第15話 お手本

 日暮れの時間が少しずつ遅くなってきて、グラウンドにも春の気配がちらつき始めていた。まだ風は冷たいけれど、真冬の凍えるような空気ではない。


 打撃練習の真っ最中。乾いた打球音がリズムよく響いている中、南はバッティングゲージから出てきた赤城に声をかけた。


「赤城くん、今日もいいスイングしてたよ。でもさ――ちょっとだけ、力みすぎじゃない? 全部スタンドに入れようとしてるでしょ」


 図星だったようで、赤城がバツの悪そうに苦笑いする。


「もちろん、赤城君の長打力には期待してるよ。でもさ、バットに当たんなきゃ意味ないでしょ? ポイントはね、八割のスイング。全部を振り回すんじゃなくて、ミートを意識するの。芯でとらえたほうが、実はボールって伸びるんだよ」


 赤城は「へぇ……」と呟きながら、グリップを握り直した。


「三振って、何も起こらない。けど、打球が飛べば――ボテボテのゴロでも内野安打になるかもしれないし、相手がミスするかもしれない。何かが起こるって、野球ではすっごく大事なの」


 赤城の手元に目をやった南は手をスッと伸ばした。


「ね、ちょっと貸して」


 赤城が渡したバットを片手で受け取ると、南はスッとヘルメットをかぶり、ゲージの中に入っていく。


「じゃ、見てて」


 一年生がマシンのスイッチを押すと、白球が音を立てて迫ってくる。

 南は腰を鋭く回転させながら、コンパクトなスイングでそのボールを芯でとらえた。


 ――カキン!


 快音とともに、打球はセンターへ一直線。ライナー性の鋭い打球が、フェンス手前まで一直線に飛んでいった。


「まあ、こんな感じかな」


 ケロッとした顔でバットを肩に担ぎ、南は赤城にバットを返した。


「ミートって、偉大だよ。力がなくても、ちゃんと当たれば飛ぶの。試してみて?」


 返されたバットを抱えたまま、赤城がぽかんと口を開けた。


「なんで……なんで俺より細いのに、あんな打球が……」

「それはね、可愛いは正義で、ミートは物理法則だから」


 とびきりのウィンク付きで、南がウソかホントかわからないことを言いながら赤城の肩をポンと叩いた。

 唖然としたままの赤城を残して、南はピッチング練習の方を見に行くことにした。


 ブルペンでは、1年生の斎藤が投げていた。

 無駄のないフォームから放たれるボールは、スパッとミットに収まり、乾いた音がグラウンドに響く。


「ナイスボール!」


 藤堂が笑顔で声をかけ、ボールを軽く返す。

 お世辞ではなく、実際に球速も伸びてきている。斎藤の成長が目に見えて感じられた。


 ブルペン脇では、エースの榊原がボールを持たずに、黙々と足の踏み出しを繰り返している。

 フォーム矯正のため、下半身の安定を意識させる練習メニューだ。南のアドバイスを真面目にこなし、ステップの位置も寸分違わない。


 うん、このふたりは順調そう。


 けれど――問題は、あとひとり。


 次にブルペンに入ったのは、2年生の横田だった。

 斎藤と入れ替わるように投げ始めたが、投げ込まれるボールにはどうにも覇気がない。

 藤堂も「んー?」と眉をひそめながらボールを返していた。


 当の本人も納得がいかないのか、横田は苦い顔でミットを構える。


「南、やっぱ俺にはサイドスロー無理だって……」


 愚痴というよりは、もはや懇願の声だった。


 冬合宿の戦略ミーティングで、横田にはサイドスロー転向をお願いした。

 速球派エースの榊原、コントロール型の斎藤に、変則フォームの横田――この三枚を揃えられれば、継投策に幅が出る。夏の連戦も乗り切れる布陣になるはずだった。


「あと4ヶ月もあるんだから、大丈夫でしょ」

「4ヶ月しかないんだってば……!」


「細かく分けて考えよう。まずはボールのキレ、これはね――手首が寝てるせい」


 南は手を差し出し、ボールを貸すよう促した。

 横田が渋々渡すと、南はマウンドへ歩いていく。


「手首は立てて、体の開きを抑えて……こうやって回転をかけるの」


 説明しながらフォームを整え、南が軽く投げたボールは――

 ズドン、と鋭く藤堂のミットに収まった。


「……サラッと、俺よりすごい球投げるのやめてくれる?」

「えー、これくらい誰だってできるよ?」


 あっけらかんと笑う南の横で、斎藤が圧倒されながらつぶやく。


「南先輩……現役復帰、しないんですか……?」

「うーん、全国にはこのレベルいっぱいいるし、プロはムリ」


 ボールを回しながら、南はつぶやくように続けた。


「それより、女子マネとして甲子園に行ってさ――『可愛すぎる女子マネ』って評判になって、野球ができるアイドルになりたいの」


 突拍子もない夢なのに、どこか本気めいた声だった。


 斎藤は無言で頷くと、そっとランニングメニューへ向かった。

 その背中はまるで、「関わると巻き込まれる」とでも言いたげだった。

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