第26話:因果応報(お題26日目:悪夢)
白馬に乗るヒオウ王子を先頭に、彼の直属騎士達の馬が続き、その後から、めいめいの武器を手にしたレジスタンスの戦士たちが、雄叫びをあげながらヴィフレスト兵へ突撃してゆく。ヨギュラクシア城の屋上から、エリアに付き従ってきた防人達が飛び立ち、急降下しては敵を討ち、夕暮れ時の空へまた舞い上がる。
「
魔法を撃っていたところ、背後から声をかけられて、アバロンは振り返った。剣を手にした
「エリア嬢のお味方ですね」
「筆頭護衛のルーカスだ。ご協力、エリア様に代わり感謝を述べさせてもらう」
アバロンが笑みかけると、ルーカスは唇の端をわずかに持ち上げた。
「どうしましょう? 我らの軍師殿は、マルクスに従わされていたお仲間も引き込みたいようですが、私や妹が少し驚かせた方が良いですか?」
「いや」
掌に炎を生み出して目を細めるアバロンに、ルーカスは首を横に振り、力ずくの『説得』を却下した。
「もうすぐエリア様御自ら飛び立たれる。貴方には俺と共にエリア様の護衛をお願いしたい」
「成程」
『進路が確保されれば、エリア嬢は前に出てくるだろう。いつでも矢面に立った
ウィルソンの読みは正しかったと証明された。アバロンは満足げに頷く。
「では、勇気ある次代の防人盟主様に付き従う名誉を、ありがたく頂戴しますか」
そして、弟達へ念話を送った。
『カラジュ、ゼファー。私はここを離れます。あとはヒオウ王子達と、第十七分隊と共に。やれますね?』
『わかった、任せて』
『てめえ、誰に訊いてやがる!』
末っ子は真剣な声色で返し、その上の弟は我鳴りながらすぐに武器を振るう掛け声に変わる。
「……まあ、腐っても竜兵なので、ふたり残せば大丈夫でしょう」
アバロンは碧眼を細めて、ルーカスに笑いかけた。
「ご先導、よろしくお願いいたします」
「な、な、な、何てことですの!?」
ヴィフレスト陣営の奥でのうのうと木製の椅子にふんぞり返って、勝利を確信していたエキドナは、あおいでいた扇を握る手をぶるぶる震わせ、目を見開いた。
「第三大隊、壊滅!」
「正規軍一重目が突破されました!」
「東の布陣が反乱軍に崩されています!」
次々と、絶望的な報告を伝令が運んでくる。
こんなはずでは無かった。『鬼』と防人を使ってレジスタンスを殲滅し、ヒオウの首を獲り、ガルフォードにどうだと舌を出して笑ってみせるはずだったのに。
混乱しかけた頭に、さらに背後の崖から雪崩のような音が迫ってきた。いや、これは、足音と雄叫びか。
「第十七分隊、参上!」
「皆の分まで!」
鹿も躊躇うだろう急な崖を、格好も武器もばらばらな戦士達が駆け降りてくる。
「う、うわああああ!?」
「伏兵か!?」
ガルフォードを連れ出した部隊か。まさか来るはずも無い場所から敵がやって来たことに、エキドナに侍っていたヴィフレスト兵達が驚いて浮き足立つ。
「エェキドナァァァァァ!!」
先陣を切る茶髪の少女が、鬼気迫る形相で叫びながら崖を降りきると、周囲の兵を短剣で斬り伏せながらこちらに迫ってくる。
「ヴァーリともども、よくも約束を破ったなァ!? 弟達の仇!!」
「ひっ、ひいっ!?」
そういえば、ダイナソアの言葉を解読できる小娘を、刺客として反乱軍に送り込んだ。その際ヴァーリ王は、
『家族などと余計な絆は決意を鈍らせる』
と、彼女の弟妹を『鬼』の餌にしてしまったではないか。
「め、命じたのはヴァーリ様ですわよ!? わたくしを恨みやがるのはお門違いではなくて!?」
「うっせえ! ヴィフレストの軍師の時点で、罪は同じだ!」
椅子から立ち上がってほうほうの体で逃げ出しても、小娘は全力で追いかけてくる。
