第14話:指の間から零れ落ちる(お題14日目:浮き輪)
ごぽり、と血を吐いて。
カイトのゼファーより華奢な身体が、ゆっくりと仰向けに倒れてくる。ゼファーは無意識のうちに両手を伸ばして、それを受け止めることしかできなかった。
目と口を中途半端に開いたままの少年の傷口から、血がどくどくと溢れ出して、たちまちゼファーの服を赤く染めてゆく。
「ハハハハハハハァッ!!」
ヴァーリの哄笑が響き渡る。
「弱い奴を守って、弱い奴がしゃしゃり出てくるからだ、愚か者が!!」
鬼王はゼファー達の前に立つと、再び大剣を振り上げる。それが斬りつけてくれば、二人ごと真っ二つだろう。それを頭で理解しているのに、凍ったように身体が動かない。
「ゼファー!」
カラジュが目一杯声を張り上げた時。
ぱん、と何かが弾けるような音がして、部屋中が眩しい光に包まれた。音はブラフの癇癪玉だ。本命の光を放ったのは。
「ゼファー、カラジュ。君達も撤退を」
長兄の声が聞こえる方向へ、
「この、小賢しい!」
「お前、なんで」
「見殺しにできるかよ!」
ヴァーリの忌々しそうな声と、マギーの戸惑いとカラジュの叱咤も聞こえる。きょうだいはあの少女を助けたのだ。そう確信しながら、窓から砦の外へ飛び出した。
どぼん、と。赤く染まった湖に着水する。ヴィフレストの船はアバロンが炎魔法で焼き払ったのだろう。兵士達ごと燃え尽きながらあるいは傾き、あるいは沈んでゆくところだった。
兵士だけを追い払って、無事に残った船から、モリエールが蒼白の表情で救命の浮き輪を二つ投げる。カイトを背負ったゼファーも、折れた利き腕にマギーがしがみついているカラジュも、片手で浮き輪を掴み、必死に泳ぐ。船に近づくと、生き残ったレジスタンスの戦士が浮き輪ごと竜兵達を引き上げてくれた。
いつの間にか太陽は西に沈みかけて、湖をさらなる赤に彩っている。
「カラジュと彼女は私の回復魔法で」
空を飛んできて、船に降り立つなり翼を仕舞ったアバロンが、竜兵と少女それぞれに手をかざす。淡い白の光が放たれて、苦痛に顔を歪めていた二人が、やがて深い息をついた。
「てめえ、口は毒だが、魔法は一級だよな」
「もう一度痛くしても良いのですよ?」
「アッ何でもないですありがとうございますアバロン兄様」
きょうだい達が軽口を交わしている。ゼファーはそれすらもどかしくて、長兄に声をかけた。
「アバロン、カイトも頼む!」
船底に横たわった少年の傷をおさえながら、ゼファーは動揺がすぎて半笑いになる。
「ぼくをかばってヴァーリに斬られたんだ。血が止まらない。早く何とかしないと」
「ゼファーさ……」「ゼファー」
モリエールが唇を震わせながら口を開こうとするのを制して、アバロンがゼファーの隣に膝をつき、こちらの真っ赤になった手を取る。
「もう、血は出ません」
「何を」
「ゼファー」
聞き分けの無い子供に厳しく言い聞かせるかのように、アバロンは痛恨の表情を浮かべて。
「彼はもう、死んでいます」
事切れて開きっぱなしだった少年の目と口を、そっと閉じた。
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