第9話:黒き太陽戦役(お題9日目:ぷかぷか)

 数百年前。

 翼持つ一族、有翼人のひとりに、ウリエルという男がいた。

 彼は『霧』から『鬼』を生み出す方法を知ったとのたまい、事実多くの『鬼』をフィムブルヴェートじゅうに放って、覇権を得ようとした。

 有翼人達は自らをフィムブルヴェートの守り人『防人さきもり』と名乗ると、人間達に言った。

『我らの下につき、ウリエルを倒せ。それこそがフィムブルヴェートを正しく導く道だ』

 当然、人間達は反発した。破壊者を生み出した種族が何を偉そうに、と。

 防人と人間は争った。多くの血が流れ、多くの命が失われた。

 しかし、それこそが、ウリエルの狙いであった。

 自ら『鬼』となり、おびただしい量の血を吸ったウリエルは、天に輝く太陽すら呑み込むと、黒き太陽となって、白き『霧』を黒に変え、フィムブルヴェート全土を闇で覆い尽くそうとした。

 だが、その時、英雄が現れる。

 辺境の人間の青年に過ぎなかったリヴァティ・レンが、当時の竜王ドレイクファングに見出され、当時竜兵ドラグーンだったメディリアと共に立ち上がったのだ。

 侮られ、蔑まれ、失っても、リヴァティは諦めなかった。竜王の牙から作り出した槍『グラディウス』を手に、傷だらけになっても戦う姿に、やがて人間が、防人が、手を取り合ったのだ。

 リヴァティはウリエル、いや、自我を失って破壊の王『ユミール』となった『黒き太陽』を、激闘の果てに地に沈め、フィムブルヴェートに朝をもたらした。

 リヴァティは人間の、メディリアは竜族の王となり、防人は咎人を排出したとして、南方砂漠に追いやられた。


 しかし、『霧』は黒さこそ失ったものの、白と化して、今もフィムブルヴェートを覆い、『鬼』を生み出しているのである。


「それが、『黒き太陽戦役』だよね」

 ぶくぶくと。水の泡を一緒に吐き出しながら、ゼファーはカイトに問いかける。

「そう。竜族にはやっぱり正しく伝わってるんだ」

 ぷかぷかと。水面に顔だけ出して着衣水泳を行いながら、少年は応える。

「あたし馬鹿だからわかんないけどさあ〜」

 マギーが犬掻きをしながら眉根を寄せる。

「結局、こないだの遺跡にいたのが『ユミール』ってわけ? その王様になったリヴァティってのが倒したんじゃないの?」

「伝説では、そのはずなんだけど……」

「どうでもいいけどよ」

 泳ぎながら考え込むカイトの後ろを追いながら、カラジュがマギーを睨む。

「なんでこいつが一緒に来てんだ? 置いてきて良かったろ?」

「あー! 竜兵サマは薄情だな〜!? あんな人里離れた場所にか弱い乙女一人置いていくの!?」

「か弱い乙女が泥棒まがいのことしてんじゃあねえよ」

「ひっど! うちには五人弟妹がいて、養わないといけないんだから。やれることはやらないと! うちの家訓!」

 やれることをやって、古代の災厄を解き放ったかもしれないことからは、今は目を逸らすしかない。確かに、彼女一人を竜族の聖域近くに残していては、竜兵がいなくなってうろつき出した『鬼』の餌食になるかもしれない。保護する為にも、共にカイトの仲間達だというレジスタンスのもとへ連れてゆくのが最良だろうとは、ゼファーが弾き出した答えであり、カイトも同意した。

「そろそろ見えてくるよ」

 ぷかぷか、すいすい。湖を横切ってきた一同の眼前に、小さな古い砦が姿を現した。

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