「お、お前達! わたくしを守りやがりなさいってのよ! この天才エキドナ様を!」
周囲の兵に向けて声を張り上げても、兵士達も混乱の極みに陥って、ろくに反撃もできぬまま討ち取られてゆく。
悪夢だ。これは悪い夢を見ているのだ。自分はまだヤナラ塩湖のほとりにいて、エールに酔っているのだ。きっとそうだ。
「ほ、ほほほほ……」
エキドナは投げやりな笑いを垂れ流しながら、その場にへたり込む。
そこに、尖った耳を持つ銀髪の若者――きっと竜兵――と共に、憎くも愛しくて忘れられない顔が、姿を現す。
「久しぶりだな、三流以下殿。大した格好だ」
ウィルソン・ガルフォードは、明らかにこちらを見下す顔で、嘲りの笑みを浮かべてみせた。
「ガルフォード……!」
エキドナが憎々しげにウィルソンを見上げるのを、ゼファーは短剣を構えたまま、胸の内がざわめく想いで見据えていた。
この女の策で、マギーが刺客として送り込まれ、彼女の弟妹は死んだ。そしてヴァーリがやって来て、第十七分隊の多くの戦士が、カイトが、犠牲になった。
ぎらぎらした目で今にも飛びかかりそうな獅子のような気迫を、前面に押し出しているマギーが向かいにいる。彼女と同じくらい激しい炎を、ゼファーも心に飼っている。この女を斬り捨てるならば、その役目は自分が欲しいくらいだ。
「ガルフォード! お前! お前! お前!!」
エキドナが土に汚れた扇をウィルソンに突き付けながら唾を撒き散らして怒鳴る。
「お前はいつもそうだ! 高みからわたくしを見下ろして、笑ってやがる! 他の女を見て、わたくしに見向きもしない!」
「それはお前にそれだけの価値が無いからな」
ウィルソンはわざと相手に見せつけるように、指輪のはまった左手で髪をかき上げる。挑発は狙い通りだったようだ。
「キィィィィ!!」
エキドナが高い悲鳴を迸らせ、赤く塗った長い爪で地面を引っ掻く。十本の爪痕が尾を引いた。
「さて」
女の嫉妬には請け合わず、ウィルソンは淡々と言葉を続ける。
「ヒオウ王子がそろそろヴィフレスト軍を半壊させるだろう。防人もエリア嬢に従って援軍に来る。お前は孤立無援だ。大人しく投降するなら今のうちだぞ」
「投降、だあ……?」
しかし、エキドナはぎりぎりと乾いた土を握り締め、呪うような声を絞り出した。
「わたくしはヴァーリ様の忠臣、ヴィフレスト一の軍師、エキドナ・フォンデールぞ……? そんな辱めを受けると思ってやがるのか……!?」
直後。
夜よ 去らないで
あたらよに この世界を繋ぎ止めよ
『わたし』の 欠片を探せ
ぞわりと背中を撫で上げる、アルト声の歌に、ゼファーは総毛立つ思いをした。
そして思い出す。『
『わたし』は『闇』
『わたし』は『鬼』
『わたし』は『霧』
『わたし』は『黒き太陽』
『わたし』は『総べるもの』
「ウィル! 気をつけて!」
警告を発するより先に、軍師は戦闘力の低い者に距離を取るよう合図を送っていた。
「お、おおおおお……」
エキドナが、地面に突っ伏して呻く。その身体が黒く染まり、こきぽきと嫌な音を立てて四肢が伸び、巨大化してゆく。
「まさか」
ゼファーと共に『ユミールの腕』と戦ったカラジュが、額に汗を浮かべながら、
「これが……!?」
さすがに動揺を隠せないウィルソンを守るように、ゼファーは彼の前に出て武器を握り直す。
『わたし』は『
そこだけ真っ白になったエキドナの顔を尾の先につけた『鬼』が、高らかに歌った。
嗚呼 『わたし』はどこにいる?
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