだけの言葉とはまるで違っていた。

彼女の瞳は優しく、それでいて、どこか強い光を宿していた。

俺のインコ生活の中でも、こんな風に真っ直ぐ俺を見つめてくる人間は初めてだった。


俺の新しいケージは、窓際に置かれた。

そこからは、外の景色がよく見える。

そして、この部屋の様子も。

この部屋は、どうやら彼女の仕事場らしい。

デスクが二つ、その奥には本棚と、何やら複雑な配線がされた機械がたくさん置いてある。

大学を卒業してすぐに、同じ大学の同級生である三上真司みかみしんじと二人で小さなゲーム会社を立ち上げたらしい。

社長は桃さんで、真司が副社長。

起業して三年、従業員は二人を除いて五名。なかなか順調のようだ。

なるほど、この部屋は社長室というわけか。


毎朝、桃さんは俺のケージの前に来て、必ず話しかけてくれる。

朝の挨拶から始まり、今日あったこと、会社のこと、自分の考え、くだらない愚痴まで……。

まるで、俺がちゃんと理解できる生き物だと知っているかのように、丁寧に言葉を選んでくれるのだ。

彼女の表情は実に豊かで、くるくる変わるその顔を見ているだけで、俺は退屈しない。

笑顔、困った顔、真剣な顔、そして、時々見せる、どこか遠くを見つめるような憂いを帯びた顔。

人間観察が趣味の俺にとって、桃さんは最高の被写体だ。


そして、桃さんは毎日、俺を肩に乗せて出社する。

彼女の自宅は職場から三軒隣のアパートだから、通勤はあっという間だ。

俺は彼女の肩に乗りながら、揺れる景色と、風の匂いを肌で感じ、そして何より、彼女の吐息や鼓動を間近に感じる。

その時々の彼女の感情が、俺の体を通じて伝わってくるような気がした。


特に面白いのは、彼女が真司のことを話す時だ。

桃さんの頬は淡いピンク色に染まり、目はきらきらと輝く。

口調は普段よりも少し早くなり、声のトーンも高くなる。

傍から見れば一目瞭然の「大好き」オーラだ。

だが、肝心の真司は、それに気づいているのかいないのか……。

どうやら真司もまた、引っ込み思案な性格らしい。

桃さんと同じく、口下手で、自分の気持ちをストレートに表現するのが苦手なようだ。

だから、二人の間に漂う、もどかしいほどの「両片思い」状態は、俺にとって格好のエンターテイメントなのだ。

会社の従業員たちも、そんな二人のことを応援しているらしい。

みんな、二人の関係に進展がないことに、じれったさを感じているようだった。


「何故知っているかって?」


俺は毎日、桃さんの肩の上で、彼らの会話を聞いているのだ。

彼らが繰り広げる、もどかしいほどの純愛。

そして、時に巻き起こるドタバタ劇。

俺は今日も、ケージの中から、あるいは桃さんの肩の上から、静かに観察する。

桃さんと真司の純愛ドタバタコメディーは、始まったばかりだ。

俺は、この人間たちの物語が、どう展開していくのか、楽しみで仕方がない。

きっと、俺のこのひねくれた心をも、温かくしてくれるような、そんな物語になるに違いない。

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